40 抗う者たち
ウォーデンは〈光の
〈ソレイユ・ヴェール〉から解放された〈光の星骸樹〉は、異常な輝きを発している。
真夜中を忘れるほどの輝きが、一条の閃光となって遙か彼方へと伸びている。
常日頃から敬愛し、信仰を捧げてきた象徴が見せる初めての暴虐性に、グラズヘイムの人々は恐れ戦いていた。
ウォーデンさえ、何十年もの自分の罪が積み重ねられた証だと思った。
可視化した星のエネルギーは〈スレイプニル〉へと送られ、じきに〈ソレイユ・レイ〉として放たれる。
そうすれば多かれ少なかれ、戦の機運が高まってしまう。
かつての弟子の計画を止めるべく、ウォーデンは風に乗って駆ける。わずかな団員を引き連れ、目標地点を目指して止まらない。
既にグルドは指揮系統の立て直しを図り、リーヴァは発つ準備を整えた。
ウォーデンも己に課せられた役目を果たすべく、〈ソレイユ・ヴェール〉の管理施設を目の前にし、足を止めざるおえなかった。
そこら中に団員が血を流して倒れている。まだ息はあるが、重傷だ。
確かな気配は一つだけ。
極光の輝きを見せる〈光の星骸樹〉を背に、一つの黒点が不気味に浮かび上がっている。
「お主の仕業か」
ウォーデンの声に、黒点が反応する。
降り立ったのは黒い翼をした堕天使だった。
ソレイユ教導神聖国において、堕天使は滅多に見る機会がない。
なぜなら闇に落ち、白き翼を穢したとされる存在は忌み嫌われている。堕天使も己が信条と合わないから離反したので、好き好んで訪れることはない。
もちろん例外はある。
その一つとして、悪意を以て訪れることだ。
「そうだけど? 噂に聞いてた陽天聖騎士団も末端はこの程度だってガッカリだよ」
地上に降り立った堕天使の女性はつまらなそうに髪の毛を弄んだ。
「ま、つまらなかったから適当にやったけど。助けるなら助ければ? あたしがダンナに頼まれたのは、誰も通すなだし」
下手に彼らの手当に人手を割けば、時間はあっという間に過ぎてしまう。
ウォーデンはどうすべきか悩みながら話を続ける。
「お主の声、聞き覚えがあるな。分からん坊が持ってきたボイスレコーダーの声じゃ」
「ああ、ゴルキエス商会の奴らか。この際だから隠す必要もないか。あたしが全員やったよ。手応えがなさすぎてつまらなかったけど。
あ、でも最後にクソッタレな聖剣で豚を刺し殺したのは清々したかな。こっちは雇われの護衛なのに、変な色目使ってきてウザかったから」
既に多くの命を奪ってきたはずの堕天使の女性は薄らと笑みを浮かべる。
「まあ、よい。お主と話している暇はない。通させてもらうぞい」
「ちょっとちょっと! 素通りできるわけないじゃん! 今の話聞いてた? 誰も通すなって言われてんの! もうろくしてんの? そんなわけないか。だったらここに来ないだろうし」
堕天使の女性が炎と氷の魔剣を両手に携える。
「剣聖――ウォーデン・メルクリウス。あんたの首をもらうよ。さすがにジジイは趣味じゃないから捨てるけど」
「どうでもいいわい」
ウォーデンは意に介さず杖をつき、前に出る。
「仕込み杖か! けど、あたしはクラス3の〈ブラッディベルセルク〉! 時代遅れのジジイはとっとあの世にいけよ!」
堕天使の女性が翼を広げて飛び上がり、空中で一回転した。
滑空しながら炎の魔剣に熱気を灯し、氷の魔剣に冷気を宿す。
「〈マッドネス・ブランディッシュ〉!」
狂気を乗せた乱雑な斬撃が放たれる。
「――〈ハーヴァマール〉」
静かな声が風に乗って揺らめいた。
「は?」
炎と氷の魔剣が斬り刻まれ、漆黒の翼がもがれ、堕天使の女性の全身から血しぶきがあがった。
「……なに、それ。笑え、ない」
「言ったじゃろう。時間がないと。他人も自分の命も軽んじる者は簡単に道を踏み外すものじゃ」
斬り捨てた堕天使の女性から呼吸音が消える。
……その姿にかつての弟子を重ねそうになり、迷いを振り払う。
「ウォーデン様! 我々はどうすれば……!」
背後に控えていた団員たちは、今にも死にそうな仲間を見て迷っている。
すべきことは分かっているはずなのに情に駆られ、道を見失いそうになっている。
「うろたえるな。……なにごとにおいても〈ソレイユ・ヴェール〉の復旧が先決じゃ。彼らの面倒は儂一人に任せるがいい。
儂――最新の〈
「っ! はい! 了解です!」
まだまだ青い若者たちの背を見送る。
「頼むぞい。時間は迫っておる」
老骨にできるのはここまでだと悟り、ウォーデンは祈る。
今も戦う者たちにリアステラ様とソレイユ様の加護があらんことを、と。
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