ph79 残されたカードーsideヒョウガー


 どうして……どうして俺の体はいつも肝心な時に動かない?


 目の前には敵の転移魔法によって消えかけている影薄の姿。全身が鉛のように重く、立ち上がる事が出来ない。必死に手を伸ばしても、影薄には届かない。


 いやだ……やめてくれ!!どうして俺の大事なものは全部全部消えていくんだ!



 どんなに手を伸ばしても、どんなに努力しても……最後にはこの手から全てこぼれ落ちていく。


 掬えない。


 救えない。


 くそっ!俺は今まで何をしてきたんだ?守ると誓ったのに!全然守れてないではないか!!これではあの頃と変わらない、無力で……弱かったあの頃の俺と変わっていない!!


「っ、影薄……」


 ……行くな。


「影薄」


 行くな。


「影薄!!」


 行かないでくれ!


「サチコぉぉおぉぉ!!」


 頼むからお前まで俺の前から消えないでくれ!!


 喉が焼ききれる程彼女の名を叫んだ。何度も何度も叫んだのに……彼女は残酷な笑みを残し、儚く、消えていった。










 影薄が消えてしまってから数分、今更になって動かせるようになった体を起こし、彼女の落としたカードを拾い上げる。


 影薄が落としたカードは“痛み分け”だった。


 このカードの効果は覚えている。2度も見ていたから。1度目はSSCの準決勝、2度目はSSSC予選のダックマッチでだ。


 こんな、自身も痛みを伴うようなカードを使おうとするなんてな……。


 嘆きの刻印から庇った時も、マナを循環させた時も、自分が傷付くのも省みず、必死になって俺を守ろうとしていた。


 影薄は他人が傷付く事に対し、過剰すぎる程の恐れを抱いている。本人はそんな自覚はないのだろう。全部自分の為だとか、都合がいいからなんて言い訳を作り、誤魔化してるに違いない。けど、アイツは傷付けるぐらいなら自分が傷付く方がいいと、そう無意識に行動する節がある。



 そんな彼女の自己犠牲の精神に苛立ちを覚え、自分の前髪をクシャリと崩す。



 このカードを使おうとしたのも、必要以上に相手を傷付けない為だろう。痛みが自分にも伝われば、過度な攻撃は出来ないからな。


「それでお前が傷付いたら意味ないだろう!!」


 俺は行き場のない怒りを少しでも吐き出すように声を荒げた。


 馬鹿だ!アイツは本物の馬鹿だ!!あんな最低な奴等に情をかける価値なんてないのに!どこでまでお人好しなんだアイツは!?どうしてお前は自分を大事にしない!?お前に庇われる度、お前が傷を負う度に、俺がどんな気持ちを抱いているのか分かっているのか!?自分だけ満足して終わりなんて身勝手にも程がある!!


 何でどうしてと、影薄に対する怒りが込み上げる。


「ヒョウガ」


 ふいに聞こえたタイヨウの声に、ハッと意識が戻る。後ろを振り返ると、表情は暗いがしっかりと立っているタイヨウの姿があった。その様子から、体にどこも異常はないようだと安堵のため息をついた。


「タイヨウ……」

「悪い、俺……何も出来なかった」


 タイヨウは暗い表情のまま、懺悔するように言葉を吐き出した。


「俺が弱いからサチコが拐われちまった……俺がもっとしっかりしてたら……俺がもっとちゃんと……」

「違う!!」


 俺はタイヨウの言葉を渡るように叫んだ。それ以上は聞いてられなかったからだ。


「お前は悪くない……」


 そうだ。本当は分かっている。ちゃんと分かっているんだ。タイヨウも、影薄も悪くないんだと。


「本当に悪いのは……」


 弱い癖に、守れやしないのに……自分の都合で関係のない影薄を巻き込んでしまった……。


「俺だ」


 俺、自身だ。


 俺が皆を巻き込んだ。俺がいたから傷付けた。始めから一人で解決できていたらこんな事にはならなかったのに、俺が弱いせいで母さんも、姉さんも、タイヨウも影薄も皆……皆傷付いたんだ。


 俺が悪い。全て俺が悪いんだ。俺さえいなければと後悔の念が押し寄せる。


「俺が……俺さえいなければ影薄が傷付く事はなかった……全部俺が悪いんだ……すまない、タイヨウ……俺はーー」

「違う!ヒョウガは悪くないだろ!?俺さえいなければって何だよ!!お前が全部悪いって何だよ!!お前が悪いなら俺も悪い!!俺だってサチコを守れなかった!!そもそもサチコを拐ったのは精霊狩りワイルドハントでーー」

「違わない!!俺が巻き込んだ!俺のせいで精霊狩りワイルドハントに狙われた!!俺のせいで影薄が傷付いた!!俺が影薄を傷付けたんだ!!」

「ヒョウガ!!」


 タイヨウが俺の両肩に手を置き、落ち着けと諭すように語りかける。けれど、冷静になんてなれなかった。頭も心も全部ぐちゃぐちゃで、この黒い衝動を抑えられそうになかった。


 影薄は拐われた。探そうにも居場所は分からない。やみくもに探しても見つかるかどうか……例え見つけたとして、手遅れだったら?どんなに呼び掛けても、どんなに名を呼んでも反応がなかったら?触れても体温を感じられなかったら……あの瞳が開くことがなかったら……そんな事……耐えられない。耐えられる訳がない!


