高重力探査行(2)
オロニトル星系第一惑星と相対静止の公転軌道を維持している小型艇イグレド。一夜明けてから本格的な調査をはじめた。まずは地表の光学監視を行っている。
「ご覧のとおり、当該惑星の大気層はあまり厚くないわ」
「みたいだね。可住惑星だったらもう電離層くらいの高度だもん」
フロドが周囲のイオン濃度を確認しつつ応じる。
主に探査を行うのは彼女デラと相方のメギソンだが、母船クルーのサポートは不可欠。説明は勉強会を兼ねている。
「大気はほぼ二酸化炭素。それ以外は微量」
投影パネルに成分表を出す。
「でも、惑星の平均比重が13g/cm3と極めて高い影響で、かなり高圧で強風も吹いてる。フィットスキンでも地表にいられないくらい」
「常識外れの比重なんな」
「それがこの惑星の特異性よ」
比重とは単位体積あたりの重さのこと。水が1立方センチで1g。可住惑星の土や石であれば2〜3g。一般的な金属であれば7〜9gくらいのものが多い。安定導電性金属と呼ばれる
「この特異性は成り立ちからきてるとされてるわ」
普通の生成理論では説明できない。
「第一惑星は元々
「なにが起こるとそうなっちゃうんだろ」
「それも探査を進めれば究明できるかも。でも、今のところは仮定でしかないわ。現状は説明したように重金属惑星と化してしまってる」
惑星の成り立ちはメギソンの専門で、デラが興味を持っているのは惑星の組成のほう。異常な比重を調査の対象としている。
「おそらく以前の直径は今の数百倍はあったんじゃないかと思われるの」
パネルにモデルを表示させて説明をつづける。
「それが今の公転軌道に変位して、まず高層にあったと思われるアンモニアの雲や強風に煽られて舞っていた有機物とかがオロニトルの恒星風で吹きとばされた。下層にあった水素やヘリウムガスも散逸してしまう」
「丸裸になっちゃうね」
「若干重い二酸化炭素だけが名残みたいに確認できるわ」
とてつもなく分厚かった大気層が取り払われて本体が露わになる。
「大気の大部分が失われて気圧の下がった地表からは有機化合物とか軽い鉱物類も吹き払われて散逸していったの。直径はさらに縮小していったと予想されてる」
「なんか磨きをかけられて純化していってるみたい」
「言い得て妙よ。重金属だけが取り残された惑星になってしまった」
サイズは当初の数百分の一になってしまった第一惑星。しかして、その質量までも数百分の一になったわけではなかった。
「それだと地表はカチカチの金属?」
少年の発想が子供的で安心する。
「違うわ。こんな低軌道を公転してるから主星側の昼の面の気温は900〜1000℃くらい。夜の面は冷えやすいけど二酸化炭素の温室効果で200℃切るほどにしか下がらない。それでもこの温度差は風化の原因になるでしょ?」
「え? 水も酸素も無いのに?」
「単一金属でできているのではないの。多種多様な重金属が混じりあっていて、それぞれに膨張率が違う。そうなるとなにが起こるか。割れて砂状になっていくの」
それを風化と表現したのだ。
短い周期で膨張と収縮をくり返す金属。種類ごとに境目で割れ、徐々に小さな粒へと変化していく。表面付近で顕著に現れる現象は、当該惑星を砂状金属に覆われた状態にした。
「模様みたいに見えているのはその所為なんだ」
フロドは実際の地表を見て評する。
「そ、あれは風紋。地表は金属砂漠になってるわ」
「人間にはとても耐えられる環境じゃないんな」
「そうよ、ノルデちゃん。特殊な探査用装備でないと無理だとされてた。でも、単独で降下や離脱ができるアームドスキンという存在が直接探査を可能にしてくれたわ」
サイズは違えど人型をして作業のできる機体。
「でも、変なー。人は降りられなくても機械なら可能なんな。どうしてそうしなかったんなー?」
「だよね。夜の面でも気温高いけど耐熱限界超えるほどじゃない。赤外線放射見ても、それほど地熱も高くない。地核でも溶解してないくらいじゃないかな。金属砂漠でも駆動できる特殊タイヤなんていくらでもあると思うんだけど」
「探査機なら何度も降ろしたのよ。それがことごとく失敗してて」
直接探査にこだわる理由はない。要はサンプル回収だけでもできればよかった。しかし、ままならないので直接探査に踏みきったのだ。
「失敗?」
「かなり高確率で」
彼女だけでなく先人たちも悔しい思いをしてきている。
「大学が護衛を付けろって言ってきたのは、たぶん事故が起こるのを怖れてるから。人的損失を嫌うのよ」
「普通だと思うよ」
「私だって研究のためなら死も厭わないとまで言わないわ。でも、多少の危険はつきものでしょ」
未探査惑星のフィールドワークで危険を避けていては調査など進まない。ある程度は覚悟をして臨んでいる。
「どんな失敗なんな?」
美少女が訊いてくる。
「砂漠に飲まれるのよ」
「そこまで風強いんな」
「どうも違うみたい。見てもらったほうが早いわね」
事故時の探査機映像を再生させる。遠隔操作で順調にサンプル採取をしていた探査機がある瞬間砂状金属に埋もれてそのまま映像が途切れる。それ以上のデータがデラの手元にはない。原因究明もままならないのだ。
「なるほどなー」
「高価な探査機や離脱用周辺機器が一瞬にして失われる。予算が掛かりすぎて調査が放棄されてた状態だったの」
金属砂漠に埋もれた探査機は電波による遠隔操作が難しくなる。どうにかリカバリを試みるも上手くはいかない。探査機が離脱用耐熱ステーションに戻れなければ、昼の面にまわってしまって耐熱限界を超えて動作不能になってしまうのだった。
「トラブルの原因も解らないまま数度の試行をして失敗。予算打ち切りの憂き目にあってきた惑星なの」
デラにとっては念願の機会だけに失敗したくない。
「そこまでこだわる必要あるの?」
「ただの徒労だと思う、フロドくん?」
「うん。だって成り立ちの想定までできているんなら組成だっておおよその予想ができてる気がして。金とか白金みたいな安定導電性金属だって流通量は十分でしょ。装飾品にも使えるっても、そんな高価な代物じゃないし」
少年の想像は大きく外れていない。
「ええ、ある程度はね。私が求めてるのは希少重金属を採取しての一攫千金でもない。未知よ。こんな特殊な環境下で起きた奇跡的ともいえる未知の合金。それが発見されたらどんなに素晴らしいことか」
「やっぱりデラさんも学者さんなんだね」
「そ、知識の神様に魅入られた命知らずのお馬鹿さんね」
そうでなければ時間を取られるアームドスキンの操縦などにかまけてなくて儲かる研究に走る。そうではないから危険も顧みずに未知へと挑んでいくのだ。
「メギソンさんも?」
「僕ちゃんは俗物だよ。ちょっと知識欲が強いだけのねぇ」
空とぼけている。
「嘘おっしゃい。こんなミッションに二つ返事で参加を承諾してきた時点であなたも同類のはず」
「いやいや、デラ女史に格好良いとこ見せたかっただけだから」
「なら張り切ってちょうだいね。男を見せてくれたら私の心だって動くかもしれないかしら」
(言い訳して。男って面倒な生き物よね)
理由付けをしたがる。
(こっちの男はなにを考えているのか未だにわかんないんだけど)
デラは黙って話を聞いていただけの青年を不思議そうに見た。
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