45 夜明け
大地を走り、天空を駆け、今や
バロール同様に〈ステリネ〉ではアレスが真なる神の姿を取り戻すことはない。
そもそも二百メートルに迫る巨躯を相手にするのなら、特殊ギミックでもなければやってられない。
そんな相手を今から自力で討伐する。
アレスの手に巨大な槍が召喚される。
「〈エインヘリアル・スレイブ・ティタノマキアー〉!」
アレスが所有する全ての武器が開放され、槍を囲うように回転し始める。
「さあ、征くぞ! ロア・アルクス! 小さき者たちよ!」
巨躯はそれ自体が武器として機能し、眼前の敵を蹴散らせる威力だ。
「マスター! 一回離れますわよ!」
当然、ノエルが回避行動をとるが、
「どこへ行こうとも無駄だぞ!」
アレスが一歩踏み出すだけで距離を詰められてしまう。
アヴァロンの飛行で稼げる距離とアレスの一歩はほぼ同等だった。
つかず離れずの距離感だ。
「〈ソレイユ・レイ・フルバースト〉!」
加えてアレスの身体の至るところから砲門が展開され、ビームが乱雑に放たれる。
時には数多の英雄たる武器をまとった槍がすぐ横をかすめていく。
もはやアレスは難攻不落の移動要塞と化している。
「〈ミニドラクラスターボム〉!」
「〈
「〈フローズヴィトニル・レギオン〉!」
いくら迎撃しても処理がおいつかない。漏れた攻撃をランスと盾で防ぎつつ、空いた隙間を縫うギリギリの飛行が続く。
なかなか攻撃に転じれない。
バロールを小物呼ばわりするだけある。大きさも力も桁違いだ。長期戦は明らかにこちらが不利と見ていい。
大地で軽やかに動いて機会をうかがっているリーヴァに声をかける。
「なあ、リーヴァ様! 百年前のアレスは〈ソレイユ・レイ〉にやられたんだよな!?」
「ええ。アレスはソレイユ様の〈ソレイユ・レイ〉に挑み、あと一歩まで迫りましたが届きませんでした。
ただこのような機械仕掛けではなく、ソレイユ様の力も備わっていませんでしたから。別物と考えるべきでしょう」
「復活してパワーアップした奴ってのは、意外にあっさりやられてくれるものなんだが」
進撃を続けるアレスにその兆しはない。
「どうした、ロア・アルクス! 貴様の力はこんなものか!? オレを失望させてくれるな! 〈ティタノマキアー・リベレイション〉!」
槍の周囲を回っていた武器たちから次々とアーツが紡がれていく。
「〈クロウ・クルワッハ・ザンバー〉!」
「〈
桜色のビームと三日月の斬撃で英雄たちのアーツを消し飛ばすも、やはりアレスには届かない。
切り札の〈ステラ・ラストレコード〉である〈バハムート・ディザスターノヴァ〉は使えない。
あったとしてもチャージが終わるまで押さえ込まなければならない。
今俺たちが持ちうるアーツや魔法では駄目だ。
相手は本来存在しえなかった神なのだから。
常識に、〈ステリネ〉に囚われるな。
かつての記憶、今の世界で歩み、聞き、見て、経験してきた全てを活かせ。
そうして一つ――面白いことを思いついた。
(マスター……本気ですか?)
(え? マジで言ってる?)
二人に考えを共有するとフェンリスだけでなく、ノエルまで聞き返してきた。
それだけバカらしく無茶な思いつきだったらしいが。
(やっぱりロマンってのは大切だよな)
(分かりましたわ。マスターが追い求めるロマンを叶えるのも相棒の務めですから! アヴァロンもいけるといっておりますわ!)
(しょうがない。先輩が弱気になっちゃ立つ瀬がないし、やってやりますか!)
