プロローグ(3)

「そもそも魔導士というものは王立オラリオ魔導学園を卒業せねばなれない身分。そして、貴様の特級魔導士の称号は、魔導学園を卒業することを前提として陛下から授けられたものであろうが!」

 そう。『魔導士』の称号は、魔導学園を卒業した者のみに送られるものであり、それ以外は魔法使い、魔法士といったように区別される。魔を導く最先端の者達であるからこそ魔導士と呼ばれる資格があるわけで……。

「って、魔導学園卒業前提だったんですか?」

「当たり前だ! このたわけ!」

 称号を頂いた当時は僅かに九歳だったので、この王冠被った髭のおっちゃん偉そうだなくらいにしか思っていなかったが、そういえば陛下はそんなことを言っていたような気がする。

「まぁ当時九歳の僕が覚えてるわけないでしょ、成人の半分の歳の子供ですよ? それにあれから色々あったんだし」

「うぐ……確かにそうだが……常識というものがあるだろう!」

 そんなもんすっかり忘れて杖作りと魔力を上げる特訓に励んでたんだもん……上がらなかったけどね! MP5のクソザコナメクジだけどね!

「でもさすがに僕が魔導学園に入学するわけにはいかないでしょ。あそこ、入試受ける条件が『MP30以上』ですよ? 僕のMPいくつか覚えてます? 5ですよ?」

「だが、陛下から賜った『特級魔導士』の称号がある以上、おぬしが入学できる学校はオラリオしかないぞ」

 他の学校に行くことは言語道断らしい。なにそれ聞いてない。

「……では、称号を返上します?」

「このド阿呆! 陛下から直々に授けられた称号を返上するとは何事か! そもそもなんと言って返上する気だ!?」

 バンッ! と執務机を叩くおじい様。確かに返上するには正式な理由が必要で、正直に言ってしまえば僕の嘘がバレる。「陛下を謀っただと、縛り首だ!」なんて事もあり得るわけで……うん、できないね。

「儂が当主の代行を認められているのは、貴様が成人するまでだ。貴様が家督を継げず成人してしまえば……家督が宙に浮く。もしそこで貴様に卒業の見込みもないとなれば、このオクトヴァル家は国に接収されることになるだろう」

「ええと、つまり……」


 オラリオ魔導学園に入学するにはMPが足りない。でも特級魔導士である僕が入学を許されるのはオラリオ魔導学園しかない。称号の返上はできない。学園を卒業できなければ当主にはなれない。次期当主には僕が指名されており、僕が当主になれなければオクトヴァル家は消滅。


「わぁ、オクトヴァル家滅亡までのロードマップ。最悪なコンボが成立してますね……」

「……抜け穴がない事も、ないぞ」

「! なぁんだまったくおじい様ったら人が悪い! さすが宮廷魔導士筆頭ですね! で、その抜け穴ってのは?」

 ダストンの目つきが厳めしくなる。

「次期当主の指名は、古来よりたった一つだけ例外があってな。『指名された者が死亡した場合、無効となる』のだ。……タクト。貴様、死ぬか?」

 ギロリ、と僕を見る目には殺気が籠っていた。

「ひぇっ! なしなし! やっぱなしでお願いします!」

 僕がぶんぶんと手を振って拒否すると、おじい様は「だろうな」と緊張を解いた。

「儂も可愛い孫を手にかけたくはない。二度と会えなくなるのは寂しいからのう」

「だったら殺さないでくださいよ!? 可愛い孫を!」

「……だがお前の従妹アングルも儂の可愛い孫だからな。孫の誰かに伝統あるオクトヴァル家を継いでもらいたいのは当然……最近の杖作りにばかり傾倒している貴様を見ていると『一人くらいなら孫を消しても良いのでは?』って気分になってきてな……?」

「やめてくださいよ!?」

「冗談じゃよ、冗談……な、可愛い孫Aよ」

 ……殺る。このジジイは必要とあれば間違いなく殺ってくる。僕はそう確信した。

「故に、貴様にはいかなる手段を用いてでも魔導学園を卒業してもらう。いいな?」

「は、ははぁ! かしこまりました!」

 慈悲深い祖父に感謝し、軽く頭を下げておく。僕に逆らえるだけの実力はないのだ。


 しかし。そこでオクトヴァル家滅亡のロードマップ、第一ステップに立ち返る。

「……で、でもおじい様? 僕の最大MPが5なのは変えられない事実ですよ? これをどうする気ですか。入試がそもそも受けられません」

 そう。僕は入学資格を満たしていない。入学試験が受けられないのにどうして学園に行くことができようか。三年間通う以前の問題だ。

「……そこは、オラリオの学長が儂の知り合いだからなんとかした」

「わ、手配済みだったんですね。さすがおじい様──って、裏口入学! 宮廷魔導士筆頭がそんな堂々と悪事を働いていいんですか!?」

「人聞きの悪いことを言うな。タクト、おぬしは特別入学枠だ。前例はないが、それは今までおぬしのように魔導学園入学前に魔導士になっている人物が居なかったためよ。今回が初の事例となる故に、ちょっとゴタゴタした。それだけの話だ」

 前例がなくて手続きに乱れがありました……ということらしい。物は言いようである。


「それにこう考えるんじゃ。……貴様の入学が決まったのは六年前。当時はまだMPによる条件はなかった。そして『その当時既に合格していた』ので、貴様の最大MPが5だろうが問題ない──という理屈じゃ。今年入学試験を受けなかったのは、既に入学が決まっていたのだから当然じゃな。対外的には説明が面倒だから試験は受けたことにしたとなっているだけじゃよ」

「理屈とか言ってる時点でアウトでは?」

「まぁ此度の件はこちらにもがあった。その詫びにを弾む事になったが……何、オクトヴァル家は魔導士の血筋。魔導士育成のためにオラリオに寄付するのは当然の事だし、家の財産からすれば微々たる額よ」

「うわぁ。おじい様さぁ……」

 結局、試験を受けていなかった事もMPが足りないのもまるっとお金で解決したということである。……結局裏口じゃねぇか! とは思ったが、これ以上はもう口に出さないことにした。なにせ僕の楽隠居という野望の為には必要な事なのだから……おじい様が僕のために手を尽くしてくれた、これも家族の愛だと受け止めておこう、そうしよう。悪事に手を染めても大事な祖父さ。

「……ちなみに学長さんは僕がMP5しかないの知ってるんですか? 裏口ついでに諸々協力してくれるとありがたいんですが」

「儂はあやつを信用しておらん、とだけ言っておく」

 つまり『とにかく隠しとけ、学長の協力は期待するな』って事ですね分かります。とりあえずは学長も知らないという前提で動いておこう。なにせ裏口入学を認めちゃうような悪人なわけだし。

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