 こんなのは八つ当たりだと。そう、一歩引いた自分は分かっていた。しかし、感情を抑える事が出来なかった。その衝動のままうるさいとタイヨウの手を振り払おうとした瞬間。響き渡る轟音。


 その音で無理やり理性を引っ張りあげられた。自然と収まる口論。新手かと冷静さを取り繕えた俺は、何が来ても対応できるように戦闘体勢を取り、パラパラと頭上から落ちてくる瓦礫に誘われるように視線を上に向けた。



「サチコはここかあぁあぁぁぁ!!」


 しかし、予想に反して現れたのは五金クロガネだった。


 先程の破壊音は、五金クロガネが天井を破壊した音のようだった。自身の精霊であるブラックドックに乗り、影薄の名を叫びながら落下してくる。


「サチコおおお!俺だあああ!!何処にいる!?」


 影薄を探しているのだろう。ブラックドッグで着地に成功した五金クロガネは、ブラックドッグから降りながらも、キョロキョロと忙しなく辺りを見渡していた。


 しかし、直ぐに影薄を見つけられずに痺れを切らしたのか、舌打ちをしながら俺を見ると、嫌そうに近づきながら口を開いた。


「おい!青髪!!サチコは何処だ!?」


 俺に訪ねるのがよほど嫌なのだろう。貧乏ゆすりをしながら、さっさと吐けと催促するように苛立ちをあらわにしている。


 しかし、俺はその問いに対する答えを持っていない。 


「すまない……」

「あ゛?」


 反射的に出てしまった謝罪の言葉。五金クロガネは何を言っているんだという目で睨む。


 言いたくない。これを奴に伝えたら本当に影薄がいなくなってしまった事を実感してしまうようで、言いたくなかった。けど、影薄はもういない。口にしてもしなくても、その事実は変わらないのだ。


 俺は観念するように、懺悔するように口を開いた。


「影薄は……ここにいない」


 あぁ、重い。こんなに重く、苦しい言葉があるのか。


「おい。そりゃ、どぉいう意味だ?」


 五金クロガネに胸ぐらを捕まれる。地を這うような声で問われた。奴の拳が怒りで小刻みに振るえている。無理もない。俺も奴の立場なら同じ様な行動を取るだろう。


「サチコは何処にいる?ちゃんと安全な場所で待機してんだろうな?」

「すまない」

「すまないじゃねぇんだよ!ふざけてんのかてめぇ!!」

「……すまない」


 謝罪の言葉しか言えない俺に対し、五金クロガネは怒号を上げながら柱に叩きつけた。


 タイヨウが焦ったように止めようとしているが、五金クロガネは構わず追求を続ける。


「謝罪なんていらねぇんだよ!俺は!サチコが何処にいんのかって聞いてんだ!!」

「……影薄は精霊狩りワイルドハントに連れていかれた……行き先は分からない」

「くそがっ!!」


 五金クロガネに突き飛ばされるまま、俺は無抵抗に尻餅をついた。タイヨウが大丈夫かと駆け寄って来る。


「おいっ!落ち着けよ!クロガネ!」

「うるせぇ!!」


 奴の精霊が五金クロガネを宥めるように何かを言っているが、奴はそれを一蹴し、俺を鋭い眼光で睨み付けた。


「何してたんだよてめぇは」


 本当にな。


「すまない」


 俺は何をしていたんだろうか……。


「チィッ!使えねぇ」


 五金クロガネは、もう用はないと言うように無線機を取り出した。


「おい。もう入っていいぞ」


 それが合図だったのか、会場の出入口の至るところから武装した集団が入ってきた。恐らくアイギスだろう。


 五金クロガネは手慣れたように指示を出し、アイギスと思われる集団が倒れているチームタカラブネとエンマチョウのメンバーとレベルアップしたままの精霊を保護していた。





 羨ましい。


 奴の権力が、奴自身の力が心底羨ましい。


 五金クロガネが強いのは知っていた。五金財閥の名に恥じない実力を持っている事も、俺がどんなに努力しても手の届かない高みにいることも……本当は分かっていたんだ。


 それを認めるのが癪で、ずっと見ない振りをしていた。俺の中にある奴に対する対抗意識がそれを認める事を許さなかった……それなのに、その現実を無理やり叩きつけられ、頭が受け入れるのを拒むようにズキズキと痛む。


 あぁ、羨ましい。羨ましいよ。


 お前の強さが……影薄が信頼するその強さが俺にもあったら……。


 影薄が最後に気にかけたのは奴だった。先輩への言い訳を考えといてと、そう奴の事を気にしていたんだ。


 もしも俺に奴と同じぐらいの強さがあったら……奴と同じ立場だったら……最後に呼んでくれる名は俺だったのだろうか……いや、そもそも奴だったら影薄が拐われる事はなかっただろう。


 そんな、ありもしないたらればを夢想する自分に嫌気が差す。


 結局俺は何も救えないのか……姉さんも、影薄も……。


「じゃあ、てめぇらは帰れ。サチコの元には俺が行く」


 ……は?


