第一章 ドキドキ! 学園生活スタート!(※裏口バレたら即死亡)(4)

「えー、では早速ですが皆さんには自己紹介をしていただきます」

 よしきた、と僕は身構えた。こんなこともあろうかとちゃんと自己紹介の練習はしておいたのだ。余計なことは言わず、ただ名前を言って座るだけ! かしこまり過ぎず、表情は自然体。なるべく印象に残さず目立たない、がコンセプトだ。

 頭の中でイメージトレーニングをしていると、ついに僕、の前にマルカの番になった。

 勢いよく立ち上がり、注目を浴びるマルカ。

「自分はマナマルカ! マルカと呼んでくださいっす! あと、こちらにおわす特級魔導士タクト・オクトヴァル様の第一の使用人にして一番弟子っす! 以上っす!」

 そして、がたんっ! と大きく音を立てて座った。ざわつく周囲に、集まる視線。マルカは『バッチリ場を温めておいたっす!』とドヤ顔でこちらにウィンクした。

 こ、こいつ……自分の自己紹介を省いて余計な所だけ残しやがった! 殴りたい、その笑顔。その自己紹介は確かに、入学式前に生徒会長へとしたゴテゴテした自己紹介とは比べるべくもなくシンプルであったが、肝心の僕関連が丸々と残されていた。

「……タクト・オクトヴァルです。よろしく」

 少し悩んだものの、当初の予定通り、名前だけ言って静かに座る。「えー、そんだけっすか?」と不満げなマルカはさておき、せめて傷を最小限にできただろうか。

 そんな風に内心動揺していると、予想外の所から狙撃される。

「多くは語らない、素晴らしいですね。ああ。皆さん気になっているでしょうから代わりに補足しますと、タクト君については、齢八にしてステータス魔法を開発した天才で、九歳の時点で既に正式な魔導士の称号を得ています。『天才魔導士』という通り名もありますね」

 そう口に出したのは担任教師、エーリン先生だった。あっけにとられて僕が何も反応できず固まっていると、更に言葉を続ける。

「それとここだけの話、タクト君については、特別教員として招くという話もあったんですよ? 断られてしまいましたが。ただ、いつでも迎える準備はあるそうなので、気が向いたら是非どうぞ」

 そういって眼鏡越しにニコリと笑顔を向けるエーリン先生。光の反射で目元が見えず、それが本心か冗談かは分からなかった。

 ……聞いてないよそんな話!? まぁMP5の僕じゃ到底なれませんけど!

「そうだったんすか、すごいっすね師匠!」

 尚、魔導学園の教師といえば宮廷魔導士に次ぐ魔導士の花形職だ。僕はそんな話聞いたことが無いので、恐らくおじい様が断ってくれたのだろう。なにせ魔法職には、当然の如くたくさんのMPが必須なので。

 僕の自己紹介はそんな風に終わり、次の人へ次の人へと順番が移っていき、自己紹介が終わった。間違いなく一番目立ったのは僕だった。

「やったっすね師匠! これで第一印象はバッチリ最高っすよ」

「最悪だよ畜生……」

 世界の理不尽さに泣きながら転げまわりたいが、そんなことをすれば余計に目立つことは間違いない。泣くのは脳内で我慢し、平静を保つ。落ち着け僕。次に作る杖の構想でも考えて気持ちを鎮めるんだ。


 ホームルームが終わり、先生が教室を出て行った。とりあえず今日は授業はないそうなので、あとは帰るのみだ。

「あ、あの。少し質問してもいいかな」

「ん?」

 声を掛けられ顔を向けると、興味津々に目を輝かせるクラスメイト達がいた。

「……えっと、僕に? 何を?」

「た、大したことじゃないんだけど! その、タクト君のこと知りたいなって!」

「え、なんで?」

「なんでって、そりゃそうでしょ」

 思わず素で聞き返してしまったが、よく考えれば分かることだ。

 国内最高峰にして唯一の魔導士育成機関であるオラリオ魔導学園。その高いハードルを越えて魔導士を志す彼らは、基本的に魔法が大好きであり、同年代で新魔法を開発し既に魔導士の称号を得ている僕は、間違いなく注目されて当然の存在であるのだ。譬えるならば、国際的に有名な歌姫が同じクラスにいるような話である。

 しかも孤高の存在とあれば声を掛けづらいところだが、弟子を名乗るハーフエルフの少女と仲良さげで、思いの外気安そうである。自己紹介でも「よろしく」って言ってたしそれならと、クラスの半分以上がここに殺到したという訳だった。


 ……しまった。孤高の存在を気取っていれば良かったのか!

