第6話 男爵令嬢とのお茶会
「レイ様。これ、最近人気の有名パティシエのお菓子なんです。放課後お茶会をする予定なので、一緒に食べましょう♪」
朝の登校時、教室に続く廊下で急に呼び止められたと思ったら、エミリアからのお茶のお誘いだった。
「えっと……悪いけど、放課後は用があるからダメなんだ。」
レイモンドは、愛称呼びなんて許してないわよ?と突込みそうになったが、とりあえず余所行き用の表情と言葉遣いでやんわりと断った。
「そんな、せっかく用意してきたのに。」
途端エミリアは、悲しそうに瞳を潤ませてくる。
やば、と思った時にはすでに遅く、エミリアの背後から、彼女の取り巻き達が援護射撃を仕掛けてきた。
「殿下、女性の誘いを断るのは失礼な事でございますよ。」
「そうです、私の記憶によりますと、殿下の放課後の予定は無かったはずですが?」
そう言ってきたのは、レイモンドの側近候補の騎士団長の息子と、宰相の息子達だった。
意外な所からの横槍に、レイモンドの頬がひくりと引き攣る。
――よ、余計なことを!
レイモンドは内心で「エリィとの時間がぁ~!」と叫んでいると、取り巻き達の話を聞いたエミリアが、ぱぁっと表情を明るくさせて詰め寄ってきた。
「では皆さんでお茶会をしましょう!きっと楽しいですよ♪」
そう言って、キラッキラの笑顔を向けてきた。
その笑顔に若干引きながら、レイモンドは教室の方を見遣る。
丁度、部屋の中に居たエリアーナと目が合い「助けて!」と念を送ってみたが、肝心のエリアーナは「ご愁傷様。」と、手をひらひら振ってくるだけだった。
エリアーナに助けてもらえるかも、と淡い期待をしていたレイモンドは、がっくりと肩を落とす。
そして渋々、エミリア達とお茶会をする事になってしまったのであった。
近い 近い 近い 近い 近い!!
案の定、放課後のお茶会は、エミリアとレイモンドの攻防戦だった。
しかも、何故かエミリアの建っての希望で、温室でのお茶会となってしまった。
――エリィとの憩いの場所が……。
何故か自分が許可したことになっており、覚えのないレイモンドは内心で悔し涙を流していた。
しかも、エミリアがちゃっかりと自分の隣を陣取っている。
さすがのレイモンドも身の危険を感じ、なんとか少しでもエミリアから距離を取ろうと、四苦八苦していた。
しかし、二人掛けのソファではそれも徒労に終わり、いつしかレイモンドは、ソファの端まで追い詰められていた。
「エ……エミリア嬢、少し近いみたいだよ。」
「そんな、エミリーとお呼びくださいレイ様。」
レイモンドがやんわりと指摘すると、エミリアが瞳を潤ませながら、おねだりしてきた。
――嫌ぁ~、話が通じないわぁ、この子ぉ~!!
レイモンドは胸中で絶叫する。
先程から、判り易く拒絶しているつもりなのだが、エミリアは攻撃の手を休めてはくれなかった。
体をべたべた触ってくるし、何故か唇を突き出して顔を近づけてきたりするのだ。
レイモンドは、王命があるため強く出られない己の立場を呪った。
――くぅ~聖女の素質があるからって、何やっても許されるわけじゃないのよぉ~!なんであたしが相手しなきゃならないのよぉ~!
レイモンドは、迫ってくるエミリアに冷や汗を流しながら胸中で絶叫する。
そうエミリアは、教会から聖女の素質があると、お告げがあった聖女候補なのだ。
それを知った男爵は、元々妾の子で平民だったエミリアを引き取り学園に通わせたのだった。
そして、それを知った父である国王からは、エミリアを丁重にもてなせと言われている。
レイモンドにとって、大人の世界の黒い部分やら都合など知ったこっちゃないが、巻き込まれた自分は迷惑極まりないと腹を立てていた。
しかも、平民上がりの男爵令嬢は、レイモンドがよく知る貴族の令嬢とは大分勝手が違う子だった。
自分の意見はずばずば言うし、人の都合なんてお構いなし、挙句の果てには初心な男子生徒を手玉に取る女狐の如く、やりたい放題な彼女の事を、レイモンドは苦手としていた。
――あたしは、意見ははっきり言っても、思いやりのある子が良いのよ!
上目遣いでじりじりと迫ってくるエミリアを、なんとか腕でガードしながら、レイモンドは胸中で毒吐く。
頭の中で憤慨していると、エミリアが攻撃を仕掛けてきた。
「レイ様、はい、あ~ん♪」
は?
見るとエミリアが、満面の笑顔でこちらにクッキーを差し出してきている。
どうやら、手づから食べさせてくれるらしい。
できればそれはエリィにやってもらいたい、と己の願望を内心で駄々洩れさせながら、レイモンドはまたやんわりと断ろうとしたのだが……
「ふふふ、羨ましいですね殿下。」
「ほら、早く食べないと私が貰ってしまいますよ。」
またしても取り巻き……もとい、騎士団長の息子と、宰相の息子が囃し立ててきた。
「やだ、エル様とサイ様ったら、からかわないでください。」
恥ずかしい、と言ってエミリアは赤くなった頬を両手で隠して恥じらってきた。
そして何故か意味ありげに、こちらをちらちらと見てくる。
「は、はは。」
それよりもっと前に、恥ずかしい事しようとしてたでしょうが、と突っ込みたいのをぐっと我慢し、レイモンドは苦笑するだけに留めた。
なんとか、あ~んは回避でき、今はエミリアは取り巻き達と談笑している。
それを横目で見ながら、それにしても、と両隣に座る側近候補たちを、ちらりと見遣った。
――さっき、愛称呼びさせてたけど、確かこの二人にも婚約者がいたわよね?
と記憶を探りながら、エミリアと話をしながらデレデレしている二人を見た。
先程、エル様と呼ばれていたのが騎士団長の息子のエルリックで、サイ様と呼ばれていたのは宰相の息子であるサイモンだ。
二人供、レイモンドの座るソファを挟む形で一人掛け用の椅子に座っており、まるで誰かを逃がさないようにガードしているようだった。
まるでお姫様を護る騎士の様だな、と二人を見ながらそんな感想を抱く。
まあ、一人は本物の騎士だけど……。
と一人で突込みをする。
すごく虚しいけど、現実逃避でもしていないと、やっていられなかった。
それよりも、と現実に戻りながら己の側近候補と謳われている二人を再度見た。
――いつも男爵令嬢と一緒にいるところを見るけど、婚約者の方達って大丈夫なのかしら?
自分ではありえないなと思いながら、ふと彼らの婚約者である、ご令嬢達の事を思い出す。
エルリックの婚約者は子爵家の令嬢で、サイモンの婚約者も階級が上の方の伯爵家の令嬢だったはず。
どちらも男爵家よりも格が上だが、その辺はどうなっているのかと何故か気になってしまった。
――というか、どちらもエリィの取り巻き達じゃない!
とここへ来て、その事実に気づく。
――エリィったら、大丈夫かしら?
と己の今の現状よりも、エリアーナの事が心配になってきたレイモンドであった。
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