36 待ちに待った私の出番ですわ!
少し前から頭の中で「マスター、マスター」とアピールしていた少女が召喚される。
華やかな桜色の髪が夜空に舞う。
赤と黒のドレスが風を受けてたなびき、キラキラと輝く赤い瞳が俺を捉えると、ノエルは笑顔を浮かべた。
「マスター! ようやく私を呼んでくださいましたね! 待ちに待った私の出番ですわ――!」
そしてドリルヘアーもろとも逆巻いて浮き上がり、おでこまで丸見えになりながら落ちそうになる。
「と、悪い」
急いでその手を握りしめる。
「マ、マスター。いきなり手を握りしめられると……その、恥ずかしいですわ。しかし、私もついに落ちもの系ヒロインの仲間が入りができたということですね。目指せヒロインコンプリートですわ」
ノエルは空いた片手を頬に当て、うっとりとする。
「あのーこの状態で二人分はさすがにあたしも重量オーバーかもしれないかもなあ……!?」
フェンリスの語尾が怪しくなってるのを聞くと、本当に切羽詰まっているらしい。
なによりグリンティの飛行船が目前まで迫ってきている。
「いきなりで悪いが、見てのとおりの状況だ。頼めるか、ノエル?」
ノエルは満面の笑みで応えた。
「もちろんですわ! マスターに頼まれて断るわけなどありえませんわ! マスターとは以心伝心! マスターのオーダーは把握済みですわ!
ここは私にお任せください! 今の私は時間をかけ、距離が離れた分だけ絆が深まり、超絶好調なのですから!」
ノエルの全身が発光し、別の姿へと変わっていく。
星々に負けない輝きが煌めき、機械神竜アヴァロンが顕現する。
空域に咆吼が轟き、全員の視線を釘付けにした。
「……っ!? 回避しろ!」
「あら? 背中になにか?」
タイミングよく変身したノエルの背に、グリンティの飛行船が激突する。
船体が火花をあげて破損し、炎上する。
高度を保てなくなったのか、徐々に落ち始めていく。
「ちっ! このまま〈スレイプニル〉に合流しろ! 残存兵力はこの邪竜をなんとしても落とせ! 絶対に団長殿の下に行かせるな!」
グリンティはご丁寧に捨て台詞を吐いて、戦場から離脱していく。
追撃も一つの手だが、それよりも。
「マスター、フェンリス様。もう大丈夫ですわ」
ノエルがそっと足下に回り込み、フェンリスを受け止める。
「先輩、ありがとな。もう降ろしてくれて構わない」
「う、うん。どーいたしまして」
そのまま上昇し、飛行船の甲板にフェンリスを降ろす。
「あら、見知らぬお顔がたくさん。どうも初めまして。マスターの忠実なる僕で相棒で、生涯の伴侶絶賛予約中のニュー落ちもの系ヒロインのノエル・アーデルバウトと申しますわ。以後お見知りおきを」
甲板で俺たちを助けようとしてくれて新人五人組は、ノエルの姿に圧倒されていた。仲良く口を開けて頷く。
「あ、これはどうもご丁寧に……」
ノエルの肩書きが最終的にどこまでいくのかも気になるが。
「ノエル、一気に片を付ける」
グリンティの指示を受け、敵の飛行船が回頭してこちらを向き、天使たちが攻撃態勢に入っている。
「了解ですわ!」
快諾したノエルの声を聞き、意識を研ぎ澄ます。
「〈カタフラクト・ドラグーン〉」
再びノエルの全身が発光し、俺の身体に漂う。
光は鋼と化し、鎧となって身に着けられていく。
今ではすっかり抵抗感がなくなり、愛着がある桜色の
滞空状態で眼下のフェンリスたちを見る。
「先輩らは先行しててくれ。すぐに追いつく」
「本当に一人……いや、二人で大丈夫なの!?」
大声を上げるフェンリスに頷いて応える。
「大丈夫だ。行ってくる」
「行ってまいりますわ!」
空を駆け、全域を把握する。
「まずは飛行船を落とす。合わせられるな?」
「はい。マスターは自分が思うままに動いてくれて構いませんわ。マスターのサポートができなくて、マスターの花嫁候補を名乗れるわけがありませんわ」
ノエルらしい言葉を受け、手を伸ばす。
飛行船からいくつもの光が明滅し、砲撃が放たれる。
「いくぞ。〈ミニドラクラスターボム〉」
「〈
こちらも慣れ親しんだ連係攻撃を放つ。
幼竜爆弾の群れが解き放たれ、桜色の花冠が流星となって散った。
砲弾は空中で爆散し、それを上回るこちらの攻撃が飛行船に殺到する。幼竜爆弾が船体に食らいついて爆ぜ、桜色の流星が撃ち抜いていく。
数十隻の飛行船で構成された艦隊は一つ残らず撃沈された。
「よくも同志を! 混沌の邪竜を討ち取れ! 武勲をあげ、団長様の寵愛を得るのだ!」
俺たちの攻撃を回避した手練れの天使たちが迫りくる。
この天使たちも……ノエルも。違いはあまりないんだろう。立場が違うくらいなだけで。
だから、心のどこかで殺すかどうか迷っている。
戦場でこんな考えをするなんて、俺は思ったより甘い奴だったらしい。
いや、前世の記憶が戻ったせいなのかもな。
以前の俺ならひと思いにやっていたはずだから。
「――ただ、今は邪魔だ。とりあえず全員堕ちて寝ててくれ――〈ニーズヘッグ・フォールダウン〉!」
邪竜の漆黒の巨腕が星空を覆い隠し、振り下ろされる。
質量と重力が混ざり合った一手が、空を支配する天使たちを地上に叩き落とした。
戦場に静寂が戻る。
ひとまず制圧できたようだな。
急いでフェンリスたちの飛行船に合流する。
「先輩。問題はなかったか?」
「あ、うん。問題が起きるほどの時間が経ってなかったからね。でも、敵とはいえ、精鋭揃いの第一部隊まで一瞬だなんて。それが君たちの本当の実力か。そりゃグルド様やリーヴァ様も警戒しちゃうよね」
既に情報として知っていても、自分の目で見て聞いたものはやはり違うのだろう。
空に見えない壁があるように思え、なぜか哀愁を感じてしまいそうになるが。
「助かったよ。ありがとね」
フェンリスが明るい声で言って、こちらに向かって手を振った。
「これが虚神の眷属を討ち倒した実力! 凄いです! なにがどうなってこうなったのか分かりませんが、凄いです!」
「はあ? あんたさー、なにがどうなってこうなったのか分からなかったわけ? あーしは分かったけどね」
「えー、本当かなー。なにがどうなってこうなったのか分かるように説明してくれるかな」
「はいぃ。私は全然分かりませんでしたしぃ。なにがどうなってこうなったのか分かるように説明してほしいかもですぅ」
「そうですね。ぜひ未熟な私共めに、なにがどうなってこうなったのか、分かるようにご説明していただけませんか?」
「だ、だから! これがああなって、そうなって、こうなったのよ!」
中身のない会話を続ける新人五人組。
こいつら本当に仲いいな。
だが、先輩やこいつらのおかげで先ほどの気持ちは晴れていた。
だからこそ。
「悪いな、先輩たち。ここでお別れだ」
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