第30話
シュレインが隣国への偵察に出てから5日、遺跡の保護の目途がつき、調査隊は撤収となった。
帰り道も慌てるような緊急事態などは無く、無難に森の近くの町まで帰ってきた。
しかし、その町ではちょっとした人だかりが広場に出来ている。
「聞いてきます。先に宿に行ってお待ちください」
アントンが御者をハンセンに代わってもらい、御者台から飛び降りていった。
彼の言葉に素直に従って、大森林に入る前にも世話になった宿に向かい、アントンからの報告を待つことにする。
荷を解き、少し遅めの昼食をとっている時に、アントンは帰ってきた。
「お待たせいたしました、皆様。先ほどの人だかりですが、どうやら大型の魔物が数体目撃されたようでして。数件の家畜と住人が数人襲われているようですが、討伐の依頼を出す出さないで住人たちが争っていたようです」
「なぜだ?緊急性のある討伐ならば、町長もしくは街長から申請すれば直接領主から補償金と見舞金が下りるだろう?私はそこを出し渋ったことは無いはずだが?」
「はい。ですが、その町長が、先出しする金を出し渋り、自分たちで討伐せよと言っているようでした。ちょっと聞き込んできましたが、中々の人物の様です。あとで、詳しくご説明しますが。ドルイド様、ここは出張って行かれる方がよろしいかと…」
「うむ。仕方ないな。住民に罪は無い、私が前に出よう。冒険者諸君にも付き合ってもらうぞ」
「構わないぜ?ちゃんと金が出るんだろ?」
「はい。もちろん、お手伝いしますよ」
「えぇ、冒険者としての当然の仕事ですね」
「楽しみじゃん?どんな奴なんだろう?」
「俺と従魔たちの活躍の場は、無さそうなんだけどなぁ…」
冒険者たちの性格の出る台詞であると、ドルイドは頼もしそうに笑う。
すぐにドルイドは宿を飛び出して、町長の住まう家までぞろぞろと厳つい面々の行進である。
途中、住民に道を尋ね、話を聞き、冒険者であると話し、安心感を与えて、少し遠回りしながらの道行きとなった。
ここの町民曰く、町長はそれなりに腹の黒い男であるようだ。
この街が大森林に接すると言う理由で、少々多く金を出していることが私欲に繋がってしまったらしい。
着任時は大人しかったそうだが、次第に横柄な態度になり、私腹を肥やすようになったと何人かが言っていた。
小悪党の域を出ない様だが、町民たちにしたら結構な問題である。
仕舞には、領主に直訴を申し出ると言い出したものさえいる。
何とか、自分たちが討伐後に報告するからと宥めて家に帰す始末だった。
町民から話を聞くための遠回りも終わり町長の家に到着すると、門番らしき二人がじろりとこちらを睨みつけてくる。
そんなものに怯えるような気弱なものは居ないので、つかつかと歩み寄り面会を申し込む。
強面のボイズを筆頭に冒険者を後ろに侍らせるドルイドは、門番たちにどう見えたのか、門番の一人がワタワタと家の中に入って行った。
「お待たせいたしました。旅の冒険者の方々。町長のマネリアと申します。少々、込み入っておりましてな。どうか、手短にお願いいたしますよ」
「初めてお目にかかる。私は、ドルイド・マーキス・デカルト。このデカルト辺境領の領主をしている。お見知りおきを」
領主本人からの嫌味なほど丁寧な言葉と仕草に、一気に顔色が変わる町長は見ていて滑稽なほどだ。
後ろに控える冒険者一同、必死に笑いを堪えて一様に口が横一文字になっていた。
「あ、あ、はい。お初にお目に…いや、大変な失礼を。申し訳ありません。どうか、ご容赦を…それで、あの、一体何用で?今は、ちょっと、あの…」
「わかっている。魔物が出たのだろう?私がここにいたことを幸運と思って、私に預けて貰おう。後ろに控えるのは、我が友人であり、我が国きっての特級冒険者「大戦斧のボイズ」率いる冒険者たちだ。幸運だな?」
「は?え?はぁ…あ、はい。もちろん、お願いいたします」
「緊急性の高い案件だと、既に住民からは詳細を聞いている。すぐに彼らに向かってもらおう。君は私と少し、ゆっくり話をしようじゃないか。大森林の最近の動向も聞きたいし、色々と有用なことが聞けそうだ」
にっこりと領主としての笑顔を向けるドルイドに対し、町長は喉をゴクリと鳴らす哀れな子羊の様であった。
従者のアントンのみをドルイドの傍に置いて、ボイズたち冒険者一行は住民たちから聞いていた目撃場所に向かって町を出る。
その間、研究者一行は宿屋で待機だ。騎士2人もそこらの一般人に負けるような腕ではないし、任せておいて平気だろうと軽く放置である。
町から程なくの場所にある丘の窪みに、魔物たちは居た。
特殊個体と思われる緑色の巨大なキングオーク、赤い鱗と金の瞳を持つドラゴノイド、巨大に成長した亀形のランドタートルの3体だった。
なぜこんなにも単独行動の魔物が仲良く集まっているのか、何とも不思議な光景であった。
「なんで、集まってんだ?あそこになんかあるのか?」
「さっぱりわかりませんね」
「ねぇ、あの魔物たち、似たような飾りしてる」
「足首のアレだね。色は違うけど、確かに似てるね。誰かに使役されてるのか?」
「あんなのを使役するなんて、一匹でも聞いたことないよ…どんな奴だよ」
「でも、あれだけ大人しいと、使役されていると考えていいんじゃないですか?」
「あぁ、あいつらが喧嘩せず大人しく座ってるなんて普通じゃないぞ」
「どうする?襲われた人が居るなら問答無用で討伐だよな?」
「ハンセン、お前、あいつらを使役してるやつを探せ。ハインケル、隠ぺい魔法掛けてやってくれ。従魔たちにも」
「わかりました。頼みますよ」
淡く光る自分たちの体を見下ろしてから、すっと気配を絶ってハンセンと従魔たちは景色に紛れていった。
「奴らが戻るまで、ちょっと待機だな」
「えぇ」
「早く帰って来ないかな?早く戦いたい。倒したら魔石はこっちのもんだろ?売ったらいくらになるかな?」
「ルー姉…まだ、行ったばっかりだよ?でも、高く売れそうだよね」
案外と、緊張感の無い面々だった。
「ねぇ、おっとぉ。今回は、私も前衛に出てもいい?最近補助ばっかりだったから、全力で戦いたい」
「いいぞ?俺とルー、エリカで一匹ずつにするか。ハインケルには負担になるだろうが、エリカは自分で強化できるし、大丈夫だろ?」
「構いませんよ。エリカは、後衛としてとても優秀ですが、ちゃんと戦える子ですし」
「エリカ、どっちが早いか勝負する?勝ったら、砂糖菓子でどう?」
「いいよ?じゃ、私、キングオーク貰う」
「なら、俺がドラゴノイドだな。ルー、亀をよろしくな」
「えぇ!あいつ、めんどくさいのに…エリカはともかく、ボイズの旦那は私に楽な方譲れよ…」
「だめだ。お前も、ちょっとは真面目なところをエリカに見せてやれ」
「ちぇ~」
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