ハリボテ魔導士と強くて可愛すぎる弟子【増量試し読み】
鬼影スパナ/MF文庫J編集部
プロローグ(1)
「……早期引退して安全な町中で趣味に没頭したい人生だった……」
「何言ってるんすか師匠?」
ハーフエルフのメイド兼弟子、マルカ。彼女に引っ張り出されて、僕、タクト・オクトヴァルは、町から少し離れた岩山にピクニックに来ていた……そして、偶然遭遇したはぐれサイクロプスから隠れてそう言った。幸いサイクロプスはこちらを見失ったようだが、僕らが隠れているのは奥まった岩陰。逃げ道がない。このままサイクロプスが去ってくれればいいのだが、奴はなぜか僕達を熱心に探している。
「なんでこんなところにサイクロプスがいるんだよ。いくらウチの領が辺境だからって、だいぶ町に近いぞここ」
「そっすね駆除しないと。でも『天才魔導士』の師匠なら魔法で一発じゃないっすか」
「……そうだね」
僕はそう答えた。そう答えざるを得なかった。逃げ出したくなるのをぐっとこらえて、杖ホルダーから自作の黒い
「ひゅう! 師匠の魔法で一つ目のデカブツごときイチコロっすよ!」
「しぃ、声がデカいッ……マルカもやるんだよ? 杖使っていいからさ」
「えぇー、師匠だけで十分じゃないっすか?」
そんなわけはない。僕の得意な幻影魔法は、文字通り幻影を出すだけの魔法。魔法使いの子供が練習に使うレベルの魔法で攻撃力なんて皆無。当然サイクロプスなんて騎士数人で戦うべき強敵はもちろん、ゴブリン一匹ですら倒せない。
「不意打ちで確実に倒したいし、これも修業だから……ね? 僕に合わせてファイアボールを撃ってくれ。マルカは無詠唱ができないから、ちゃんと詠唱するんだよ?」
「了解っす。出でよ火の玉、敵を焼け──」
そう言って、マルカも白い
「それじゃあ三、二、一……ゼロ!──って言ったら、撃ってくれよ?」
「ファイアボール!……って、えええ!? ってうわっちゃあ!」
ボゥン!! と、太陽を思わせる直径十メートルほどの炎の玉がマルカの前方に現れた。明らかに普通のファイアボールではないそれはまったく飛ばず、しかし出現と同時にサイクロプスを巻き込んで燃やし尽くす。炎の玉が消えるまでの数秒、熱波が至近距離にいた僕らを炙る。この程度なら蒸し風呂のようなものでダメージにはならない。
よかった、僕の想定通りである。マルカの杖も巻き込まれたが想定内だ。予備ならたっぷり作ってある。地面のクレーターも岩山だし問題ないだろう。
「あああー!!」
「あー、先走っちゃったね。でもよくやったマルカ。これで領地の平和は守られた」
よしよし、とマルカの頭を撫でる僕。マルカなら、膨大過ぎる魔力をその身に宿すマルカならやってくれると信じてた。
「せっかく師匠のレアな攻撃魔法が見れると思って誘い出したのにぃ!!」
「おおっと、問い詰めないといけない事実が出てきたぞ? サイクロプスがいるって知ってて僕をここまで誘い出したの?」
それは危険な魔物の報告義務を怠った、ということになる。いや、マルカにとっては危険ではないのかもしれないけれど。なにせ魔力が溢れすぎて常時身体強化がかかっている状態になっている程だし。
「あっ、ち、違うっす! 誘い出したのは師匠じゃなくてサイクロプスっす!」
「余計悪いよそれ!? 一歩間違えば魔物誘致罪だよ! 何してんのマルカ!」
「じ、自分は何も知らないっすー!」
今更しらばっくれてももう遅い。僕はマルカを叱りながら、今日もザコバレのピンチを脱することができたことに安堵した。
実は弱っちい僕──タクト・オクトヴァルが、まったくもって相応しくない『天才魔導士』などと呼ばれているその理由は二つ。
ひとつはオクトヴァル伯爵家が歴代の筆頭宮廷魔導士を輩出する由緒正しい魔導士の家系であるから。代々魔法に優れており、まごうことなき魔導士の血筋と言われている。
もうひとつは僕自身が、僅か八歳にして『ステータス魔法』を開発したからだ。個人の身体的情報を定量的な数値にして表示するという、「どうして今までなかったんだ!」と万人に言わしめるほどの画期的なステータス魔法。魔道具にして誰でも使えるようにしたことでこの魔法は瞬く間に国内外に広まった。その功績をもって、僕は九歳の時に国王陛下直々に『特級魔導士』の称号を賜ったのである。
