ph122 ユカリちゃんとの任務

「サっチコちゃーん!終わったよー!」


 大きく手を振りながら、駆け寄って来るユカリちゃん。


 私とユカリちゃんは今、ネオ東京森林公園にいた。タイヨウくんとアグリッドが出会い、始めて黒いマナを纏う精霊こと七大魔王ヴェンディダードと対峙した場所だ。この場所で小さな歪みが複数発生した為、2人で修復任務を行っていた。


 今まで、歪みを完璧に修復できるのは天眼家の当主とエンラくんと私の3人だけだった。しかし、ユカリちゃんもエンラくんと同じくらいマナコントロールが上手く、歪みを完璧に修復する力を有していた。


 天眼家の当主であるセンリさんは業務が忙しく、アイギスの任務に参加できない。その為、今までは修復任務の際は私とエンラくんの2人、どちらかが必ず赴かざる負えなかった。しかし、彼女がアイギスに加入してくれたお陰で、任務の回数も減り、私とエンラくんの負担がかなり軽減された。ありがたい話である。本来ならば、歪みを修復できる人材は少ない為、チームを組む事はない。けれども、今回出現した歪みは精霊が人間界に干渉できるほどの大きさではなくとも、数が多く、一人で修復を行うのは困難であると見なされ、私とユカリちゃんの2人が派遣されたのだ。


「そっちはどぉ?手伝おうか?」

「ありがとう。大丈夫だよ、私もちょうど終わったから」


 気持ちだけ受け取るねと伝えると、ユカリちゃんはエヘヘと笑う。


「サチコちゃん、サチコちゃん。あのね、帰りにクレープ食べない?ほら、ここに来る途中にあったキッチンカーのお店のやつ!」


 ユカリちゃんの提案を聞きながら、時間を確認する。時刻は昼の2時半だった。途中昼休憩を挟んだが、朝イチからずっと作業していた為、小腹も空いている。少しぐらい寄り道しても問題ないだろうと頷くと、早く早くと彼女に急かされ、やや早歩きでキッチンカーの場所まで向かった。






「お待たせいたしました。練乳いちごホイップスペシャルと、ブラウニーチョコスペシャルです」


 お姉さんにお礼を言いながらクレープを受け取り、キッチンカーから少し離れた場所で苺の方をユカリちゃんに手渡す。


「はい、どうぞ。落とさないようにね」

「ありがとう!」


 ユカリちゃんは目を輝かせながらクレープを受け取り、パクリと一口食べる。


「おいしー!」


 ユカリちゃんがクレープを堪能する姿を見つつ、私もクレープを口にした。


 チョコがふんだんに使われたブラウニーに、追い打ちをかけるようにたっぷりとチョコが掛けられ、口の中がチョコで満たされる。ガツンと殴られるような甘さと、もちもち食感の生地は非常に相性が良く、いくらでも食べられそうだ。


 更にもう一口と口を開けると、ユカリちゃんがじーっと私を見ていることに気づいた。


「……食べる?」

「いいの!?」


 勿論と答えながらクレープを差し出すと、ユカリちゃんは嬉しそうにクレープに齧り付いた。もぐもぐと咀嚼し、チョコも美味しいねと言いながら、自身の持っているクレープを私の方に向けた。


「僕のいちごもあげる!はい!」

「ありがとう」


 髪が口に入らないように耳に掛け、苺のクレープを食べる。甘い練乳と、甘酸っぱい苺の果汁がジュワッと口の中で弾けた。


「苺もいいね。すごく美味しい」

「でしょでしょー!」


 私とユカリちゃんは、クレープを食べながらアイギス本部へと向かう。急ぐ必要もないため、他愛もない話をしながらゆっくりと歩いた。


 クレープを食べ終えても、お喋りは止まらなかった。学校であった話や、任務であった出来事。最近ハマっている物やお互いの好きな物について話していると、アイギス本部が見えてきた。


 関係者以外立ち入り禁止区域に入り、周囲に人はいなくなる。このまま報告を終えたら任務は終了だなと思っていると、ユカリちゃんが駆け足気味で歩き、数歩ほど私の前に出てから足を止めた。私もつられるように足を止め、彼女の背中を見つめる。


