2-2
「まずは王道の赤!」
「似合うけど無難過ぎだね」
「じゃあ、可愛さ全開の桜色!」
「うんうん、いい感じ」
「大人の色気、紫!」
「これは背伸びしすぎだよ」
「元気溌剌、黄色!」
「これはあんただろ」
「若さを主張して萌葱色!」
「おや、似合うね」
「これは新作、朝焼けの鴇色!」
「あぁ、いい色だね」
「う~ん、
「いっそ白にして大輪の蓮とか描いてみる?」
翌日、お昼過ぎに迎えに来た
「ねぇ、つっきーの好きな色って何?」
「そうだよ。月白ちゃんの好みを聞いてなかったね」
好きな色……というかこの状況をまず説明して欲しい。
「いや、あの、これは一体?」
「「えっ?」」
私の言葉に布をかけていた桃さんと刈安さんの手が止まる。しばし見つめあう桃さんと刈安さん。
「刈安、あんた月白ちゃんに言ってなかったの?」
「
「いや、あたしはてっきりあんたが説明しているものとばっかり」
「噓! あたしも桃姉がしてると思ってた」
「「うわ~、ごめんね!」」
両脇から謝罪の言葉が見事なユニゾンで響きわたった。
「本当にごめんね。驚いたでしょ?」
「薬屋、無理して休ませちゃったんじゃない?」
「いえ、大丈夫です。それよりこれは一体?」
もう一度同じ質問をすると桃さんと刈安さんが慌てて布をどけて、染物屋の脇に置いてあるテーブルに案内してくれた。色とりどりの布の山から解放されて、とりあえずお茶をいただいて一息つく。
「この前、あんず亭に昼ごはん食べにいったら、桃姉がそろそろ夏祭りにだす料理を考えなきゃって」
あんず亭は宿屋、兼、食堂だから、食事だけでも利用できる。桃さんの料理は評判が良く、村に唯一という理由を差し引いてもあんず亭を利用する村人は多い。
「で、そう言えばつっきーの服がないじゃんって話になってさ」
「服ですか?」
刈安さんの言葉に首を傾げてしまう。一時的とはいえタイム村で薬屋を預かることになってから、一度山小屋に戻って必要なものは持ってきている。服だって数が多いとは言えないが多少は持ってきた。見苦しくない程度にはしているつもりだったのだけれど何かまずいところでもあっただろうか?
不安が顔に出ていたのだろう。桃さんが慌てた様子で教えてくれる。
「夏祭りには村の伝統の衣装を着るのよ。私が若い時に着ていたものならあるけど、折角なら新しいものがいいわよねって話にね」
「そうそう、タイム村では正装だから夏祭り以外にも使えるしね」
「初めての夏祭りがおさがりじゃ気分上がらないしね」
「ねぇ~」
「えっ? いえ、そんな」
うんうんと頷きあう桃さんと刈安さんを慌てて止める。
いや、いらないでしょ。私はタイム村の人間ではないし、次の薬師が見つかれば二度と来ることもないだろう。
「あっ、お代なら気にしないでね! この前の治療代、貰ってくれなかったって
「いえ、あれは特に薬を使ったわけではないので」
「それに、こう見えて私の染めた布って評判いいのよ。他の町からも仕入れに来たりするんだから」
「仕立ては刈安のお母さんがしてくれるから安心だよ。村一番の腕なんだから」
「いや、そういう問題ではなくて」
なんとかして断ろうとする私の言葉を桃さんがやんわりと遮る。
「いいから、やらして頂戴。亜麻のこと、村のみんなが感謝しているんだから」
「そうそう、嫌だって言っても作るからね」
結局、桃さんと刈安さんに押し切られる形でタイム村の正装だという服を作っていただくことになってしまった。そうと決まれば改めて私の肩に色々な布が掛けられる。
「う~ん、どれも捨てがたい!」
「つっきー、本当に何でも似合うね」
布は色見本だそうで、気に入った色があればそれを服用の布に刈安さんが染めてくれるそうだ。二色を選んでぼかしたり、希望の柄を描いてもらうこともできるとのことだった。
「あっ」
足元に布の小山ができる中、さらりと掛けられた布に思わず声がもれる。真夏の空のような明るい青。まるで
声を上げた私をどう思ったのか。桃さんと刈安さんが何やらニヤニヤし始める。
「刈安、どうやら決まりみたいだね」
「だね~。天が調子に乗りそうだけど」
「でも、確かにこれが一番似合っているよ」
「うん、私もそう思う」
「えっ、いや、別に」
この色が良いと言ったわけではない、と慌てて否定しようとしたものの、私の言葉は届かず。あれよあれよという間に採寸をされ、タイミングを計っていたかのように次の村人が来てしまい。結局、何も言えないままに染物屋を後にすることとなってしまった。しかも桃さんは夜ごはんの仕込みがあるとのことでさっさとあんず亭に帰ってしまったし。
諦めて私も薬屋に戻り、干しておいた虫除け香を取り込む。染物屋にいる間も天気は気にしていたけれど、雨もなく、風も強くなかったので、問題ない出来だった。これだけ作っておけばこの夏は問題ないだろう。
「月白!」
薬屋からのあんず亭に向かう道すがら、後ろから天に声を掛けられる。振り返ると妙に真剣な顔をした天が立っていた。
「天も仕事終わり? ……って、どうしたの?」
「いや、あのさ」
そう言って黙り込んでしまった天に私も足を止める。昨日の夜も様子がおかしかったけれど、何かあったのだろうか? と、両手をグッと握り締めて、意を決したように天が口を開く。
「夏祭り! 一緒に行こう!」
「へっ?」
「だから、夏祭り! ……あっ、もしかして、もう誰かと約束してたりする?」
「えっ、あっ、いや別に」
桃さんは夏祭りでお店をだすらしいし、刈安さんからも一緒に行こうとは言われていない。他に誘ってくれるほど親しい村人なんてもちろんいないし、と思っていたら、天が明らかにホッとした顔をする。
「じゃあ、約束! 夕方、あんず亭で待ち合わせにしよう!」
「あっ、うん」
「忘れないでね! あっ、俺、この後も依頼あるから行くね!」
「えっ? 今から? もう日が暮れるのに?」
「じゃあ、約束だからね!」
そう言って、昨日と同じようにさっさと天はどこかへと行ってしまう。去っていく天の背中を見ながら、私はハッとする。
服の色、どうしよう。自分の目と同じ色の服なんて、きっと嫌だろう。事情を話して桃さんにどうにかしてもらおうと私はあんず亭に向かう足を早めた。
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