つまり、天才で魔導士。だから『天才魔導士』。そのまんまだ。ただし、僕には致命的な欠点が一つだけある。
「……ステータスオープン」
僕がそう唱えると、魔道具を介さず幻影魔法が発動し、ステータスウィンドウが空中に浮かび上がった。そこには僕の現在のステータスが表示されているわけだが……
――――――――――――
タクト・オクトヴァル
HP 25/25
MP 4/5
STR 18/18
VIT 16/16
AGI 18/18
INT 250/250
DEX 150/150
MND 155/203
――――――――――――
このステータスは、様々な能力が総合的に数値化されている。
「何度見ても、たったの5か……」
つまり僕のMPは、本来魔導士に必要な二十分の一でしかないという事だ。クソザコナメクジなMP5。その代わりと言っては何だが下三つ、INTやDEX、MNDといった文官向けパラメータが非常に高い。これでMPさえあれば完璧な魔導士である。MPさえあれば。
事故で亡くなった両親は、どちらもMP500ある立派な魔導士だったのに……もしかして僕は拾われてきた子なのでは? と思ったこともあったけど、自身の珍しい黒髪が由緒正しいオクトヴァル伯爵家の直系であることを如実に表していた。
「他ならともかくオクトヴァル家の跡取りとしては致命的だ」
オクトヴァル伯爵家はリカーロゼ王国の魔導四家のひとつに数えられ、国東の守護を任されているエリート戦闘系魔導士だ。
その当主がMP5で良いはずがない。というか魔物討伐に駆り出されたら死ぬ。間違いなく死ぬ。たとえ切り札的に扱われても、いざ切り札が必要になったとき、ハリボテの役立たずでしたとか皆を巻き込んで死ぬ。僕はまだ死にたくないし、巻き込んで人を死なせるのもゴメンだ。
だから祖父に跡取りの辞退を申し込んだこともあるのだが──
我がリカーロゼ王国の法律では、『当主が宣言した内容は、当主以外に撤回はできない』と定められている。これは当主の権限を強め、不当な簒奪を牽制するための法律だ。たとえ幽閉・暗殺して当主が不在となっても、当主が事前に跡取りを宣言しておけばその者を次の当主にするしかない。
そして亡き父、レクト・オクトヴァルは、まさに当主として僕が跡取りであると宣言していた。それも、僕が『特級魔導士』の称号を授与された王城でのパーティーにて、よりにもよって国王を証人として。
この宣言は、本当の事故死でも覆せない融通の利かない代物であり、前当主にして当主代行、現役の宮廷魔導士筆頭でもある祖父ダストン・オクトヴァルでも覆すことは無理だった。それこそ、オクトヴァル家が潰れない限りは。
──要するに……穏便に済ませるには、僕が一度当主になり、その後すぐ別の者を当主に任命して引退する必要があるわけだ。
ならすぐ当主になればいい、と思いつくだろう。だが貴族の当主になるには、国で定められた教育機関を卒業しなければならない。これは下手な者を貴族家の当主にしないための措置である。
でもまぁここで必要なのは時間だけ。
今年十五歳となり国指定の学校に入学できるようになった僕は、指定教育機関で一番卒業が簡単と評判のジーラン校に願書を出し合格通知をゲットした。願書を出すだけで入学できるんだからチョロい。しかもここは引き籠りな僕にもってこいの通信制という最高のシステムを導入している。
で、卒業して当主になったら一歳年下の従妹アングル・オクトヴァルを次期当主に指名し、つなぎの当主を一年だけやって即引退だ。既に長い事当主不在が続いているわけだし、僕が一年間テキトーに当主をしても問題なく回るはず。
そうすれば、悠々自適な楽隠居生活!
なんてすばらしい人生設計。この早期楽隠居生活のために、僕は僕がMP5のクソザコナメクジであるという秘密を守り通す、とおじい様に誓っているよ。
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