二人と一機が覚悟を決めたのを受け、リーヴァにもう一度話しかける。
「リーヴァ様! アレスの脚を止められるか!」
「無茶を言ってくれますね。ですが、ソレイユ様の御業をあんな奴に無断で使われるのは我慢なりません。やってやりましょう。今すぐですか?」
「ああ、頼む!」
俺が言うやいなやリーヴァがアレスに向かって駆けだした。
「ほう! ようやくなにか思いついたか! 見せてみろ! タダで受けはせんがな!」
「こっちもタダで見ているわけないだろうが!」
アレスが下方に向けて攻撃するのを全力で防ぐ。
リーヴァがアレスの下に辿り着き、剣を大地に突き刺した。
戦乙女を模した紋章が展開される。
「〈ステラ・ラストレコード〉――〈ブリュンヒルデ・レギンレイヴ〉!」
自身の名が冠されたアーツが発動し、輝ける戦乙女の軍勢が神々に遺された武具を存分に振り上げた。
「さすがソレイユの娘! 腕は衰えていないようだな! だが、その程度でオレの脚は止められんぞ!」
アレスの脚は半壊に留まっている。
「そうでしょうか。馬脚を現すとはこういうことを言うのだと思いましたが」
上空から光の矢が飛来し、半壊した脚に突き刺さった。
瞬間、アレスの脚からおびただしい数の光の剣が炸裂し、暴れ狂った。八本の脚から付け根の胴体までが破壊され、アレスが大地に落下していく。
「〈グラム・ホロスコープ〉か! グルド・ミハエラ! 貴様の腕もなまっていなかったようだな!」
光の矢を放ったのはグラズヘイムにいるであろうグルドだった。
グラズヘイムから超遠距離狙撃を精密にやってのけた。
心なしか割かれた雲がグルドの憤怒の表情のように見える。相当腸が煮えくりかえってたんだろうな。
大地が揺れ、アレスが落ちたことを知らせる。
「ノエル、行くぞ!」
「了解ですわ! 〈神竜の威光〉超連続使用ですわ!」
アレスを拘束すべく、大地と天空に竜の紋章が幾重にも浮かび上がる。
同時に上空を目指し、一気に加速する。
「ここまでは見事だ! だが、この程度でオレが止まると思うのなら、見くびられたものだな!」
「くっ! もの凄いパワーですわ!」
アヴァロンが軋みをあげる。
十秒確実に持たせられる拘束魔法を重ねがけしているにも関わらず、アレスの単純な力ですぐに破られそうになっている。
「え? どうして――」
「先輩?」
上昇する最中、フェンリスが戸惑いの声を発した。
その意味はすぐに理解できた。
「本当に……ありがとう! 〈イアールンヴィズ〉!」
〈グレイプニル・ファング〉が雄叫びを上げる。
「これは!?」
アレスの破損した下腹部から、次々と鎖が飛び出してくる。
アレスの身体を縛り上げ、大地に楔を打ち、再び引きずり下ろした。
おそらくアレスが無意識に〈スレイプニル〉内部にあった〈グレイプニル・ファング〉も再生させていたのだろう。
だが、目をこらせば鎖はひび割れ、今にも砕け散りそうになっている。
主のために最後の使命を必死に果たそうとしているのが分かる。
「彼女の鎖か! しかし、かの鎖もオレの権能の前では……なに?」
アレスが〈エインヘリアル・スレイブ〉を行使したが、鎖の拘束は解かれていない。逆により強く縛り上げていっている。
「なるほど彼女に仕えるに相応しい従順な家臣だ! だが、散るがいい!」
アレスは槍にまとわせていた武器を解放し、鎖に攻撃を仕掛けた。さらに槍を杖代わりにし、強引に立ち上がろうとしている。
それでも、間に合った。
アレスの遙か上空をとることに成功した。
「悪いな、〈スコール〉、〈ハティ〉。無茶に付き合ってくれ」
ランスと盾が宙に浮かび上がる。
「〈
さらに大剣、マシンガン、刀を放り投げ、右腕を横に掲げる。
全てのパーツが分解され、一つとなり、先よりも大きなパイルバンカーが作り上げられた。
「みんな頼んだ!」
アヴァロンから飛び降り、降下する。
「はい、マスター! いきますわよ! 〈超重竜子撃滅砲〉ですわ!」
俺めがけてアヴァロンから桜色のビームが放たれた。
「血迷ったのか……? いや、貴様がそんなことをするはずがない!」
アレスが俺を認識し、嬉々として叫んだ。
「〈フローズヴィトニル・レギオン〉!」
桜色のビームが集束し、パイルバンカーの後部に注がれると落下速度が一気に増した。
パイルにエネルギーが蓄積し、膨れ上がっていく。
アヴァロンが、
今にも限界を超えて、瓦解していまいそうだ。
……女たちに力を借り受ける者同士。
本当にアレスの言うとおりだな。
だからこそ、俺はこの切り札を掴んで離すわけにいかない。
「オレの真似か! 面白い! そんなバカで無茶を見せられて、オレが黙っていられるわけがないだろう!」
アレスがついに拘束を打ち破り、立ち上がった。
「〈ギガントマキアー・リベレイション〉!」
再び槍に集った武器たちが急旋回を始め、穂先に紅蓮の光が伸びていく。
桜色の光に後押しされる中、右腕を機械神馬の脳天に据え、叫ぶ。
「〈
神殺しの力を帯びたパイルが紅蓮の極光に打ち出され、止まった。
「オレが支配する英雄たちの魂を束ね、昇華した極光だ! さすがの貴様もこればかりは打ち破れまい! さあ、どうした! これで終わりか!? ここで人の可能性を見せずにいつ見せる! ロア・アルクス!」
アレスが誇らしげに、楽しげに、願うように俺に求めてくる。
だったら、見飽きてもう見たくないと思わせてやる。
桜色、青色、赤色、黒色――パイルバンカーに様々な光が混ざり、高まり、輝きが爆ぜた。
「炎と氷と光と闇と狼と竜と人となんか色々合わさり最強にみえる!」
紅蓮の極光が弾け飛び、英雄たちの武器が砕け散る。
アレスの脳天を穿ち、内部を貫き通し、大地に降り立つ。
桜色の極光が穿った穴に突き刺さり、アレスの全身が爆散する。
ついに戦禍を司る機械神馬が陥落した。
残骸が平原に飛び散り、光となって消えていく。
「……嘘でしょ」
フェンリスが声を震わせ、驚いた。
「しつこい男は嫌われるぞ」
「知らないのか? 案外未練たらしいのは男の方だと。これはオレ個人の願いだ」
人の姿に戻ったアレスが残骸の中で立っていた。
その姿は透けている。もう永くはないのが誰の目からも見ても明らかだった。
「ロア・アルクス。英雄は自ら英雄を名乗る時点で英雄ではなくなると言われるらしいが、本当だと思うか?」
「小難しい問答か? この期に及んで付き合うと思ってるのか?」
「思ってるさ。貴様はそういう男だ。沈黙し、行動を示すことによってのみ英雄と民から讃えられるが、なら英雄自身の英雄像はどうなる?