「……ユカリちゃん、どうしたの?」


 じっと前を見据えたまま動かない彼女の背中は、物悲しい雰囲気が漂っていた。私はなんだか居た堪れなくなり、思わず声をかける。


「えへへ……なんか、いいね。こうゆうの……普通って感じだ」

「普通?」

「……ずっと、ずっと憧れてたんだぁ……こういう、普通の女の子って感じのこと」


 私に背中を向けたまま、ユカリちゃんは空を見上げる。


「僕ね、未来視っていう力を持ってるんだ……たまぁに夢でね、見るんだよ。たくさんある未来の中から、一番起こる可能性の高い未来が見れるんだ……正夢って言ったら分かりやすいかな?好きな物は見れないし、いつ見れるのかは分からない不便な力だけど……それでも天眼家では特別な力らしいんだ……だからずっと、僕はお家の中にいた。自分の部屋だけが僕の世界だった」


 未来を見る力、か……普通ならあり得ない話だが、こんな出鱈目な世界だ。未来が見える人間がいてもおかしくはない。そして、彼女のずっと家の中で過ごしていたという発言から、未来視はこの世界でも特異な力である事が伺える。


 力を持ってしまったが故に、狭い世界で生きる事を強いられる、なんて……デリケートな話だ。不用意な発言は出来ないなと口を噤む。こんな道端で話すような内容じゃないのに、何故急に話し始めたのだろうかと彼女の意図を探った。


「始めて外に出れたと思ったら、暗くて怖い場所にいて、知らないたくさんの大人と、僕と同い年ぐらいの子達がいた。それから、ずっと痛くて苦しい事が続いて……マナがどんどん黒くなって……同い年ぐらいの子達はどんどん減っていって……」

「ユカリちゃん!」


 感情を失くしていく声色に、漠然とした不安を抱く。止めた方が良いのではないのかと、彼女の名前を強めに呼んだ。


「その、大丈夫?……思い出したくない事なんじゃないの?無理に話さなくても……」

「平気だよ。僕にはサチコちゃんがいたから」


 ユカリちゃんは振り返る。ただの世間話だよと言わんばかりに笑っていた。でも、本当に平気だとは思えない。黒いマナに侵食されていた時の言葉を思い出し、彼女の平然とした態度が信じられなかった。


「僕の見た未来にはね、サチコちゃんがいてくれたんだぁ。ヒーローみたいに現れてね、僕を救ってくれて、友達になって、一緒に遊んで、笑い合って……色んな事を2人で乗り越えて、すっごく仲良くなって……一番大事な友達に……親友に、なってたんだ……そんな、サチコちゃんとの未来があったから……黒いマナになっても、心がぐちゃぐちゃになっても、君との未来が僕を支えてくれた。君との未来の思い出が、僕の唯一の希望だったんだ」


 眉尻が下がるユカリちゃんの表情を見ながら、そう言うことだったのかと彼女が私に執着していた理由を知る。黒いマナに侵されていた時に言われた内容にも合点がいった。


「……サチコちゃんからしたら、意味分かんないよね……未来でとか言われても、困るよね……でも、僕にとっては大事な記憶で、宝物で……だから、その……僕、いっぱい悪い事したよ。君にも酷いことをした……こんな事を思う資格がないのも分かってる……でも、それでも!……僕、いっぱい頑張るから……いっぱいいっぱい頑張るから、だから!……僕を……嫌いにならないで……友達になんて言わない!ただ、嫌わないでいてくれたら、僕は……それで……」

「ユカリちゃん」


 私は彼女に近づき、両手を優しく握りながら目線を合わせる。


「次の任務帰り、何処に行こうか」

「え」


 どんな理由があるにせよ、精霊狩りワイルドハントとして行った罪は消えない。被害者やその近しい人達は、一生彼女の事を許さないかもしれない。


「焼き菓子は好き?お勧めのお店があるんだけどさ、アイギス本部から近いし、今度一緒に行こうよ」

「サチコ、ちゃん……」


 それでも、彼女に幸せになって欲しいと思った。これは自分のエゴだ。被害者を蔑ろにしていると指差されてもおかしくない偽善だった。それでも、ずっと辛い思いをしてきた彼女に、これ以上苦しんで欲しくないと思った。


