34 鉄くずなれど

 ガタンゴトンと上下から衝撃がはしり、身体が激しく揺さぶられる。


 ただ衝撃は柔らかく、触り心地がいいなにかによって和らげられているので平気ではある。


「止まって! 止まってください!」

「なんじゃなんじゃ。お主、儂が誰か分からぬのか? さてはほやほやの新入りかのう?」


 検問所の若い男性の声に呼び止められ、ウォーデンは嫌みったらしく言い返した。


「こ、これは相談役! お疲れ様です!」

「お主もお務めご苦労さん。じゃ、そういうことで」

「はい、ありがとうございます! じゃなくって! 待って! 待ってください! ただいま陽天聖騎士団本部に部外者は通すなと、上層部からお達しが!」

「儂が部外者じゃとお主は申すのか?」

「いえ、そういうわけでは……。ですが、現場は相当混乱しているらしいので、立ち入りは厳しくせざるをえないのです。こんな夜分にどのようなご用件でいらしたのですか?」


 ガサゴソ、と上からあさる音が聞こえる。


「いやー儂の畑で採れた野菜をぜひ騎士団の皆に食べてもらおうと思ってな。思い立ったら即行動がモットーでな。ほれ、急ぎすぎて土ごと入れてしまったわい」

「……は、はあ。ありがとうございます。一応、規則ですので中身を確認してもよろしいですか?」

「構わんよ。忙しい時にすまんのう」


 さらに乱暴な音が上から響いてくる。


「確かに野菜ですね。変なものは……入っていないようですが」

「なんじゃと! お主は儂の野菜が変と言うのかね! この! 採れたての! ピチピチの! 儂のトマトが! 食えぬと申すか!」

「い、いえ! そういうつもりで言ったわけでは!」

「じゃあ、なんじゃと言うのかね! ほれ一個食べてみなさい! ほれえ! お一ついかがな!」


 ウォーデンがトマトを隊員の頬に押しつけてるのが想像できる。


「わ、分かりました! 分かりましたから! もう通っていいですよ!」

「うむ。分かればいいんじゃ、分かれば。では、引き続きお務め頑張るんじゃぞ」


 再びガタゴトと揺れ始め、しばらくして音が止んだ。


「もう出てきていいぞい」


 上から淡い光が差し込む。

 野菜、土、板、シートの四層をどけて外に出る。


 外は発着場の死角になる場所だった。


「……俺、歳をとっても爺さんみたく若者をいびらないように気をつけようと思うわ」

「うん。あたしも優しくしようと思った」


 一緒に出てきたフェンリスも同じ意見を呟いた。


「なんじゃなんじゃ。せっかく儂が協力してやったのにひどい言い草じゃのう」


 俺たちが今さっきまで入っていたのは大きな木箱だ。


 台車に揺られてここまできたのも移動手段を手に入れるためだ。


「しかしまあ、ひどい乗り心地だった」

「……そうだね」


 フェンリスは気難しい顔で獣耳を弄ぶ。


「……言っておくが、不可抗力だからな」

「ちょっと。こんな時に言うことじゃないでしょ」


 俺が触れてしまったのはなんだったのか。

 これ以上言うと荒れるだけだろうし、心の中に留めておこう。


「ふぉっふぉっふぉっ。仲がいいのう。吊り橋効果というやつか?」

「さあ、どうだろうね。それにしてもよくバレなかったな。それだけ状況が逼迫ひっぱくしているのかもしれないが」

「人は見た目によく騙されるもんじゃ。土の底は掘っても土しかない。見たいと思ったもの、そうであるという先入観。この歳になっても思い知らされるとは思わなかったがのう」


 ウォーデンの明るい声にどこか寂しさが混じった。


 ウォーデンには既にボイスレコーダーの内容を聞いてもらっている。


 目に見えて分かるほどの落胆ぶりだったな……。


「さて、儂が案内できるのはここまでじゃ。儂はグルド様とリーヴァ様に会いに行く。お主らも気をつけてな」

「ありがと、相談役。気をつけてね」

「爺さん。例の件よろしくな」

「分かっておるよ。お主も律儀なくせして、老人使いが荒くて困るわい。……バカ弟子のことよろしく頼んだぞ」

「しっかりぶちのめしてくるさ」


 ではさらばじゃ、とウォーデンは台車を押して颯爽と駆けだしていった。


「……あのまま行くのか」

「本当にノエルちゃんを助けにいかなくていいんだね」


 フェンリスが最後の確認をしてきた。


「ノエルなら大丈夫だ。騎士団本部から宮殿は近いようで遠い。今はとにかく距離を稼ぎたいからな」

「ごめん。余計なこと聞いたね。それにしてもだいぶ殺風景な状況になってるね」


 フェンリスの言うとおり発着場は寂れていた。


 飛行船は一隻だけ。

 それも鎖とアンカーで縛られて飛べなくされている状態だ。


「いい加減に聞き分けろ! 船内に入れ!」

「こちらは納得できる説明をしていただきたいと言っているだけですが?」


 見れば飛行船の乗り降りに使う階段と甲板の境目で、ザキエラともう一人の天使が言い合いをしている。


 階段の下は当然とし、飛行船を取り囲むように隊員も配置されている。


「貴様らの隊長が被疑者としてあがっているのだ! 貴様らの行動を制限するのは当然だろう! 団長命令だと何度言ったら分かるのだ!? 分かったよな!? 分かったなら、後ろを向いてとっと船内で待機していろ!」

「それが無茶苦茶だから説明しろと言ってるのが分からないのですか? 貴方の頭は空っぽなんですか? めでたいことしか入らない残念な容量なのですか?

