16 コンテニューしますか?

 ローブ姿の人物はバロールに向かって杖を掲げた。

 それだけだ。


 回復魔法や強化アーツをかけたわけじゃない。

 何の力の気配も感じ取れない。


 それでも何かしたことだけは分かった。


「オ、オオオオオオオォォォォッ!」


 バロールが雄叫びを上げ、消えかけていた神刻紋章が再び強く発光し始める。


 傷が塞がり……いや、飛び散った血まで巻き戻るように再生していく。


 まずはわけの分からないローブ姿の人物を抑える。


 しかし、ローブ姿の人物は俺が斬りかかる前に跡形もなく消えてしまった。


 気配を探るが、もう周辺には感じられない。

 まるで最初からいなかったような不思議な感覚だ。


 本当にあんな格好で干渉してくる存在は、ゲームの〈ステリネ〉ではいなかった。

 ひとまずそちらは後回しにするしかない。


 今は嫌な気配を膨れ上がらせる敵に集中すべきだ。

 白い極光が弾け飛び、瓦礫を吹き飛ばした。


「ああ……懐かしい。とても懐かしい感覚だ! 虚神様の力を感じる! 虚神様の温もりに包まれている!


 なるほど虚神様が死に征く運命の私を救って下さったのですね! 感無量です!」


 光がだんだんと収束し、あるべき形へと戻っていく。


 一つ目の鷲の顔に、八つの翼、四つの手と同化した〈アルタイル〉の無骨な銃砲を持つ巨人。


 胸元に輝く神刻紋章と同じ白い光が、全身を包み込んでいる。


「素晴らしい! 最高の気分だ! これこそが私のあるべき姿! 神威の極光! そう! 私こそが真の狂乱の神! バロール=アルタイルだ!」


 バロールの威圧が城さえ震わせる。


 こいつの姿も〈ステリネ〉で見たことはなかった。


 先ほどまでの人の姿で戦い、そのまま命を落としたはずなのだ。


 今はかつての天外大戦で虚神に付き従いし者――正しく神の姿へと至った。


「愚かな人間よ。全盛期を取り戻した私の力に絶望しろ。〈エンドレス・キルタイム〉」


 次の瞬間、眼前だけでなく全方位が拳大はある魔弾に取り囲まれていた。


 おそらく完全な時間停止。


 世界さえ止めてしまう魔眼――いや、神眼の神の御業というべきか。


「今から貴様の珍妙な仮面を引き剥がしてやろう。さあ、私に苦痛に歪む顔を見せてくれ」


 さすがに俺も時間停止の対策も能力も持っていない。


 魔弾が炸裂する度に時間が止まり、また意識が戻って動いていく。


 一秒にも満たない刹那を繰り返し、最後に盛大な爆発が起きた。


 煙る中、沈黙が流れる。

 バロールのかんに障る笑い声は響かない。


「……なぜだ。なぜだなぜだなぜだ! なぜ貴様の顔は苦痛に歪まない! なぜ膝をつき平伏さない! なぜ立っていられる!」


 俺が夜なべして作った仮面が剥がれ落ちる。高い金を払って買った新品のタキシードも防御力は皆無なのでボロボロだ。


 アイテムボックスも損傷が激しい。修理が必要だな。


「貴様! 神である私が聞いているのだぞ! 答えないか!」


 バロールと目を合わさず、足下を見つめる。


「人を勝手に止めたり動かしたりするくせに傲慢な神様だな。答えなんて簡単だろ。お前の攻撃が俺に通らなかった。それだけの話だろ」


 手数の多い相手に一度だけ瀕死で耐える〈ファフニール・ブラッド〉は相性が悪い。


 そう言う場合の対策方法はレベルを上げて防御力なり、耐性をつける。


 はっきり言ってバロールの攻撃は、忘却の虚神領域で戦ったンガド・メタトロンより弱い。


 余裕で耐えられるレベルだった。


「だが、私の魔弾にはあらゆる毒が仕込んである! そもそも会話すらままならないはずだ!」

「本当に滅茶苦茶な神様だな。まあ、二日完徹に比べればどうってことはない」


〈カオスドラゴンマスター〉のパッシブスキルの〈ウロボロス・ヒーリングファクター〉には傷の回復以外にも効果がある。