「……いいの?だって、僕……僕は!」

「関係ないよ」


 贖罪を果たしたとしても、特異な力を持つ彼女に自由はないのかもしれない。でも、任務の間なら束の間でも自由を得ることができる。


「私たち、友達でしょ?」

「!」


 友達と遊びたいなんて、全然贅沢な願いじゃない。私に財閥の力に抗う力はないけど、こうやって任務の空き時間に遊ぶぐらいなら出来る。それで彼女の心が救われるなら、力になりたいと思った。


「友達と遊ぶのに、良いも悪いもないでしょう……ユカリちゃんの都合が悪いなら、別の日にでもーー」

「サチコちゃん!」


 私は力いっぱい抱きついてきたユカリちゃんを受け止める。


「……行きたい……サチコちゃんと、焼き菓子……食べたい」

「うん。じゃあ、行こうか」


 私は、赤ん坊をあやすように彼女の背中を叩く。大丈夫だよと、少しでも彼女が安心出来るように優しく声を掛けた。


「他に行きたい場所があるなら言ってね。今までできなかった事、ユカリちゃんがやりたいと思った事をいっぱいしよう。ね?」

「うん、……うん!」


 自身の服が濡れる。その暖かい雫に気づかないふりをしながら、彼女の声に耳を傾けた。


「サチコちゃん、サチコちゃん」

「なぁに?」

「あのね、僕ね。サチコちゃんのこと、だいすきだよ。未来で見た時からサチコちゃんのことが、すっごくすっごく大好きになったんだよ。でもね、だけどね」


 縋るように、ぎゅっと服を掴まれる感触がする。私はそれに応えるように強く抱きしめ返した。


「僕ね、今のサチコちゃんがもっともっと大好きだって思うんだ……同じサチコちゃんなのにね、おかしいね」

















 任務の終了報告が終わり、もう少し話そうと私達にあてがわれた会議用の部屋に入ると、タイヨウくんとシロガネくんの二人がいた。扉の開く音で私達の存在に気がついたのか、2人の視線が私達の方へと向く。


「二人とも、ナイスタイミングだぜ!」

「えっと、どうかしたの?」


 タイヨウくんの明るくなる表情に、これは面倒事に巻き込まれる予兆ではないかと反射的に身構えた。


「力を貸してくれないか?探して欲しい精霊がいるんだよ!」

「精霊を?任務か何か?」

「そんなところさ」


 タイヨウくんの話を、シロガネくんが補うように補足説明する。


「最近、民間人が精霊に襲われる事件が相次いで起こっている。目撃証言から同一犯である可能性は高いが、加護持ちか精霊自身の犯行かはまだ分かっていない状況なんだよ」

「目撃証言から、という事はその精霊は姿を見せてるんですよね?それならば、私よりも精霊と同調率の高いヒョウガくんの方が適任では?カードで情報が得られるなら居場所の特定も、流通しているカードかの判断も容易でしょう?」

「君に言われなくとも、そう思ったさ。だから精霊との同調率が高い二人に捜査を割り振ってたんだけど……ちょっと、想定外があってね……」


 苦虫でも噛んだかのように顔を顰めるシロガネくんに、想定外とは?と首を傾げていると、扉の外から騒がしい声が聞こえてきた。


「貴っっ様ぁ!勝手な行動は慎めと何度言えば分かるんだ!!」

「うるっせェなァ……テメェがちんたらしてっからだォろが!」


 扉の開閉音が聞こえ、扉の方を見ると渡守くんとヒョウガくんの二人が怒鳴り合いながら入室して来た。


「敵がいるってェのにモジモジモジモジ……尻込んでんじゃねェよ、ビビり野郎が!」

「誰がビビりだ!奴の機敏性はアイギスをも凌ぐ。闇雲に突っ込むのは愚策中の愚策だろう!俺は、情報を抜き取るためにも機を待てと言っているんだ!そんな事も分からないのか!!」

「機を待つだァ?それで取り逃してたら意味ねェだろ、モジモジくんがよォ」

「もじもじくんではない!!貴様が勝手な行動をしなければ情報は取れていた!!」

「あ゛ァ゛?テメェの言う通りにしてたら情報なんざ一生取れねェよ!機を待つって、俺ァ何時間待てば良かったんだァ?それともなんだァ?マジでビビってお漏らしでもしてたのかよ。そんでェヒョウガくんはァ、おしめを変える時間が欲しかったのかなァ?」

