2-4 夏祭りを楽しむはずだったのに

 私とてんが広場に着くと夏祭りはもう始まっていた。中央に作られた手作りのステージでは村の人たちが軽快な音楽を奏でている。


「あれ? あそこにいるのって」


 ステージの上に見知った顔を見つけた私はおもわず声を上げる。不思議な形の弦楽器を弾いているあの人ってもしかして。


「驚くよなぁ。松葉まつばにこんな特技があるなんてさ」

「やっぱり松葉さんだ。意外!」


 松葉さんも私たちに気が付いたみたいでパチリとウインクを投げて寄越す。


「うわっ。あいつ、何してんだよ」


 嫌そうな顔をする天に笑いながら、ふとおかしなことに気が付く。男性の正装は女性に比べて上衣の丈が膝上と短いものの、上衣とゆったりとしたズボンの組み合わせは同じだった。松葉さんは深緑色、天は紺色の上衣でズボンはどちらも黒色。そして、なんと二人とも上衣が長袖だったのだ。


「えっ? 天って結婚しているの?」

「はぁ?」


 つい驚きの声を上げてしまった私よりも倍以上は大きな声で天が驚きの声を上げる。


「えっ、だって長袖」

「へっ? あっ、あぁ、そういうことか。結婚すると長袖になるのは女性で、男の場合は成人すると長袖になるんだ」

「そっか。そうなんだ」


 天の返事になぜかホッとした声がでてしまった。そんな私の顔を天がどこか嬉しそうに眺めている。


「何よ! 別にどっちでも私には関係ない話だし」

「はいはい。それより、月白何か飲もう! あっちに曹達屋がでてる」


 そう言って、天は広場を囲むようにでている屋台の一つを指さす。行ってみると屋台には色とりどりのガラス瓶が並んでいた。


「好きなシロップを選んで炭酸水で割ってもらうんだ。俺、シトロンで。月白は何にする?」


 黄色のガラス瓶を指さして注文しながら天が聞いてくるけれど、どれが何なのか全くわからない。色とりどりのガラス瓶を眺めてどれにしようか悩んでいると。


「あっ、つっきーじゃん」

「天、月白つきしろさん、こんばんは」


 振り返るとそこには刈安かりやすさんと亜麻あまさんが仲良く並んでいた。なるほど。刈安さんの約束の相手は亜麻さんだったのか。


「ってか、つっきー、その髪飾りどうしたの?」

「あっ、これは天が」

「へぇ~、ほぉ~、やっぱりね~」


 ん? やっぱりってなんのこと?

 顔を見合せてニヤニヤする刈安さんと亜麻さんに首を傾げる。なんだか天の顔が心なしか赤いような気もする。


「あの、髪飾りがどうしたんですか?」

「「「えっ?」」」


 私の言葉に三人の声が重なる。と、刈安さんがハッとした顔をする。


「あっ、そうか! うわぁ~、天、ごめん!」

「えっ? 何? なんすか?」


 えっ? 何?

 急に謝り始めた刈安さんを見て私も天も驚いた顔をする。


「つっきー、髪飾りの意味、知らないわ」

「あっ、そうか、月白つきしろさんはタイム村に来て日が浅いから」

「いや、それもあるけど、そうじゃなくて」


 亜麻さんの言葉に刈安さんが気まずそうな顔をする。


「プロポーズに使うのは簪だけなんですよね? 髪飾りは特に……」

「わぁ~、つっきー、ストップ! スト~ップ!」


 さっきあんず亭で聞いた話をしようとした私の口を刈安さんが慌てて塞ぐ。


「刈安、君、もしかして」

「ごめん! だって照れるじゃん!」


 そういう刈安さんをジロッと睨んだあとで亜麻さんは軽くため息をつく。


「全く。あのね、月白さん、髪飾りには……」

「わぁ~、亜麻さん、ちょっと待って!」


 ん? デジャブ?

 今度は亜麻さんの口を天が塞ぐ。何故か天の顔は真っ赤だ。


「俺が後で説明しますから! ここで説明しないで!」

「えっ? だって」

「大丈夫ですから!」


 キョトンとした顔の亜麻さんを必死で止める天。その姿を見て、刈安さんが何かに気が付いたように亜麻さんの手を引く。


「亜麻、後は天に任せて私たちはあっちの屋台見に行こうよ!」

「えっ? 刈安、でも説明しないと」

「それはいいから! ほら、行くよ! 天、ごめん! がんばって!」

「えぇ、本当にいいの? それに、刈安、曹達水を買いたかったんじゃなかったの?」

「いいって言ってんでしょ!」

「えっ、待って! あっ、月白さん、その服、よく似合ってますよ~」

「あ、ありがとうございます」


 刈安さんに引きずられて去っていく亜麻さんの言葉に慌ててお礼を言う。多分、聞こえてないだろうけれど。


「知ってるつーの」


 ボソッと天は呟くと私をまじまじと見つめる。


「えっ? 何?」

「やっぱり似合うよ」


 どう反応したらいいものか。私は俯いてしまう。

 

「ロンガンなんてどう?」

「えっ?」

「ちょっと珍しいし、甘くておいしいよ」


 屋台に並ぶガラス瓶の一つを指差す天を見て、曹達水のことだと気が付く。私が頷くのを確認して天が注文する。


「少し座ろうか」


 シトロンとロンガンの曹達水を受け取った天が広場に置かれたテーブルをさす。


「はぁ~、うまい!」


 おいしそうに曹達水を飲む天に習って、私も一口飲む。パチパチと弾ける泡と仄かな甘さがおいしい。


「おいしい!」

「よかった」


 思わずこぼれた私の言葉に天が笑う。と、天の顔が真剣なものに変わる。


「あのさ、髪飾りのことなんだけどさ」

「うん」


 私も曹達水をテーブルに置いて天に向き合う。と、その時。


「それでは、夏祭りを始めるにあたって、村長からご挨拶を」


 タイミングよくステージから聞こえてきた声に私と天は顔を見合わせる。


「えぇ、なんでこのタイミング?」


 盛大に顔を顰めた天を見て思わず笑ってしまう。さっきまでの真剣な雰囲気が台無しだ。


「笑うなよぉ」


 そう言う天の顔も笑っている。


「はぁ、とりあえず村長さんのありがたいお話を聞きますか」

「あの人が村長さん?」


 ステージの上では白髪の年配の男性が夏祭りの開催の挨拶をしていた。後ろに控えているのは鮮やかな橙色の上衣を着た黄丹おうにさんだ。


「あっ、黄丹さんもいる」

「げっ」


 私の言葉に天が嫌そうな顔をする。そう言えば亜麻さんが倒れた時にも仲悪そうだった気が。


「天って黄丹さんが苦手なの?」

「ん~、いや。そんなことないけど」

「そうなの? 亜麻さんのときもあまり仲良さそうな感じはなかったけれど?」

「あぁ、うん。そうね。ちょっと前から嫌いになったの」

「はぁ?」

「いいの。こっちの話。まぁ、いい人だと思うよ。真面目だし。人の話を聞かないところはあるけど」

「あっ、それはわかる」


 天の言葉に思わず大きく頷いてしまう。顔を見合せて天と笑い合ってしまう。と、その時。


 ドサッ。


 キャー。


 聞こえてきた声に慌ててステージを見る。目に入ってきたのは村長さんが体をくの字に折って倒れているところだった。周りの人たちが慌てている様子がここからも見て取れる。


「村長さん?」

「月白、行こう!」

「うん!」


 天の言葉に頷くと私たちはステージに向かって走り出した。

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