第39話

そんなこんなでひと月が経とうかと言う頃、馬の世話係ネイサンに呼ばれてボイズとエリカは厩舎にいた。

そこには、エラとほぼ同じ体格になったエドと二回り大きな筋骨隆々と言った雰囲気のドズが駆けまわっていて、なんとなく寂しそうにエラが2頭を眺めていた。

「こんにちわ、ネイサンさん。今日はどうしたんですか?」

「あぁ、いらっしゃいましたね。今日は、しばらくの間使える鞍を作るための計測をお願いしたくて。どうせ、すぐに使えなくなるでしょうけどね。それでも、王都に戻られるのには必要でしょう?」

「鞍、ですか。誰の?何の?」

「あなたがエドに乗るための、ですよ。エリカさん」

「私のですか?」

「えぇ、そうです。さ、エドも呼んで始めましょう」

そう言って、指笛を拭くと3頭が集まってくる。

この人のこの仕草のこの音は、「集まれ」だとちゃんと知っているようだ。

ドズと並べばまだまだ小さなエドだが、エリカを乗せるには充分に成長したと言える。

体が大きくなっても、エリカに甘える仕草は相変わらずで頬にすり寄っている。

ドズとエラは、我が子に何をされるのかと少し心配そうに計測を見守っている。

鞍なしでエリカがエドにまだがる時はボイズも心配そうに手がウロウロしていて、傍で見ていたネイサンは苦笑が隠しきれていなかった。

そう大した時間もかからずに順調に計測は進み、少しだけ鞍なしでエリカはエドの背中の上から見る景色を楽しんだ。

人馬一体となるにはまだまだお互いに収れんが必要な様で、何度かはしゃいだエドに振り落とされたり、エリカの指示の下手さで行く先を迷わせたりと、迷走していた。

「鞍が出来上がるまでは5日ほどかかります。出来上がったら乗馬練習と指示練習をみっちりして貰って、お互いに信頼関係が出来上がれば王都まで帰れますよ」

「5日かぁ、長いねぇ。エド、頑張ろうね」

目線が自分よりも上がってしまったエドの頬を撫でて、楽しい遊び時間は終わってしまった。

厩舎からの帰り道、エリカはボイズと今後の相談である。

「エリカ、とりあえず鞍が出来るまでにここの協会で確実に3級になっとけ。王都で2級昇格だ。予定変更だ。今から申し込みに行くぞ」

「ここでも受けられるの?」

「あぁ、3級までなら受けれる。協会と上位の冒険者2名以上からの推薦があればな」

「おっとぉとハインケルさんだね?」

「あぁ、先にハインケルを捕まえて一緒に協会まで行こうか」

「うん!」

こうして突如エリカの3級昇格試験は、翌日に決まった。



本当に何もなく、あっけないほど何もなくペロッと3級に昇格したエリカは、肩透かしを食らったかのようだった。

当然にエドの所有者登録はエリカの名前になり、鞍も出来上がって、毎日が乗馬訓練の日々となった。

鞍を付けてからはエリカの重心が安定したからか、呼吸が合いだした。

その結果、数日後には半日程度の遠乗りなら難なく出来る様になっていた。

「そろそろ、行けそうだな。ハインケル、お前さんも悪かったな。付き合わせてよ」

「いいえ、こんなに楽しいことはありませんでしたよ。こちらが、お礼を言わなければいけません。ありがとう、二人とも」

「ハインケルさんも、ありがとうございます。エドとはずっと仲良くしますから、安心してくださいね」

「えぇ、心配していませんよ。そうだ、昇格おめでとうございます。2級に上がる時も、一緒にお祝いできると嬉しいですね」

「ありがとうございます。ぜひハインケルさんは、一緒にお祝いしてください!」

「なんだよ、その言い方。俺は、要らないみたいじゃないか。昨日飲み過ぎたのまだ怒ってんのか?」

「そりゃそうでしょう…ボイズ。あの時エリカは、ガンドーラを正式に名乗るための書類の話をしたかったんですから…」

「え?そうなのか!なんで、それを早く言わねぇんだ!」

「…黙って持って行って驚かせたかったの。ハインケルさんに聞いて申請書を提出してたの。それが帰ってきたから、おっとぉに署名を貰って、一緒に提出しに行きたかったの!」

「行くぞ!早く!今すぐ!書類貸せ、署名!」

「今日は、事務局休みだよ…」

「なんだよぉ~~~~~」

「明日、二人で行ってらっしゃい」

穏やかに言いながらもハインケルは、ボイズの大慌てに苦笑を隠さなかった。


「そうか、明日発つのか」

「あぁ、お前に小細工を頼んだおかげで、多少のごまかしはあっても無事に正式な親子として登録できたからな。…世話になったな。ドルイド」

「なに、構わんさ。俺とお前の仲だろう?水臭い」

「まぁ、また呼べよ。何かあっても無くてもな。俺も、なるべく思い出すようにしてやるよ」

「上から目線だな、特級様は、よ」

「まったく、ボイズは…」

ドルイドとボイズの軽やかな言い合いに困り顔のエリカを見て、ぼやくハインケル。

それを更に外側から見ていたアントンは、食後の優しい甘さの香りがするお茶を淹れながら寂しくなるなと苦笑していた。

「ドルイド様、お世話になりました。おっとぉも私もドズとエドも。いつか、何かできっとお返しします。だから、また、遊びに来ますね」

「あぁ、気にしないで遊びに来なさい。おいしいお茶とお菓子を用意してあげよう」

「ありがとうございます!」

「ハインケルも一緒に発つのか?」

「はい、私も一緒に発ちます。エラも、せめて王都までは一緒がいいでしょうから」

「そうか、ネイサンも寂しくなるだろうな。君とは話が合うと喜んでいたから、気兼ねなくいつでも来て欲しい」

「ありがとうございます。必ずまた、寄らせていただきます。そう、お伝えください」

「あい分かった」

「ドルイド、ところでだが、どうなった?シュレインのやつも、トンと見てないが」

「あぁ、シュレインなら、あくせく働いてるさ。今頃は、クレイバンの地を踏んでいる頃だろう」

「あんな辺境まで飛ばしたのか!魔人よりも悪い男だな、お前は」

「私、預かったもの返せてないけどどうしよう…」

「持っていてあげればいいんじゃないですか?エリカ」

「あぁ、あいつもそれを望むだろう。持っていてやってくれ」

「わかりました…」

「あいつが帰ってきたら、伝えておいてあげよう。君が持っていると」

「お願いします」

「別に、捨てちまってもいいぞ?」

「「「ダメでしょ」だろう」でしょう」

全員からダメを喰らって、馬鹿笑いのボイズだった。

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