「雑魚は帰ってふて寝でもしてろ」

「ちょっと待て!!」


 何気なく奴が発した言葉に飛び起きる。タイヨウも身を乗りだしながら奴に食ってかかった。


「先輩!サチコの居場所が分かるのか!?」

「影薄は!影薄は何処にいる!?何処に連れ拐われたんだ!!教えてくれ!!」

「あ゛ー!うっせぇんだよてめぇら!つぅか寄んな!散れ!!」


 五金クロガネは、鬱陶しそうに手で振り払う動作を行うが、俺は構わず懇願した。


「頼む!!連れていけとは言わない!居場所さえ教えてくれれば……手がかりだけでもいい!!影薄を助けたいんだ!!」

「うざってぇな!!」


 五金クロガネは、忌々しそうに舌打ちをすると、イヤーカフを取り出した。


「正確な場所は俺にも分かんねぇよ。が、大まかな場所ならコレで分かる」


 それは見覚えのあるイヤーカフだった。影薄が奴から貰った物と全く同じデザインだったのだ。多分、今までコレで通信を行っていたのだろう。影薄のは奴を彷彿させるような配色だったが、奴のは影薄を彷彿させるような配色だった。影薄の髪の色と同じ紫黒のリングに、影薄の瞳と似たようなアメジストが埋め込まれている。


 奴はそれを見せつけるように持ち上げると、得意気な顔をしてとんでもない事を宣った。


「コレには通信機能以外にGPS機能がついてんだよ。制度はあんまりよくねぇが、何もないよりマシだ」


 は?


「ここにサチコの気配があんだが、もっと下だったか……チッ……次はもっと改良しねぇと……」


 ちょっと待て。


「き、貴様……今なんと……」

「あ゛?んだよ。何か文句あんのか?」


 GPS!?GPSだと!?影薄にそんな変態紛いのものを送ったのかコイツは!?


 奴の精霊も知らなかったのか、顔を引きつらせながら精神的にも物理的にも引いているようだった。


 これは何か苦言を呈した方がいいのではないか?奴の行動は異常だ。このままだと影薄が危ない。そう一歩踏み出した所で、タイヨウが割り込むように前に出た。


「よく分かんねぇけどそれでサチコの居場所が分かるんだな!すっげぇな先輩!速く助けに行こうぜ!!」


 ……そうだ。タイヨウの言う通りだ。今は引いている場合ではない。影薄を助ける事が最優先だ。色々と言いたい事はあるが、奴の奇行が功を成した。それは紛れもない事実だ。……認めたくはないがな。


「は?何言ってんだ。てめぇの助けなんざいらねぇんだよ。失せろ」

「……まさか貴様のストーカー行為に感謝する日が来るとはな……」

「あ゛ぁ゛!?誰がストーカーだ!!ぶっ殺すぞてめぇ!!」

「いやいや、さっすが俺のご主人様だ。想像の斜めいくイカれ具合で逆に尊敬するぜ。よっ!ナイスストーカー!」

「ブラック!てめぇも殺されてぇのか!」


 五金クロガネは心外だと喚きながら自身の髪をぐしゃぐしゃと崩した。そして、仕切り直すように武器を実体化させると、不愉快そうに俺達を一瞥した。


「チッ……こうしてる時間がもったいねぇ……俺は行く。来るなら勝手しろ。俺は待たねぇからな」


 そう言い、ブラックドッグに跨がった五金クロガネは颯爽と出口の方へと向かう。


 タイヨウもドライグを実体化させながら騎乗する。俺も続くようにコキュートスを実体化させようとしたが、もう手元にない事を思い出す。


 そうだ。コキュートスは精霊狩りやつらに奪われたんだ。


 影薄も、精霊も奪われるなんて……そう、焦燥に借られていると、目の前に差し出される手。


「ヒョウガ」


 手の先の方へと顔を上げると、ドライグの背に乗ったタイヨウが俺に手を差し伸べていた。


「行こうぜ!」


 タイヨウは笑う。先程の言い争いなんてなかったらように笑いかけてくる。


 今度こそ助けようぜと前を向くタイヨウの姿に、俺は何度救われたのだろうか。


「……あぁ」


 俺はタイヨウの手を握る。次こそは影薄を守りぬいてみせると、影薄を助けだし、姉さんも救出して父さんを必ず止めてみせると。そう固い決意を胸に、ドライグの背に乗った。










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