3-5
ガチャリ。
扉の鍵が開く音に目を向ける。いつも
「
扉の前に立っているのは青藍さんと受付のお姉さんだった。驚き過ぎて言葉のでない私にお姉さんが口を開く。
「月白さん、あなたに掛けらた魔女の嫌疑は晴れました。さぁ、もうここにいる必要はありません」
「噓でしょ」
魔女なんて口実に過ぎない。私が捕らえられた本当の理由は別にあるのに解放なんてされるわけがない。
「お迎えの方たちもいらしてます。さぁ、行きましょう」
「迎え?」
「ちょっと待ちなさいよ!」
私の質問にお姉さんが口を開きかけた瞬間。廊下の先から
「おい、誰の許可を得てこいつを連れ出そうとしている? いくら薬師協会の会長だからって許される行為じゃないぞ」
そう言って灰青が青藍さんとお姉さんを睨みつける。
「先ほど月白さんにお伝えしたとおりです。魔女の嫌疑は晴れました。これ以上、彼女を拘束する権利こそそちらにはないはずです」
「でまかせ言ってんじゃないわよ! こいつの嫌疑が晴れるわけない!」
「おや、それはどういう意味かな? 晴れるわけがない、と言ったように聞こえたが?」
「青藍殿、部下が失礼をいたしました。今の発言はなかったことに」
言い合う四人の背後から静かな声が響く。
「烏羽さん! どういうことですか? 俺たちは何も聞いてないですよ!」
灰青が真っ先に烏羽へ問いかける。
「二人にはこれから話す予定だったんだ。青藍殿の言うとおり月白さんの嫌疑は晴れた。これ以上の拘留は不可能だ」
「意味わかんない! わかっているの? こいつはア」
「紅緋、口を閉じるんだ」
アンドロイドと言いかけた紅緋の言葉を烏羽が強引に止める。
「月白さん、お話の通りです。タイム村からのお迎えの方々がお待ちです。こちらへ」
烏羽に促されるまま向かった先はバードック薬師協会の入り口。以前に薬師試験の申し込みをして、合格を告げられたあの場所だった。
そして、そこにはタイム村のみんなが揃いも揃って正装でずらりと並んでいた。
「
夏祭りのあの日のように綺麗な桃色の衣装を纏った桃さんに思わず声を上げる。もちろん結い上げた髪には松葉色の簪が煌めいている。
「おいおい、俺も忘れないでくれよ」
「
桃さんの隣で松葉さんがおどけた顔で笑っている。
「お二人が月白さんのご両親だったんですね」
「えっ?」
烏羽の言葉に驚きの声がもれる。そんな私に松葉さんがこっそりウインクして寄越す。
「さぁ、もういいだろ。何度も言わせるんじゃないよ。ちぃっとばっかし出来がいい娘なのさ。羨ましいだろ」
「ええ、本当に」
ニヤリと笑う桃さんに烏羽が参りましたとばかりの苦笑いを見せる。
「そして、彼らはタイム村の村長殿のご子息だそうで」
「はい。私が長男の
「私が次男の
「はぁ?」
堂々と答える黄丹さんに比べて、どう見ても天は目が泳いでいる。
「まさか君が月白君の婚約者だったとはね。この青藍の目を持っても見抜けなかったよ」
「そうですか? 薬師試験にも一緒にいらしてましたから、私は特別な間柄の方だと思っていましたよ」
「なんだって? 気が付いていたなら早く」
「早く言ったところでどうなったというのです?」
えっ? ちょっと待って! 今、なんて言いました?
目の前でわちゃわちゃと言い合いをしている青藍さんとお姉さんを唖然とした顔で見つめる。
「はい。俺が……じゃなくて、私が月白の婚約者の天です。証拠の品もあります」
そう言って天が緊張した顔で手に持ったものを私に差し出す。
「月白、忘れものだよ」
それは、あの日、あんず亭の抽斗に置いてきた空色の髪飾りだった。
「でも、私」
「忘れものだよ。受け取って」
戸惑う私を天が真っすぐ見つめる。
「いい……の?」
「元々、月白の物だよ。いいも何もないよ」
その言葉に私はおずおずと髪飾りに手を伸ばす。
「ご両親がご健在で、村長殿のご子息の婚約者。これ以上の身元の保証はありません」
「この私、青藍の認めた薬師であることも忘れては困るよ」
「会長の言うとおりです。月白さんはバードック薬師協会が認めた薬師です」
「えぇ、そうですね。月白さんご自身も有能な方らしい」
すかさず口を挟んだ青藍さんと相変わらずの無表情なお姉さんの言葉に烏羽さんが苦笑しながらうなずく。
「バカな! こんなことが許されるわけない!」
「烏羽さん、本当にこれでいいんですか?」
「さっき話したとおりだ。王立研究院はこれ以上、月白さんを拘束する理由をもたない」
静かに、でも、きっぱりと告げる烏羽の言葉に紅緋と灰青は不服そうな顔をしつつも口を噤む。
「さぁ、月白。帰ろう!」
「……うん!」
差し出された天の手を私はしっかりと掴んだ。
村長用の馬車に揺られてバードックを後にする。いくら釈放となったからといって本当ならこんなにすぐに帰ることはできない。色々な手続きがあるからだ。
でも、それらの手続きは黄丹さんが引き受けてくれた。始めは遠慮したのだけれど青藍さんやお姉さんも手伝うと言ってくれたし、意外なことに何よりも烏羽が一刻も早くタイム村に戻るように言ってきたのだ。
「あの!」
馬車に乗り込もうとした所を烏羽に呼び止められる。まだ何かあるのかと身を固くする私に烏羽が苦笑いする。
「そんな顔をしないで。何か困ったことがあったら相談してください。必ず力になりますから」
そんなの信じられるわけが、と言いかけて烏羽の生真面目な目にぶつかる。言われてみれば確かに烏羽からは、紅緋や灰青のような敵意や嫌悪を感じたことはなかった。
「失礼します」
とはいえ、その言葉を素直に受け取るのは難しくて。ただ頭を下げて私は馬車の扉を閉めた。
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