「貴っつっっ様ああああ!!今日という今日は許さん!!その減らず口、二度と叩けなくしてやる!!」

「ハッ!やれるモンならやってみろや!シスコンどチビくんがよォ!!」


 お互いの胸ぐらを掴み、至近距離で睨み合う2人を指差しながらシロガネくんの方へ顔を向ける。すると、シロガネくんは呆れたように無言で頷いた。


 なるほど、把握した。2人の仲の悪さが想定外だったんだな。精霊界のやり取りで相性が悪いのは知っていたが、任務に支障を来たす程に犬猿の仲だったなんて。ヒョウガくんは、なんやかんや任務でならクロガネ先輩と上手いことやっていたから、公私混同する事はないと思っていたから意外だった。……もしかして、精霊狩りワイルドハント時代に因縁でもあったのだろうか?それとも、元々の性格的相性が絶望的なだけか?見た感じは……うん、後者っぽいな。


「……状況は分かりました。痕跡があるなら私でも対応可能ですよ」

「僕もやるよ!もっとサチコちゃんといれるもん!」


 嬉しそうに腕に抱きついて来たユカリちゃんの頭を撫でながら痕跡の提示を待つ。しかし、何故か深刻そうな顔で黙り込み、動かなくなったシロガネくん。


 え?なんなのこの反応、まさか……。


「もしかして……ないんですか?痕跡」

「……そういうスキルを持っているようだ」


 ど畜生!なんて面倒なスキルを持っているんだ!自身の痕跡を消すスキルってなんだよ!それ、カードの効果的にどういう風に記載されんだよ!手掛かり0じゃあ私には何もできないぞ!


「でも、手がかりがない訳じゃない。これを見てくれ」


 シロガネくんが指パッチンをすると、現れる電子スクリーン。そのスクリーンを指で操作しながら幾つかの画像を表示させた。


「被害者には共通事項がある。全員、10歳前後の大人しそうな少女であるという事だ」

「は?」


 大人しそうな少女って……画像データを見ると、可愛らしい女の子達が映っていた。全員かなりの美少女で、小学生だった。被害者が全員女子小学生とか……なんだ、敵はロリコンなのか?は?そんな変態野郎がいるの?速攻処すべき案件だろコレは。妄想は個人の自由だが、現実に手を出すのは倫理的にダメだろ。


 そう、不快感を抱いたところで襲われたと言う言葉にハッと顔をあげる。


「ちょっと待ってください!被害者は何をされたんですか!?」

「今のところは、声をかけられたり、腕を引っ張られたとかかな……逃げ足は速いようだけど、力の弱い精霊なのか、どの事件も本人が撃退していて大事にはなっていないよ」


 あれ?思ったよりもみんな強かったぞ?撃退て……ホビアニの女子小学生の強かさを侮ってたよ。そういえば、私の腕に抱きついているこの子も、でっかい斧を振り回してシロガネくんと渡り合ってたな。いらぬ心配をしたのか?私。


「でも、大事には至っていないとはいえ、実害がある以上放置はする事はできない。いつ何が起こってもおかしくないからね。被害が大きくなる前に対処したいんだよ」


 それは、一利あるな。今までは運が良かっただけかもしれないし、事が大きくなる前に対処した方がいいのには賛成だ。


 けれど、なんとかしたくとも痕跡がなければ私に出来る事は少ない。せいぜい件の精霊を待ち伏せするぐらいだろう。でも、ヒョウガくん達ですら捕まえられない精霊を捉える事ができるだろうか?都合よく目の前に現れたとしても、逃げられて痕跡を消されたらどうしようもない。


「それなら囮作戦はどう?ほら、可愛い女の子が狙われてるならサチコちゃんが適任だよぉ!」

「え、私?」

「そう!この子とか、ミステリアスっぽい感じがサチコちゃんに似てるし、この子も!このクールな感じがサチコちゃんに似てるよ!まぁサチコちゃんの方が可愛いけどね!だから絶対に狙われるよ!」

