第一章 ドキドキ! 学園生活スタート!(※裏口バレたら即死亡)(6)

 僕は学長室までやってきた。重厚な木の扉をノックして入ると、深い色の木で作られた執務机に学長が座っていた。エルフらしく美形な笑顔が向けられる。同じ顔を酒場ですれば美女の二、三人は釣れそうだ。いや、この顔ならば男でも釣れるに違いない。

「やぁ、タクト・オクトヴァル君。ようこそ魔導学園へ……話は聞いているよ」

 何の話だろう、思い当たる節が多すぎる。とりあえず何かの迷惑をかけてることは確定なので謝罪しておこう。

「この度はご迷惑をおかけしました」

「なに、気にすることはない。なにせ、事情が事情だろう? 私も、君が入学するのはあと五年くらい先かと思って忘れてたというのもあるし、お互い様だよ」

 エルフらしい時間感覚ジョークにはどう反応したらいいか少し困る。とりあえず呼び出された理由は特別入学に関する話だったようだ。少なくとも入学式の遅刻を咎められての呼び出しではなかったらしい。


「いっそ君を教員として招こうかとも考えたんだけどね、教師の資格を得るためにはそもそも学園を卒業しないと駄目らしい。まったく、人間は色々と細かいよねぇ。一番初めは卒業生じゃなくても教師になってたはずなのに」

「はは、そもそも魔導学園の教師なんて、僕には過分な話ですよ」

「謙遜することはない。君の従者のハーフエルフを見れば、いかに君がすばらしい人材か分かるというものだ。ダストン様からも宜しく言われているし、何かあったら遠慮なく言ってくれたまえ」

 ニコリと笑う学長。イケメンの笑みはどことなく何か企んでいるように見える、そう思うのはフツメンな僕の僻みだろうか。

「ははは、ちなみに祖父とはどのような関係で?」

「おや、聞いていないのかい? ダストン様は元上司でね。どちらかといえば同僚だった君の父上、レクトとの方が親しいよ。彼とは仲の良い友人で……ああすまない。まだあれから少ししか経っていないのだ、君の方が辛いだろうにこんな話を」

「いえ、お気になさらず」

 両親が亡くなった事故からは既に六年は経過しているのだが、エルフ的にはごくごく最近という感覚らしい。いや、あるいは普通の人間でもそんなものなのかな? 幸か不幸か僕の側にはおじい様やマルカがおり、あまり寂しさを感じるまでも無く今日に至っていたけれど。

「こう言っては何だが、魔術の発展のためにも、君のような才能ある者には是非長生きしてもらいたいね。私の五倍くらい」

「買い被り過ぎですよ学長。あと人間はそんな生きられません」

「それもそうか」

 ちなみにエルフの一般的な寿命は五百歳と言われている。ただ、エルフの自己申告故にその長さが合っているかも定かではなく、実際は千歳くらいまで生きられるのではないかとも噂されている。また、ハーフエルフの場合は、相手側の寿命にかなり近づくらしいのでマルカは人間に近い寿命となる。エルフにしては短命、というのも忌み子の理由なのだろう。


「話はそれだけですか?」

「そう人間らしく急がないでくれ。友人の子の顔をしっかり見ておきたかった、ってだけじゃ駄目かい? なんだったら、入学式の遅刻を咎めてもよいのだけど」

「いえいえ、顔が見たかった、大いに結構かと」

「ははは、冗談だよ。一応口裏を合わせておこうかと思って。……タクト君の入学試験については、私が直々に行ったことになっているんだ。けれど、実際君は試験を受けてないだろう?」

「……お手数をおかけしまして」

「で、その時君は通りすがりの野良ドラゴンを魔法で仕留めたという事になっているんだが、そのくらい大丈夫だよね? 君の父上の逸話でもそういうことをやってたけれど」

 えっ、とタクトは一瞬固まった。

「……ドラゴン、ですか?」


 ドラゴン。最強種とも呼ばれ、下級のワイバーンですら、冒険者十人で犠牲者が出るか出ないかと言われている。上級龍ともなれば魔法を操り、人語を話す。中には王国と和平を結ぶ──つまり、一龍で一国と同等な──個体もいる。


 両親が事故で亡くなる直前に退治したゴールドドラゴンは魔法を操るタイプで、中級の中でも上位に位置するドラゴンだ。報告では『少し苦戦したが勝利』くらいにしか書かれていなかったけれど、本来は騎士団二、三個で当たるべき相手である。

「そのくらいインパクトがないと、従者の分の特別合格を認めさせられないじゃないか。まぁ多少盛ったけれど……できないのかい?」

「あー、その……ええと」

「できるよね。君の父上、レクトも学生の時にはやってた事さ」

 父上なにやってたの!?

「だというのに、子供がドラゴンを倒せるはずがないって疑う奴もいてね。自由時間を利用して、実際にドラゴンの単独狩りをして見せてくれれば私も助かるよ。急ぎで悪いんだけど、頼むよタクト君。君ならできるよね?」

 んんん、と顔が引き攣る。何という無茶振り。いや、MPが父親と同じく500とかあるならそれほど無茶ではなかったのだけれど。生憎と僕のMPはたったの5なので。

 あ、でもあれだ。エルフ感覚で急ぎ、っていうのは卒業までに、って意味かも──

「本当に急ぎで悪いんだけど、タクト君の実力を疑ってるのは我が学園の教員なんだ。だから今学期中に頼めるかい?」

 今学期中かぁー。

「……あの、それもしできなかったらどうなります?」

「ああ、気にしないでもいいよ。その時は君のステータスを見せてゴリ押ししよう。特級魔導士の称号と合わせて、十分なステータスがあるなら誰も文句言わないだろう?」

 うん、十分なステータスが無いんですがそれは。

「ワイバーンとかの下級ドラゴンでもいいからさ。もちろん上級ドラゴンでもいいよ」

「……上級ドラゴンは不味いでしょう」

 ワイバーンのように知能を持たない鳥獣のような下級ドラゴンはともかく、上級ドラゴンは人間と同等以上の存在といっても過言ではなく、勝手に殺したらまずい存在だ。

 とはいえ、MP5の僕にとってはワイバーンよりさらに下位、大トンボですら間違いなく強敵なんだけれども。

 笑顔の学長が僕の両肩に正面からポンと手を置く。そして真正面から言う。

「君には期待してるよ。我が友の息子、『天才魔導士』、タクト・オクトヴァル君」

「……はい」

 僕は、ただそう答えるしかなかった。

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