 完全に目立っている。僕は背中に冷や汗をかいた。

「す、すまないけど、僕はあまり自分の事を話すのは得意じゃないんだ。……それと先に言っておくけど、僕は言う程凄い人間じゃない。期待してもガッカリするだけだよ」

「それでもいいから! ね!」

 しつこい。どうにかこうにか断れないか、とマルカに助けを求めて視線を送る。こんな時こそお世話係の出番に違いない。のだが。

「いやぁ、師匠人気っすね! どうせ暇っすし、答えてあげたらどうっすか?」

 役に立たない従者め! 畜生!

 ……いやまて、ひらめきを得た。このピンチはチャンスだ! あえて質問を受け付け、適度にガッカリさせておけば、今後は注目されることが無くなるのではないか。

「……じゃあ、僕に答えられることだったら答えるよ」

 人は未知だから知りたがるのだ。僕がいかに普通の人間かを教え込んでやれば、興味を失いほっといてくれるに違いない! せいぜい僕にガッカリするんだな!


「なぁ、特級魔導士様の最大MPっていくつなんだ!? すげぇんだろ!?」

 おっと。早速絶対に答えられない質問が飛んできた。そも僕のMPが入学基準に満たない5であると知られたら退学、そして死亡待ったなしである。思わず眉間にしわが寄る。

「あ、俺も言うべきだよな! 俺ぁ89だ! 地元じゃ負け知らずよ!」

 質問者は見るからに火属性が得意そうな、髪と髭の赤い低身長マッチョなドワーフ男。僕が約十八人分といういい具合のMPに、ひくりと頬が動く。

「……秘密だよ。自慢できるような値じゃないとだけ言っておこうか」

 羨ましいと言いそうになるところを堪えて秘密だと隠すと、ドワーフ男は少し不満げになる。が、無視した。だって答えられないもん。

「他にあるかな?」

 顔をしっかり笑顔に切り替えて聞く。今度は耳と尻尾だけが猫の獣人少女が手を上げていたのでどうぞと指さした。

「どうしてもう魔導士のタクトさんがこの学園に?」

「……んー、まぁ、学園に入学する歳だから、だね。あまり深い意味はないよ」

「そ、そうですか」

 年齢という普遍的な答えに首をかしげる獣人少女。なんなら卒業しないと特級魔導士の資格が正式なものにならないくらい、言っておけばよかったかもしれない。

「得意な魔法とかは?」

 今度の質問者は風属性と相性のよさそうな緑髪の女の子だ。メモ帳を開いている。

「ああ、それは間違いなく『ステータス』魔法だよ。他は全然だね」

 そりゃ開発者だもの。当然である。

「全然、ですか? 『天才魔導士』なのに?」

「全然だよ。たぶん君達の方が僕より凄い魔導士になれるさ」

 褒められるのは予想外だったのか、目をぱちくりさせる質問者。とはいえ、実際全然なんだから仕方ない。僕は嘘をついていないし、本心からそう思っている。


 僕は、そんな風に適度に素をさらけ出すことで周囲をいい具合に「あれ、こいつ案外普通なんじゃないか?」という空気を作ることに成功した。フッフッフ、実際凄くないんだから、当然の成果ともいえる。けど、このまま質問に答え続けるとうっかりボロが出そうだ。

「あ! 師匠っ、すっかり忘れてたっすけど、そういえば入学式の時に放課後学長室へくるように言われてなかったっすか?」

「っと、そういえばそうだったな。それじゃあ質問はこのくらいで。いやぁ、すっかり忘れてたよ。僕だけだったらうっかり帰っていたところだった」

 丁度いいやと質問の受付を切り上げる。確かに言われていた。大事なことを思い出したマルカを褒める。さりげない凡人、どころかちょっとマヌケアピールにもなったか。

 あまりに上出来な戦果ににやりと頬が上がる。

「それじゃあ、そういうわけだから。んじゃ行こうかマルカ」

「え? 自分は行けないっすよ。呼び出されたの師匠だけっすよね」

 ん? と言われて思い返せば、確かに呼び出されたのは僕だけ。

「学長ってあのエルフさんっすよね? 自分が行くのは不味いっすよ」

「あー、エルフはハーフエルフを忌み子として嫌うからな……」

 というわけで、マルカについては連れて行かない方がいいだろう。

「自分、ちゃんとここで待ってるから行ってくるといいっすよ!」

「そ、そう?」

 なんだろう。マルカを一人この場所に置いていくことに非常なまでの不安を覚える。でもとりあえずお偉いさんからの呼び出しなので、迅速に向かう事にした。何かあってもまぁ、秘密が入っていない器からは秘密は漏れない。だから大丈夫だと信じて。

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