13 仮面とメガネと糸目キャラには気をつけろ

「きゃあ!?」


 突然の女性の悲鳴に、会場が静まりかえった。


「ウィルフレッド!? 何をしている!? 彼女は武人ではないのだぞ!」


 突き飛ばされて動けないご令嬢を抱きかかえるオリヴァーが、張本人であるウィルフレッドを叱責した。


 途端に会場の空気は一変し、全てがウィルフレッドを糾弾する流れに向かう。


「うんざり、だ」


 負の感情を一心に受けるウィルフレッドが肩を振るわせる。


「うんざりだうんざりだうんざりだ! もううんざりだ! 兄貴の影で笑われるのはもう嫌だ! なぜ! なぜだ! なぜ認められない!


 なんで俺じゃ駄目なんだ! 武力だって強さの象徴だ! いや、武力こそ全てだ! 力こそ全てだ! 力がある俺こそ王に相応しい!」


 秘書官が差し出した剣を鞘から抜き、オリヴァーに突きつける。


 たちまち倒れ込んだご令嬢を含めた取り巻きが、一斉に逃げ出した。


「……よせ。よすんだ、ウィルフレッド。僕たちは血を分けた兄弟じゃないか。どうしてしまったんだ。以前の心優しいウィルフレッドはどこにいってしまったんだ」

「黙れ! そうやっていつもいつも上から目線で俺を見下して! 心の中ではずっとせせら笑っているんだろう!」

「そんなことはない! ちゃんと僕の言葉を聞いてくれ! ウィルフレッド!」


 剣呑な雰囲気にそこかしこから悲鳴が上がり始める。


「よさぬか二人とも! この場がどういう場か心得ているのか!」


 さすがに看過できぬとカルム国王が仲裁に入る。


「うるさい! そうやって俺だけをのけ者にするんだろう!? ずっとそうだった! 父上も母上もいつも兄貴ばかり贔屓して! 俺がどんな惨めな思いをしてきたか知らないくせに!」