「囮作戦、か……」


 ユカリちゃんの私に対する過大評価は相変わらずだな。褒められるのは嬉しいけどね。それに、囮作戦と言うのも悪くはない。本当に犯人が現れるか分からないが、成功すれば一番手っ取り早く敵の拠点も正体も知れる。


 一般の女子小学生に撃退されるような精霊なら危険性も低いだろうし、孤立しても問題ないだろう。


「そうそう!でも、安心してね!僕がサチコちゃんを守るから精霊に手出しはさせないよ!出て来たら瞬殺するから安心してね!」


 そうなったら犯人を捕まえるまではずっと一緒にいなきゃねと、僕の家においでよ、お泊まり会しようよと上機嫌に誘うユカリちゃん。なんでこんなに嬉しそうなのこの子。もしかして、囮作戦は口実で、私といたいだけなのか?と疑いの眼差しを向ける。……いやまぁ別にいいんだけどね。


「囮ィ?コイツがァ?」


 後ろから不服そうな声が聞こえ、チラリと視線だけ向ける。すると、渡守くんが理解できないと言う顔で私を指差していた。


「ミステリアスって……コイツが言葉の意味に含めんのは嫌味だけだろ、性格悪ィしな」


 渡守くんには言われたくないぞ、それ。


「クール、か……影薄はクールと言うよりも、興味がないだけでは?面倒臭がりな所があるからな」


 それは、まぁ……当たってるけれども!


「可愛いって……表情筋の死んでるこの女のどこが?眼科に行った方がいいんじゃないの?」

「私にも心はあるんですよ」


 なんだよコイツら、急に仲良くなりやがって。止めようとするならまだしも、人選に対する不満かよ。何私の悪口で意気投合してんだ。もうちょっとオブラートで包め、事実を言われるのが一番傷つくんだよバカやろう。


「待てよ!俺は囮なんて反対だ!サチコは可愛いし、作戦は成功するかもしんねぇけどさ……だからこそ、そんな危険な事はさせらんねぇよ!」


 た、タイヨウくんんんん!君は本当にいい奴だな!?私のフォローをしつつも身を案じてくれるなんて、マジで主人公の鑑だよ!コレ、素でやってるんでしょ?どうりでモテる訳だよ!さすが熱血鈍感系の主人公!さすが天性の人たらし!顔面だけのコイツらとは格が違うよ!


「タイヨウくん、私は大丈夫だよ。今、この瞬間にも狙われてる子がいるならほっとけないしね」

「サチコ……」

「それに、私も狙われる可能性があると思ってくれてるんでしょう?だったら他人事には出来ないよ」

「……」


 タイヨウくんは口を噤む。反対しようにも、私も、これから狙われるだろうその他大勢の女の子達も心配だから、反論する言葉が思い浮かばないのだろう。彼は本当に人が良すぎる。タイヨウくんの言葉は全肯定したいけど、私を可愛いとは言いたくなくて頭を抱えているシロガネくんとは大違いだ。私、一回ぐらいアイツのビューティーフェイスを殴っても許されると思うんだけど、どうだろうか。



 とりあえず、私を貶した3人は置いといて、囮作戦は有効だろう。試してみる価値はある。だからタイヨウくんをどう説得しようかと悩んでいると、私のMDマッチデバイスが振動した。どうやら着信のようだ。誰からだろうと相手を確認すると、アゲハちゃんからだった。珍しいなと思いながらも一旦断りを入れて電話に出ると、焦った表情のアゲハちゃんとヨモギちゃんの顔が表示された。相当切迫した状況なのか、私が口を開く前にアゲハちゃんが言葉を発した。


『サチコ!聞いて!大変なの!』

「アゲハちゃん?どうしーー」

『ハナビが、ハナビが大変なのよ!』

「……大丈夫だから、落ち着いて。ハナビちゃんがどうかしたの?」


 なんとなく、嫌な予感がした。先ほどまで話していた女の子が狙われる事件の話。そして、青ざめた顔でハナビちゃんの名前を連呼するアゲハちゃん。そんなタイムリーすぎる事なんて起こる訳がないと言う思いとは裏腹に、無意識に流れる冷や汗。


『変な精霊が話しかけて来て、それで……ハナビが、ハナビが攫われたのよ!!』


 ……嫌な予感ほど当たるというが、これは……最悪だ。勘弁してくれよ。






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