 我々はフェンリス隊長と行動を共にしていました。犯行に及ぶ時間があったとはとても考えられません。

 そもそも他の部隊はどこに向かったんですか? なぜわざわざ全員を一カ所に集めるのですか? さあ、納得がいくご説明を」

「ああ言えばこう言う! 団長命令だからと言っているだろう! こちらが穏便に済ませてやろうと下手にでてれば調子に乗りおって! 実力行使せねば分からぬようだな!」

「実力行使。ああ……それはすみません。どうやらこちらも穏便に済ませられなくなりそうです」

「なにを言って――」

「ま、こういうことだ」


 最後に残った天使を昏倒させて、階段に寝転ばせる。


「フェンリス隊長。ご無事でしたか」


 ザキエラは一連の騒動の内容を知っているはずだが、冷静にフェンリスを出迎えた。


「ザキエラも相変わらず面倒くさいねえ。みんなは?」

「船内に。第二部隊は全員この飛行船で待機せよと命令でしたので」

「……団長から?」

「ええ、団長からです」

「ザキエラ。急いでみんなを集めてくれる? 話がある」

「了解しました。集合をかけます」


 ザキエラは多くは問わずに船内へと足早に消えていった。


「ねえ、後輩君。どうしてわざわざ第二部隊のみんなをここに集めておいたと思う?」

「戦争には相手が必要だろ?」

「……もしかしてなめられてる? なんかちょっとムカついてきたかも」


 フェンリスは不機嫌な顔で苛立ちを隠そうとはしなかった。


 ◆


 作戦室に集められた第二部隊の全員に向かって、フェンリスは今までの顛末を全て打ち明けた。


 当然、隊員たちの顔に動揺の色がハッキリと出て、ざわめきが広がっていく。


「今の話が信じられない者、命の危険を感じる者……いえ、全員今すぐ船を降りて構わない!」


 フェンリスが大きな声で動揺を打ち消した。


「この件に関する一切の行動を咎めはしない! 自分の信じるように動いてくれるだけでいい! だから。ただ一つだけ。私たちを黙って行かせてほしい。お願い」


 フェンリスが真摯に頭を下げるのを見てしまえば、


「頼む」


 俺も下げないわけにはいかなかった。


「全く。なにを言い出すかと思えば。はみ出しものの第二部隊を率いてきたフェンリス隊長とは思えない弱気な言動ですね」


 ザキエラがため息交じりに呟いた。


「本当に甘く見られたものです。陽天聖騎士団第二部隊心得!」


 ザキエラの一喝で全員が一糸乱れぬ動きで整列した。


「努力! 根性! 底力! 気合! やればできる! なせばなる! 頑張ればだいたいどうにかなる! 我ら聖銀なるミスリルの輝きになれぬ鉄くずなれど! 一つとなって叩き上げれば折れない熱き鋼となる! 我ら不撓不屈ふとうふくつの陽天聖騎士団第二部隊!」

「総員配置につけ! 離陸準備!」


 フェンリスを無視して隊員たちが駆けだしていく。


「みんな……ごめん、ありがとう」

「フェンリス隊長。謝罪も礼も終わってからにしてください」


 ザキエラが気怠げにメガネの縁を押し上げる。


「うん。そうだね」

「しかし、フェンリス隊長も面倒な相手に惹かれてしまいましたね。難儀な苦労人なことで」

「はあ!? そういうのじゃないから!」

「そうですか。失礼しました。いつもの調子が戻ってきたようで安心です」


 ザキエラは顔を赤くするフェンリスを無視して、いまだに右往左往している新人五人組に歩み寄った。


「アルケイディス。貴様は遊撃小隊の隊長として他の四バ――いえ、四人を率いて指揮を執れ」

「は? わ、私がですが?」


 新人五人組で唯一の男性隊員であるアルケイディスが目を丸くした。


「短期とはいえ、私の側にいたのだ。学んだことを活かせしてみせろ」

「了解です!」

「了解したのなら、さっさと準備に入れ」


 ハッ! とアルケイディスを先頭に彼女らも去って行く。


「ちょっと! なんであーしが隊長じゃないわけ!?」

「ええ……。ウルネはないと思いますわ」

「うん。ないよねー」

「あるかないかで言えば……ない……かもしれないですぅ」

「はあ!? ざっけんな!」

「ちょっとみんな喧嘩してる場合じゃないって!」


 ……あいつらだけは大丈夫なのか心配だ。


「で、後輩君。目的地はペルディーダ平原でいいんだよね?」


 フェンリスに話を振られ、数百キロ離れた場所を思い浮かべる。


「ああ。地下に大工廠だいこうしょうがある。正確な場所は分からないが、心配はいらない。相手さんが教えてくれるさ」


 実は〈スレイプニル〉が登場するシーンはムービーであり、大工廠自体には潜入しない。


 ゲームの〈ステリネ〉では完全なる空白地帯になっている場所なのだ。


 そのせいで俺も正確な位置が分からなかった。


 時間をかけて探ればいいかもしれないが、制限時間が分からなかった。

 ゲームと違って一発勝負だ。


 主人公が赴けば勝手に動いてくれるストーリーではない。なら、動いてくれるようにするしかなかった。


「なるほどね。目的地をペルディーダ平原に設定。これより臨戦態勢に入る」


 決戦の場はペルディーダ平原。

 一隻の飛行船が戒めを解かれ、夜空へと飛翔した。

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