52 優しさが心を傷つける時もある

 ……最後の話をするために連れてこられたのは審判の間だった。


 フェンリスの死亡エンドを覆すべく、俺とノエルが欺瞞ぎまんだらけの宣戦布告をした場所。


 しかし、グルドもリーヴァも上層階の席ではなく、俺たちと同じ下層階にいた。


「さて、ここに来た意味。貴様らに分かるか?」

「……お説教ですか?」


 まだ相手側の思惑が分からず、無難な返答を慎重に口にした。 


「説教もいいが、貴様らには効き目がないだろう」


 グルドはふっと笑った。


 ソレイユグラスは全員外しているので、強面の笑みをしっかりと確認できた。まだ望みはあるように思える。


「貴様はこの神聖なる場所で我々に、我が国に対し、誓約を立てた。そして今しがたの結果と、これまでの功績をかんがみて一つの結論に至った」


 処刑、罰金、極刑、借金生活――などなどの漢字が脳裏に浮かんでは消えていく。


 そうだ。この世界だと漢字はユエルナ語として扱われている。


 いや、今は現実逃避で〈ステリネ〉の設定について思い返している場合じゃない。


「誓約の一時凍結を解除し、貴様らが我が国に仇なす存在かどうか引き続き見極める必要があるとな」


 ……これまた俺が思っている結論と少し違う流れだ。


「フェンリス・バシレウス第二部隊隊長」

「はい!」


 フェンリスが名前を呼ばれ、あの日と同じように敬礼する。


「そなたには今後もロア・アルクスとノエル・アーデルバウトに付き従い、監視する任務を与える。その目で、その耳で、その心で、彼らの存在を見極めよ」

「は、はい……?」


 二度目の返事は困惑気味だった。


 フェンリスの獣耳がへなっと前に倒れ、尻尾もだらんと垂れている。瞬きの回数も一気に増えた。


 確かにノエルを召喚する直前、ザキエラが言っていたのは一時凍結だった。

 だから解除するのも自由というわけか。


 ……踊らされていたのは俺の方なのかもしれない。

 けれど、悪い気分じゃない。


 だって、なぜか笑えてくるのだから。


 そして入り口の扉が開け放たれる。

 青と赤、各所に映える白。意匠いしょうがこらされた甲冑が現れた。


 甲冑が載せられた台車を押しているのは、フェンリスが率いる第二部隊の新人五人組。


 横には副隊長である天使のザキエラ、他にも第二部隊の連中がゾロゾロと入ってきてフェンリスを取り囲んだ。


「フェンリス隊長の門出を祝してあたしたちからのプレゼントです!」

「ちょ、ベガリナ! なに自分が一番頑張りましたって顔してんの! デザインはあーしがメインで考えたんだからね! 塗装だてあーしが一番上手だったし!」

「あれえ? でもお……ウルネさん。塗装の時に失敗してたようなあ……?」

「駄目ですよ、クララさん。こういう時くらいは花を持たせてあげませんと。一生誰にも感謝されない人生を送らせてはいけませんよ」

「はあ!? ティリファにだけは言われたくないし!」

「えっと。とにかくです。これは第二部隊全員からフェンリス隊長への贈り物です」


 最後に、新人五人組唯一の男子であるアルケイディス……がまとめた。


 お前、いつからグルグルミイラ男になったんだ。戦いの途中で別れたあと、なにがあったんだ。


「隊長の一生分の給与でも購入できない一品です。修復機能完備なので粗雑な隊長でも損壊、手入れの心配はいりません。

 隊長の面倒を見て、六年ほどですか。私が補佐してきた歴代の中でも一番面倒で手のかかる隊長でしたが……悪くありませんでしたよ」


 ザキエラはメガネをクイッとあげ、小言と感謝を混ぜて言った。


 その後も第二部隊の面々が思い思いの言葉を口にしていく。


「陽天聖騎士団第二部隊心得!」


 最後の絞めに、ザキエラの一喝で全員が一糸乱れぬ動きで整列した。


「努力! 根性! 底力! 気合! やればできる! なせばなる! 頑張ればだいたいどうにかなる!