 あらゆる状態異常への耐性と一定確率での治癒。


 時間停止や俺自身の寝不足には非対応らしいが、バロールの状態異常にはある程度効果を発揮してくれている。


「貴様! 私の御業を寝不足と同義にするのか! もういい! 予定変更だ! 貴様は今すぐ自害しろ!」


 バロールの命令よりも速く背後に回り込む。


「――〈クロウ・クルワッハ・ザンバー〉」


 受けたダメージを〈ペインリベレイト〉で最大強化して解き放つ。


「ガッ!?」


 三日月状の斬撃がバロールの翼や四肢を分断し、首を撥ねた。


 宙を舞う頭が床に落ちていく。


 今度こそとどめを刺したと思ったが、違った。


 バロールが神へと至った時と同じように、全てが巻き戻って再生していった。


「……認めるしかあるまい。貴様は強者だと。しかし、本当にただの人間か?」


 二度も殺されたかけたことでバロールはついに油断をやめたらしい。

 罠かもしれないので目を合わさず答える。


「俺にも色々あるみたいだが、あえて言うのなら元主人公とでも言うべきかね」

「元主人公? 今は違うと言うことか? しかし、自分を中心に世界が回っているかのような言い分だな。笑わせてくれる。だが、あながち間違いではないのかもしれんな」


 だが、と落ち着いた声で続ける。


「だが、しょせん人の子だ。貴様に私は殺しきれん。私は虚神様の加護を受けている。敗北は絶対にありえないのだ」


 まるでこの強制負けイベントは覆せないと言われているようだった。


 つまりバロールを逃がさない限り、こいつは何度でもコンテニューを繰り返す。


 先ほどのローブ姿の人物が与えたのは、そういった類いの力ではないのだろうか。


「だから貴様に理解させてやろう! 神には絶対抗えぬとな! 〈ワンカット・キルタイム〉!」


 バロールは予想どおり策を練っていた。

 俺の意識だけ残して、動きを止める。


「貴様は王都が燃え、民が惨殺される様をそこで眺めているがいい! これより私自らが監修する舞台の唯一の観客としてな! タイトルは〈デスパレード・オブ・バロール=アルタイル〉――!」


 俺のを方を見ながら、バロールが後方に飛んでいく。


 何もかも見通せるはずの瞳は、またも俺だけを注視していた。


「マスタアアアアアアァァァァ! ご無事ですかアアアアァァァッ!」

「ガフッ!?」


 そうして今のバロールよりも巨躯の機械神竜の突撃を受けて、またしても吹き飛ばされた。


 おかげで静止の呪縛が解けた。

 急いでノエルの元に駆け寄る。


「ノエル! 外はもう平気なのか?」

「はい。外は王子様たちのおかげで大丈夫そうですわ。それよりもマスター。言いつけを破って申し訳ありません。

 とても嫌な予感がして、胸騒ぎがして、どうしても心配だったのですわ」


 落ち込むノエルの顎を撫でる。

 どうやら俺と似た感覚を抱いていたらしい。


「謝る必要はないさ。最高のタイミングだ。さすが俺の相棒だな」

「マスター! ありがとうございます! ところであの変な鳥頭は何者ですか?」

「バロールだ。目を合わせないように気をつけろ」

「まあ、あの陰険糸目男子だったのですわね。承知しましたわ。さあ、マスター。ご指示を」


 ノエルに請われ、頷く。

 バロールは人に神は殺せないと言った。


 今のバロールは本来の〈ステリネ〉には登場しないイレギュラーな存在だ。


 ならば、その二つを兼ね備える力を使えば、神殺しは成し遂げられるはずだ。


「〈カタフラクト・ドラグーン〉」


 その領域に到達するために言葉を紡ぐ。

 しかし、広がった景色は目の前の戦場ではなかった。


 見覚えのない音と景色に意識が飲まれていった。

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