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それからも、絢也じゅんやは仕事に追われる日々だった。気づけば、同居人の噂も七菜ななとの恋愛報道も時の彼方。精力的に仕事をこなす彼の一挙一動に、世間は相変わらず胸を踊らせている。


「…三崎みさきさん、本当にこの仕事も受けるんですか?」

「え、もしかしてスケジュール被りそう?」

「被りはしませんが、あなたの休みが減りますよ、たまには息抜きも必要です」


移動中の車の中、マネージャーの結依ゆいが困った様子で言う。

確かに結依は、精力的に仕事を入れるつもりではあったが、結依が思う以上に絢也は仕事をしようとしてくれている。

仕事を取ってくるのがマネージャーの仕事だが、タレントの体調管理をするのも仕事の内だ。

仕事をしたいという気持ちは嬉しいが、本人が潰れてしまったら、元も子もない。

その結依の気持ちは絢也にも伝わっているが、それでも絢也は大丈夫だと笑う。


「俺も、ステップアップしたいんです」

「俺も?」

「はい、あおいさんとまた会った時、格好悪い姿は見せられないっていうか。だから、大丈夫。お願いします!」

「…分かりました。でも、ちょっとでも体調に異変が起きた時は、すぐに休ませますからね」

「はい!」


返事をして、絢也はふと窓の外に目をやった。葵も頑張ってる、そう思うだけで心が軽くなる、自分も頑張ろうと思えてくる。

それに、葵と再会した時、胸を張って会える自分でいたい。

絢也は気合いを入れ直し、手元の台本に目を落とした。





絢也への恋心を募らせていた七菜も、あれから絢也への直接的なアプローチはなくなっていた。

アイドルの枠を飛び越え、今は朝の連続ドラマのヒロインとして、国民的な支持を得ようとしている。仕事で絢也を惚れさせると決めたらしい。


「精力的にお芝居のお仕事されてますが、尊敬する役者さんはいますか?」


新しい化粧品の発表会見にて、イメージキャラクターに選ばれていた七菜は、マスコミの前で取材を受けていた。記者からの質問に、七菜はにっこりと、とびきりの笑顔だ。


「そうですね、三崎絢也さん、ですかね。彼の人を惹き付けるお芝居には、いつもはっとさせられますし…“個人的”にも、色々とお世話になってますから」


ふふ、と微笑めば、マスコミが一斉に詰め寄った。「三崎さんとの交際は続いていたんですか」と飛び交う声に、七菜は戸惑う事なく笑顔で交わし、内心では舌を出し悪戯に微笑んでいた。

七菜は絢也をまだ諦めておらず、隙あらば絢也の心を盗む気満々なのだろう。ただでは起きないこの性格は、将来大物を予感させる。




絢也の仲間達、バンドひまわりの活動も好調のようだ。葵の絵がジャケットとなった新曲は、若者達の興味を引き、再び音楽出版社の目に留まりつつある。その流れを読み、結依も事務所に後押ししているらしい。






一葉かずはと葵だが、二人は三年振りに会う事となった。


指定されたのは、高台にある、海が望めるリゾートホテル。白を基調とした内装は、南の島に来たかのような気分を味わえ、ロビーからも海岸線が見えた。

ここは、ミヨシリゾートグループが手掛けたホテルで、オープンに向けて準備を進めている所だという。


葵は煌めく海を眺めながら、青いソファーに腰かけ一葉を待っていた。ここはロビーの待合室で、他にスタッフもおらず、先程まで、勇次が相手をしてくれていた。

目の前のテーブルには、その時に勇次が煎れてくれた珈琲がある。葵はそれにひとくち口をつけたが、心はそわそわと落ちつかず、座り心地の良い筈のソファーも、なんだか座った気になれなかった。


一葉に会うのは、まだ怖い。だけど、ここを乗り越えないと、未来には進めない。


葵はふと思い立ち、鞄の中から、キャロットという名のウサギのマスコットを取り出した。手のひらサイズのそれは、絢也と初めてデートした時、絢也が色違いで買ってくれたものだ。

絢也の家を出た日、葵は絢也への想いを絶つ為、キャロットを絢也の家に置いてきたが、水族館で想いを伝え合った夜に、やっぱりキャロットを連れて行きたいと、絢也にお願いしていた。


三十路間際の男が、可愛いウサギのマスコットを手にしている姿は、傍目からはどう見えるだろう。

だけど葵には、人からどう見られようとも、このキャロットが何よりも大切で、支えだった。


キャロットの頭を指先で撫でると、気持ちが幾分落ち着いた。絢也との思い出が、葵に力をくれる。逃げ出したくなる気持ちを押し止め、大丈夫と寄り添ってくれるみたいに。



「遅くなってすまない」


ほっと息を吐いた所で声がして、葵はびくりと肩を揺らし顔を上げた。


そこに、一葉が居た。


一葉は葵と目が合うと、思わずといった様子で葵を見つめたまま足を止めた。

だが、葵の表情が戸惑いに揺れると、一葉はすぐに視線を下げ、向かい側のソファーに向かった。


「…久しぶりだな」

「ひ、久しぶり…」


一葉が声を掛けると、葵も視線を下げつつ、どうにか言葉を返した。すると、ふ、と笑う気配がして、葵はおずおずと一葉を見上げた。


「…すまない、そう怯えるなと言いたいが、それは無理だよな」


いつもは怖いくらいのキリッとした顔が、そっと柔らかくなる。覚えのある表情に、葵の胸が僅かに苦しくなった。


「あの時、何も出来なかった。俺は離れる事が一番だと思ったが、せめて気持ちを伝えるべきだった。何も言わず、お前を突き放すような形になり、傷つけた。申し訳なかった」


一葉はそう、頭を下げた。



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