 我ら聖銀なるミスリルの輝きになれぬ鉄くずなれど! 一つとなって叩き上げれば折れない熱き鋼となる! 我ら不撓不屈ふとうふくつの陽天聖騎士団第二部隊!」


 審判の間の高い天井を仰ぎ見る。


 ……本来なら感動のシーンなんだろうが、俺も気まずさを感じている。 

 あ、とフェンリスが声を発した。


「あ?」


 ザキエラをのぞく第二部隊の全員が声を揃えて聞き返した。


 ただ身体を震わせるだけだった尊敬し、親愛なる隊長の発した言葉。


 第二部隊の面々は万感の思いが込められた「ありがとう!」の言葉を想像しただろう。


 グルドやリーヴァにウォーデンも同じ気持ちを抱き、静かに見守っている。


 まあまあ、とノエルも手を合わせて嬉しそうに頷き、瞳を輝かせている。


 しかし、俺だけは全く別の言葉が予想できた。


「あたしの純情を返せえええええええェェェェェェッー! バカアアアアアアアアアアアッー!」


 万感の思いが審判の間に響き渡る。


 フェンリスは素晴らしい跳躍をみせて上層階に飛び移ると、そのまま扉を開けて逃走してしまった。


 そっと頬に触れる。

 ……ここでようやくその言葉が出るのは先輩らしいな。


 俺以外の全員がポカンと逃走の一部始終を見届けていた。


「え!? フェンリス隊長!? そんなに嬉しかったんですか!? でもどうして純情にバカ!? フェンリス隊長ー!?」


 俺が追いかけると追い打ちになるので、ここはじっと我慢して第二部隊の連中に任せよう。


 ◆


 陽天聖騎士団本部から宮殿を股にかけたフェンリスの逃走劇は数十分も行われた。


 フェンリス対第二部隊の攻防戦は白熱し、おかげで大騒動と化してしまった。


 フェンリスが新人五人組に連行……いや、寄りわれて戻ってくる。


 だがしかし、先ほどの仕事モードから打って変わって満身創痍まんしんそういだ。精神的な意味で。


 俺の方を一切見なくなってしまった。そもそも顔を真っ赤にし、覆い隠しているわけだが。


「フェンリス隊長……その、なんだ。なにがあったかは聞くつもりはないがな。話の続きをしていいか?」


 グルドでさえ、フェンリスの奇行に困惑している。


 フェンリスはようやく顔から手をどかし、頷く。


「はい。お見苦しいところをお目にかけて申し訳ありません。もう問題ありません。しかし、グルド様。今私が陽天聖騎士団を離れるわけには……」

「そなた一人が抜けたくらいで栄光ある陽天聖騎士団は揺るがぬ……とはこれまでの体たらくでは言えぬな。だが」


 グルドの視線の先にいたウォーデンが長い髭を撫でる。


「そ、そうじゃ。フェンリスのおかげで入団希望者がぎょうさんおるからのう。質で駄目なら量というわけじゃ。

 儂がビシビシと鍛えてやるから安心せい。まあ、もしかすると一人くらいはお主を越える逸材いつざいがおるかもしれんのう」

「じっちゃん……」

「これこれ。今はウォーデン団長代理と呼んでもらわなきゃ示しがつかんじゃろ」

「あ、そうだった。……ほどほどに頑張ってください、ウォーデン団長代理」

「うむ。任せておくがよい」


 ウォーデンが楽しげに笑って答えた。

 ただしかし、フェンリスはまだ心ここにあらずといった感じだ。


「そういうことだ。我らのことは案ずるな。そもそも貴様以外に適任がいるのか? 既に貴様はロア・アルクスの力に縛られているのだぞ」

「……あ。すっかり忘れてました」


 結局、話す機会がなかったが、フェンリスの方もやはり失念していた。


「まあ、それはよい。少し落ち着いて、呼吸を整えるといい。その間にロア・アルクスよ。貴様の方にも話の続きがある」


 グルドが俺の方を向いた。


「実はアレスに〈光の純極星骸樹脂マスター・ステラ・クリスタ〉を一つ盗まれていたことが判明した」


 さらっと物騒なことを口にした。

 アレスならいくらでも持ち出す機会はあったし、予想はできていたので驚きはない。


 俺が〈ステラ・テラリウム〉を完成させて、世界を修復させるのが先か。

〈無望の楽園〉が虚神を復活させるのが先か。


 ……フードマンのことを考えれば、〈無望の楽園〉の方が楽に成し遂げられそうだな。

 今はとりあえずグルドの話を聞こう。


「よって我らの失態の詫びとして、二つ目の〈光の純極星骸樹脂〉も無償で譲ろう」


 どうやら俺は晴れて無罪放免、借金生活はなくなった。

 これで現状の懸念がなくなったな。


「代わりに一つ提案がある。誓約の内容を少し変えさせてもらいたい。貴様らの本来の在り方を世界に示した上で、我が国に仇なす存在ではないと証明して見せるとな」


 それではなんの縛りも制限もない名目上の誓約だ。


 ただソレイユ教導神聖国の代表としてフェンリスをつけるだけ。


 アレスはグルドたちを臆病ものだと言っていたが、なんだかんだ俺やノエルを他国に渡す気がないのかもしれない。


 ……まあ、それだけじゃないのも分かるけどな。


「ノエル、問題ないか?」

「はい、マスター。なに一つ問題ありませんわ。マスターが世界に仇なす敵であるはずがありませんわ。マスターは私たちの英雄で主人公なのですから!」


 ノエルの全幅ぜんぷくの信頼に応え、頷く。


「分かったよ。それでいい。俺たちが好き勝手に行動した上で証明してやるよ。俺たちが世界に仇なす敵じゃないってな」

「確かに聞き届けた。ロア・アルクス、ノエル・アーデルバウト。これからも貴様らの旅路を見ているぞ。さて、あとはフェンリス隊長と話を詰めるといい」


 グルドが身を引き、フェンリスが矢面に立たされる。


 俺たちが話を終えてもまだフェンリスは感情を整理できていなかった。


 うつむき、思い悩んでいる。

 だから、俺たちの方から近づいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る