 聞く耳を持たないウィルフレッドに、カルム国王は重苦しい顔を横に振った。


「ウィルフレッドよ……お前は疲れているのだ。しばらく療養に努めなさい。衛兵よ……ウィルフレッドを部屋に連れて行きなさい」


 しかし、カルム国王の命令に対し、衛兵は従わなかった。


 一部の衛兵が出口を封鎖し、残りはウィルフレッドを守るように剣を構える。


「何をしている? 余の命令が聞こえなかったのか?」

「悪いが、父上。もう甘っちょろい政治劇はおしまいだよ。これからは俺がこの国を強くする」

「なんと愚かな……血迷ったか。これ以上は余でも庇いきれなくるぞ……」

「まさか……クーデター?」


 一触即発の状態に陥る中、誰とも知らぬ声が引き金になる。


「いいさ! 汚名の血は成果で洗い流せる! さようなら、兄貴!」


 ウィルフレッドは容赦なく兄であるオリヴァーへと刃を振り下ろした。


 王国の後継者争いを発端に、会場は惨劇の舞台に変わる――というシナリオだった。


「ッ!? 誰だ貴様は!?」


 本来ならまだ介入しないであろう部外者に、ウィルフレッドは驚愕していた。


「名乗るほどの者じゃないですが、あえて名乗るならジャポーネから参りましたノーマルマン・タッダーノ辺境伯と申します」

「なんだそのふざけた名は! 邪魔をするな!」


 乱暴な剣の一撃を魔剣で弾き返す。


「ちっ! 衛兵! 奴を殺せ!」


 だが、衛兵は音もなく倒れ込んだ。


「その妻であるエーコ・タッダーノですわ」


 ノエルが知的にメガネをくいっとあげる。

 会場にいた衛兵は一人残らずノエルによって制圧されていた。


「くそっ! なんなんだ貴様らは!?」


 困惑するウィルフレッドを無視して、背後に話しかける。


「国王陛下並びに王太子殿下。ご無礼を承知で申し上げますが、ここは私めらに任せていただけないでしょうか?」

「待ってくれ! ウィルフレッドは錯乱しているだけだ! 殺さないでやってくれ!」

「さすがオリヴァー王太子殿下。ウィルフレッド王子は錯乱……いや、操られているだけですから」

「操られている……? それはどういう――!?」

「オリヴァーよ、落ち着きなさい。そなたが何者かは知らぬが……どうか、許されるのなら穏便にすませやってくれないか」


 オリヴァーを制し、カルム国王が沈痛な面持ちで言った。


「ええ。殺すつもりはありません」

「分かった。状況が状況だけに、今はそなたに任せるしかないようだ」

「ありがとうございます。では、始めましょうか。ウィルフレッド王子」


 改めてウィルフレッドに目を向ける。

 困惑の色がよく見えるな。


「始めるもなにも、部外者は引っ込んでくれないか?」

「あいにく部外者とも言い切れないんですが、そんなことよりも大事な話をしましょうか」

「グッ!?」


 ウィルフレッドの剣を弾き飛ばして奪い取り、そのまま転ばせる。

 奪い取った剣を高々と掲げ、叫ぶ。


「さあ、この場に集いし紳士淑女の皆様方ご静聴を! クソッタレの星の神々を尊ぶ祭事の場にて宣言しましょう! 今宵を境に世界は変わります!

 全てが力で決まる世界に! 全てが無に向かう世界に! 全てが終焉に至る世界に! 我がカルム王国は虚神様に永遠の隷属を誓います! 

〈無望の楽園〉に参加を表明し、虚神様復活の一助としてみなさん働きましょう! さあ! いずれ降臨なされる虚神様に祈りを捧げようではありませんか!」


 長い。

 こんなだった気がするが、まあ、だいたい合っているだろう。


「可能な限り貴方の台詞を奪われたご気分はどうですか?」

「あ……え……?」


 ウィルフレッドが目が虚ろになる。フラフラと身体が動き、今にも意識が消えそうだった。


「まだ足りませんか! 強欲ですね! ではさらにいきましょう!」


 剣を床に突き刺し、手を広げる。


「ハハハ! 素晴らしい! いつの時代も骨肉の争いは甘美の響きに満ちている! さあ、今ここにマグ・トゥレドを始めよう!

 そう! 私こそが〈無望の楽園〉の使徒! 狂乱のバロール=アルタイル!」


 台詞に合わせ、用意したアイテムを解き放つ。


 アイテムボックスから解放された玉が床に触れた瞬間、煙幕が会場を埋め尽くした。 


「くさっ!?」


 そこら中で煙と臭いで苦しむ声が聞こえてくる。


 昨日のうちに作成したオオクサギスカンク、マーダーラフレシア、ヘルスメルセンチピードなどなどの臭いエキスを配合した特製の煙玉だ。


 会場の皆様方には申し訳ないが、悪臭耐性付きの仮面を付けておいて正解だな。


 会場は城内でも高い場所に造られている。テラスも併設されているので、逃げるのならそっちだろう。


 だが、緑色の濃厚な煙幕の前ではたどり着けはしない。

 しかし、もしもだ。


 視えている者がいるとしたら?


「ぶちかますわー!」


 事前にアヴァロンに変身していたノエルが、外からテラスに向かって盛大にぶちかました。


 瓦礫が散乱する中、一人だけノエルのぶちかましを受けて吹き飛ぶ者がいた。


「ガハッ! 今度はなんだ!?」


 ウィルフレッドに剣を差し出した秘書官が、俺の前に転がり込んでくる。


 彼こそウィルフレッドに暗示をかけた張本人。


 糸目の男が目を閉じたまま確実に俺と目があった。


「どうも、〈無望の楽園〉の使徒――狂乱のバロール=アルタイル」

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