他者の英雄像は肯定され、英雄となった本人の英雄像は否定されるのか? なら英雄が他の英雄を認めることは許されないのか?」
アレスが語れば語るほど、姿が薄れていく。
「オレはそうは思わん。英雄とは各々が好き勝手に名乗り、認め合えばいい。そして、彼らの一番の理解者は民ではなく、武具だ。彼らこそ英雄を英雄たらしめる立役者なのだから」
アレスがエクスカリバー――ではなく、俺と同じ聖剣を召喚した。
それの意味することはなんなとく伝わった。
「ただの聖剣でいいのか?」
「言っただろう。英雄が名を轟かせるからこそ、伝説たる武具が生まれるのだ。ならば、これとてオレが使えば伝説の聖剣と化す」
「まあ、分からない話じゃない」
〈カタフラクト・ドラグーン〉を解いて素の姿に戻り、聖剣を召喚する。
他のみんなは空気を読んで黙っていてくれる。
誰もがアレスの終わりを知っているからかもしれない。
「貴様こそ魔剣じゃなくていいのか?」
「考えてみれば、あんたにはまだ誓約の解除を認めてもらってなかったからな。それにいいハンデだろ? 思ったよりも灼けて痛い。だから俺が勝ったら認めるついでに、一つ聞かせろ」
「いいだろう」
お互いに構えをとる。
場が静まりかえり、残骸の一つが爆ぜた。
瞬間剣が交差し、一騎打ちはあっけなく終わった。
「まさか、最期にただの聖剣に……振られるとはな」
アレスの聖剣が真っ二つに折れ、斬られた身体から光の粒子が零れ始めた。
それでもなお立ち続けるアレスに問う。
「一つ聞きたかったんだ。アーサー・ジークレストとして一生を終える選択肢はなかったのか?」
〈ステリネ〉をプレイした時にうっすらと感じていた疑問。聞くことが許されなかった台詞。
アレスがしたことは許されたことじゃないが、数十年アーサーとして遺した功績の多くは誰もが賞賛するものだ。
ゲームの決められた筋書きは変えられないが、この世界では違うはずだと思った。
「ハッ。なにを聞くかと思えば笑わせる。オレがオレを自覚した時点で、その選択肢は存在しない。
貴様も同じだろう、ロア・アルクス――星を輝かせる者。貴様の奥底に眠る根源がなにものかは識らぬが、貴様とて
「……そうだな」
俺が転生者だと見抜いているわけではないだろうが、その言葉は結構……効いた。
「オレは先に星に還っていよう。貴様はせいぜい己が戦を楽しみ、英雄として名を
アレスがエクスカリバーを召喚し、俺に放り投げてきたので受け取った。
鞘に収まった状態でも、灼けてかなり痛い。
「あっつ! 先輩パス!」
「セ、セーフ……! ちょっと! 国宝級の〈
フェンリスが慌ててエクスカリバーをキャッチした。
「やはり面白い奴らだ。
「言われなくても心配ご無用ですわ」
「……そうだったな。いらぬ世話だった」
ノエルに動じることなく言い返され、アレスは苦笑した。
俺が知らないところでなにかあったのか、妙な連帯感がある。
アレスより女たらしなわけがないと文句の一つでも言いたくなるが……、今は黙っていよう。
最期の時が迫り、ソレイユ教導神聖国の代表者してリーヴァが告げる。
「アレス=リギル・ケンタウルスにして……アーサー・ジークレスト。貴方の所業、存在を認めることはできませんが、ただの戦士としてだけは認めましょう。星の中で己が罪と向き合い、悔い改めなさい」
「原初の戦乙女に戦士として認められるとは光栄だ。オレはヴァルハラにはいけんが、それでいい」
夜明けを迎えた日の光を浴びるリーヴァを見て、アレスが眩しそうに目を細める。
「ああ……しかし、陽天に見守られて星に還るのは二度目だが……やはり、悪く、ない」
戦禍のアレス=リギル・ケンタウルスは、陽天の光に焼かれるようにして星に還っていった。
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