ph3 黒髪の少年に絡まれる

 タイヨウくんとマッチしてから約1週間がたった。あれからタイヨウくん達とはクラスでたまに話すようになった程度で深く関わることもなく、彼らが何かしらの事件に巻き込まれても我関せずに過ごしていた。そして今朝、学校が休みだし何をしようかと部屋でSNSを見ていると、近くのカードショップでサモンマッチの大会が開かれているという情報を見つけた。優勝賞金3万円でしかも当日受付可能と記載されている。これは参加するしかないだろう。エントリー名も偽名でいいみたいなので適当にシャドーウーマンで登録した。


 小学生にとって3万円はとんでもない大金だ。向かってくる大会参加者をちぎっては投げ、ちぎっては投げて死に物狂いで優勝を勝ち取った。強い人もいたが、加護持ちってだけ怖じ気づいてプレイングミスをする人もいてラッキーだった。容赦なく足元をすくいまくりましたよ。この世は弱肉強食。情けなど無用。勝った奴が正義なのだ。


 いつもなら構えと言ってくる影法師は、大会での連戦で疲れ果て、私の影の中で眠っている。帰ったら頑張ってくれた影法師に好物のパンケーキをたくさん焼こう。ついでにトッピングも豪華にアイスとかフルーツもふんだんに使ってチョコソースもかけてあげよう。そう上機嫌に鼻歌を歌いながら帰路についていると「おい!」と荒々しい声で引き止められた。一体何だと振り返ると、大会の決勝でマッチした少年が立っていた。


「お前!俺ともう一度マッチしろ!!」


 少年は親の仇を見るような目で睨みつけてくる。大会で負けたのがよほど悔しかったのだろう。今にも飛びかかってきそうな雰囲気だ。それもそうか、大会では1番目立っていたし、私以外の唯一の加護持ちでかなり強かったと記憶している。大会参加者を完膚なきまでに叩きのめし、周囲との圧倒的な実力差を見せつけていた。まともにマッチしてたら私は負けていただろう。じゃあ何故私がこの少年に勝てたのかというと、単純にデッキ相性が良かったのだ。


 彼のプレイングはレベル4のモンスターを主体としてガンガン攻める攻撃的なスタイルだったのだが、レベル4のモンスターはコストが重い。運用するにはMPの補充が重要になってくる。勿論、彼はそれを分かっていてMPを増やす補助魔法や道具カードをデッキに搭載していたのだが、私のプレイングは相手のMPを奪い動きを阻害しながら戦うデッキだ。どんなにMPを溜め込んでも根こそぎ奪われては意味がない。彼の持ち前のスタイルはいかせず、さぞかしイライラしたことだろう。


「聞いてんのかネクラ女!!」


 根暗ね……あながち間違いではないな。


「俺と戦え!」

「お断りします」


 私の即答に少年の顔が歪む。ちょっと心が痛まないでもないが、わざわざ彼の癇癪に付き合う筋合いはない。


「…っ、なん…」

「私のデッキ対策はしたのですか?」

「!」


 少年の目が見開く。


「貴方のデッキのままじゃ何度やっても結果は同じです。先程のマッチをもう忘れたのですか?貴方は私のデッキに対抗できるカードがない。無策で挑んでも意味がないでしょう。少しはデッキ構成を変えてください。そもそも、名前も名乗らないような人と関わりたくありません」


 少し言い過ぎただろうか?少年はうつむいたまま喋らなくなってしまった。でもこれ以上絡まれたくないし、ここは心を鬼にしてバッサリ切ってしまおう。


「私は用事があるので失礼します」

「まっ!」

「おいおいクロガネぇ、俺のマスターともあろう奴がみっともねぇ姿さらしてんじゃねぇよ」


 彼のデッキケースから、彼の精霊であろうレベル4のブラックドッグが現れた。


「ブラック!でも、俺は…」

「嬢ちゃんの言うことは間違ってないぜ?感情のままに挑んで無様に負けるなんざ俺もごめんだね」

「ブラック……」


 精霊に窘められて冷静になったのだろう。クロガネと呼ばれた少年はデッキケースをぎゅっと握ると、私と視線を合わせた。


「俺はスピリット学園中等部、1年B組の五金ごきんクロガネ!」


 こいつ私と同じ学校かよ!!黒色銀メッシュの髪をして加護持ちとかインパクト強いし、一度あったら忘れないだろうから別の学校と思ってたのにひとつ上だったのか……。まぁ初等部と中等部じゃ意図しない限り会う機会がないからな。うちの学校は初等部から高等部まであるマンモス校だ。優れたサモナーを多く輩出している名門校で、プロを目指すならスピリットと謳われている。別に私はプロのサモナーを目指しているわけではないが、カードバトルの強さと社会での地位が直結しているこの世界において、ある程度の実力はあるに越したことはない。


「お前の名は?」

「……」


 正直答えたくはない。私の面倒事に巻き込まれる予感センサーが反応している。この少年だけなら適当に嘘をついて撒くこともできそうだが、奴の精霊を誤魔化すのは骨が折れそうだ。


「……嬢ちゃん」


 この場をどう乗り切ろうかと頭を悩ませていると、私の耳元でブラックドッグの声がした。物凄くビックリした。気配もなく近寄らないでくれ。あまりのイケボに心臓が止まるかと思ったわ。


「嫌かもしれんが、俺の顔に免じて教えちゃくれねぇか?」

「いや、免じてと言われても初対面なんですが」

「あれ?嬢ちゃん俺のカード使ったことない?こりゃ参ったね」


 全然参ってなさそうな顔で笑うブラックドッグに呆れてため息をつく。


「あんまり嬢ちゃんに迷惑がかからないようにするからさ、名前ぐらい教えてやってくれよ」

「……わかりました」


 私の返答が意外だったのだろう。ブラックドッグは驚いた顔をしていた。しかし、すぐに食えない笑みに戻るとクロガネ少年の元に戻った。


「私の名前は……また出会えたら教えてあげます」

「!」

「……へぇ」


 クロガネ少年は予想外だと言わんばかりに体が固まり、どうすれば良いのかと困惑しているようだ。そんな少年とは対照的にブラックドッグは面白そうだとニヒルな笑みを浮かべている。


「それでは、失礼致します」


 私が彼らに背中を見せて歩き出しても引き留められることはなかった。それなら幸いと、1秒でも速く家に帰りたいという流行る気持ちを抑え、彼らの視界にいる間はゆっくりと歩いた。そして、道の角を曲がり彼らの視界から消えた瞬間にダッシュした。もう二度と会うことがないように祈りながら。



 家に帰ったら私の影から目覚めた影法師が「他の精霊おとこの匂いがする!!この浮気者!!」と落ち込んで影の中に引きこもってしまった。ほっとくと面倒な事になるので、少しお話ししただけだよと説明しても「話しただけでそんなに匂いはつかない」とまるで不倫した夫を問い詰める妻のような台詞を言い続けて納得してくれなかったので、取りあえずパンケーキを焼いてみたら一瞬で機嫌が治った。うちの精霊がチョロすぎて少し不安になった。

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