第三章 秋
3-1 まさかの再会
「どうしよう」
バードックから戻ってきて数日。ここのところ毎晩同じセリフを呟いている。
薬屋の仕事が終わってあんず亭の部屋で一人。目の前にあるのは、夏祭りの日に
そんな大切な意味があったなんて。
どうしようも何も、返すしかない。アンドロイドの私が天と一緒になれるわけがない。それどころか、そもそも天に自分の正体を話すことすらできない。知るだけで危険が及ぶかもしれない。それがアンドロイド。禁忌の技で造られた存在というものだ。
巻き込むわけにはいかない。だから返すしかない。そして、返すなら早い方がいい。わかっている。わかってはいるのだけれど。
「何をしているのだか」
天井を見上げて一人でため息をつく。怪我をした少年を森の外れまで送るだけ、それだけのことだったはずなのにこんなことになるなんて。
トントントン……。
そんなことを考えていたら、部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。こんな時間に誰だろう? と思っていたら。
「
聞こえてきた天の声に驚いて扉を開ける。
「どうしたの? 怪我でもした? それとも誰か具合の悪い人でも?」
部屋が隣同士とはいえ、こんな時間に天が私の部屋を訪ねてくることなんて今までなかった。何事かと思ったら。
「あっ、いや、ごめん。別に怪我とか病気とかじゃなくて」
気まずそうな顔をする天。まぁ、何事もないならいいのだけれど。
怪訝そうな顔をしていたのだろう。天が少し困ったような顔で言葉を続ける。
「遅くにごめん。ちょっと遠出の依頼が入ったからしばらく村を離れるんだ。明日は明け方には出発しちゃうから今夜のうちに言っておこうと思って」
「そうなんだ。わざわざありがとう」
「うん」
えっ? それだけ?
そのまま黙り込んでしまった天を見て、どうしたものかと困っていると。
「あの、それ」
「えっ? あっ……」
固い表情をした天の目線を追う。と、右手に髪飾りを持ったままだったことに気が付いて慌てる。
「あっ、いや、あのこれは別に」
そこまで言ってハッとした。今、返せばいいのでは? 全然心の準備はできていないけれど、これから先も心の準備なんてできそうもない。きっと今がチャンスなんだ。そう思ったのに。
「あのさ。しばらくってどのくらい?」
「えっ? 五日か六日くらいかな」
口から出たのは全く違う言葉で。天もキョトンとした顔で答える。
いやいや、言いたいのはそんなことじゃなくて。
「あのさ、戻ってきたら聞いて欲しい話があるの……いいかな?」
「えっ?」
はい? 私、何を言っているの? 違うでしょ! 天もびっくりしてるじゃん!
「あっ、ごめん」
「もちろん」
なんでもないから。そう言おうとした私に被せるように天が先に返事をする。
「いや、あの」
「わかった。めっちゃ急いで戻ってくる」
任せて、とガッツポーズをしてみせる天に訂正より心配が先に立ってしまった。
「えっ、急がなくていいから。また怪我でもしたら大変だし……っていうか、依頼なんだよね? 薬草を取りにいくとかじゃないよね?」
出会った頃の天を思い出してしまった。まさかまた見当違いなことをしようとしてないよね?
「違うよ。今回はちゃんとした依頼です。信用ないなぁ」
苦笑いする天にホッとする。とはいえ。
「本当に無理はしないでね」
「うん。わかった。ありがとう」
私の言葉に天も真面目な顔でうなずく。でも、そのすぐ後で同じくらい真面目な顔で。
「でも、できるだけ急ぐ」
「うん。わかった」
空色の目で真っ直ぐに言う天に思わずうなずいてしまった。そんな私を見て天が満足そうに笑う。
「じゃあ、おやすみ。遅くにごめんね」
「ううん。おやすみ。気を付けてね」
私の言葉に天はうなずくと隣の自分の部屋へと戻っていった。
パタン。
そして、私もそんな天を見送ると扉を閉めた。そのまま扉を背にへたりこむ。
いやいや! 私ってば何してんの! 話って何さ! 何を話そうと思ったのよ!
一人で声を出さずにじたばたする。と、右手に握ったままだった髪飾りが目に入る。さっきまで見ていたのと同じ輝く空色。
「私はアンドロイドなんです」
髪飾りを目線の高さに掲げて、声にはださずに口の動きだけで呟く。そう言ったら天はなんて言うだろう? 空色の目は曇るだろうか? 逸らされるだろうか?
「何をしているのだか」
出来もしない妄想に一人で苦笑いする。
「人間、だったらなぁ」
もっと言っても仕方ない言葉がこぼれた。
「寝よう」
そう言って立ち上がった自分に思わず呆れた。
アンドロイドは寝ない。食事もいらない。タイム村に来てからというものすっかり人間らしい生活が板についてしまった。捨てられたあの日に捨てたはずの習慣だったのに。
夜は寝て、朝起きて、三度の食事をする。人間のふりして会話をする。どんなに真似をしたって人間になれるわけでもないのに。いつの間にか私は人間にでもなったつもりでいたのだろうか。
「潮時だねぇ」
自分に言い聞かせるようにきちんと声にだして呟く。
そう、潮時だ。天にもきちんと話さなければ。でも、明日が早いとわかっているのに今から天にもう一度声をかけるのは気が引けた。
結局、天が帰って来てからにしようと独り言ちて、私は髪飾りを机の抽斗にしまった。
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