side 海&陸(1)
海と陸はずっと姉の空に近づく人間を、ときに懐柔し、ときに脅し、ときに暴力を振るって排除してきた。
空は、コロシのセンスは図抜けているのにそれ以外はどこか間が抜けている。コロシが係わってこない、日常では特に、そのコロシのときには冴え渡る勘はまったく役に立たないように見えた。
海と陸は空が嫌いだから彼女を孤立させているのではない。彼女を守るためにはそうするしかないと思って、暗躍しているのだ。
空の様子は先述の通りであるから、この弟たちの異常な行動を彼女は知らない。海と陸も特段知らせるつもりはない。
一応、ふたりも一般的な善悪の観念くらいは知っているので、己たちの行動が褒められたものではないという認識はあった。本当に、「一応」とつくていどの認識であったが。
その行動の始まりは、ふたりともよく覚えている。金に困った三人の両親が、空をペド野郎に売ろうとしたときに、ふたりのその執拗な行動は始まった。無条件に空とずっといっしょにいられるものだと、海も陸も思っていたが、それはどうも違うらしいということに気づいた転機でもあった。
空とずっといっしょにいるには、どうやらなにかしらの「努力」をしなければならないのだと、海と陸は幼心に理解したのだ。
そしてふたりは両親を殺し、なにも知らずにやってきたペド野郎も殺した。だがそれは今ふたりが思い返しても早計であった。両親はともかくも、問題は空を買おうとしたペド野郎にあった。このペド野郎は雲雀組と繋がりがあったのだ。ヤクザはナメられたらおしまいで、メンツというものを重視する――ということを、海も陸も、このときに嫌というほど知った。
だからそれは、彼らなりの報復ってやつだったのかも知れない。空もまとめて便利なコロシの道具に仕立て上げる。何回か使えるならそれでよいし、壊れても別に困りはしない――。換えのきく道具というのはそういうものだ。
だが、三つ子は今も生きている。生き残っている。途中、空を血尿が出るほど蹴った教育係をふたりが殺したこともあったが、なんやかんやと生きている。
紆余曲折あって、雲雀組の跡取りと目されている恵一郎の直属に置かれてからは、狂犬のようなふたりもずいぶんと大人しくなったと言われている。が、実のところ海も陸も、なにも変わってはいない。ただ恵一郎は話が通じるだけの頭がある人間だから、この男に組しているフリをしているほうが得だと、今現在のところふたりが判断しているだけにすぎない。
それよりも恵一郎の下にいれば、空が理不尽に虐げられることはないらしいということが大きい。恵一郎も柔和な物腰をしているがヤクザものである。それでもかつての教育係のように、三つ子に暴力を振るうことはなかったから、ふたりは「話が通じるようだ」と判断したのだ。
恵一郎も恵一郎で、長いことヤクザとは無縁の世界で暮らしてきた人間であるから、有用な手駒は多いに越したことはないと考えているのだろう。一応、三つ子のことを尊重して、義務教育終了後も高校に通わせるなどしてくれている。
やっと手に入れた安寧。空も、余計な友人を作るという行為をしなくなって久しい。空はロクでなしばかりを引きつける性質があるのか、彼女が友人だと思い込んでいた相手は、他人を一方的に利用したり、搾取することしか考えていないような者ばかりだった。だから海と陸としては、空には余計な友人など作って欲しくはないわけである。
だが日常に身を置いているあいだの空は、やっぱりどこか抜けている。
鳥飼かもめ。新しくできた年下の友人だという女は、空を踏み台にして海と陸に近づく気満々の人間であった。
初対面の時点で海と陸に目を奪われ、見とれていたのは丸わかりだった。海も陸も、己の容姿が一般認識では優れているということをよくよく理解していた。それに惹かれるのは別にいい。勝手にすればいいと思っている。けれど、空が絡むとなると別だ。
したくもない会話をして、やりたくもないスキンシップをすれば、かもめの本性はすぐに暴けた。
「じ、実は先輩たちのこと前から知ってて……! お近づきになれたらなって思っていたから……こうしてお話できてうれしいです!」
かもめは、海と陸に下心を持っていて空に近づいたのだろう。ふたりは当然のように、空をないがしろにされたと感じた。そしてそれは許しがたい暴挙だと思った。
空がこんな女のことを友人だと思っているのにもムカムカした。しかしまずはかもめの処遇をどうするかである。空を踏み台にした罪は重い。だから、ふたりは空の人生からかもめを速やかに退場させることにした。
恵一郎と顔見知りのオーナーが経営するラブホテルにかもめを連れ込む。かもめは、戸惑いながらも内心では喜んでいることは明らかで、海も陸も笑顔を浮かべながらその裏では汚物を見たかのような気分になっていた。
「かもめちゃん、これ食べて?」
「え、なんですか、これ……?」
「気持ちよくなれるお菓子だよ♡」
「口開けろ」
陸が強引にかもめの口を開けさせる。海は目で「はやんなよ」と伝えたが、陸はちらりと兄を見ただけでなにも応えなかった。
しかしかもめはふたりが思っている以上にこちらに熱を上げているのか、あるいは頭が弱いのか――両方か、海が差し出した錠剤をすんなりと口にする。海も陸も、そんなかもめを内心でせせら笑うより先に、呆れた。
錠剤は――もちろんドラッグだ。セックスドラッグと言われる類いのもので、効果が出るまで海も陸も、テキトーに会話を引き伸ばしたり、嫌々ながらスキンシップを取ったりした。
そのことにかもめは気づいているのかどうかまではわからない。ただ、期待に満ちた目でちらちらとふたりのあいだで視線をさまよわせていることはわかった。
――あー、オレらとセックスしたいんだな。
海は改めてその事実をつきつけられて、吐き気を覚える。海も、当たり前だが陸も、そんなことをするために今日ここにいるのではなかった。
たしかに、テキトーにセックスをして、動画でも撮って脅すという方法もあった。しかしそのていどではふたりの鬱憤が晴れるわけがなかったし、かもめとセックスをするなんて、死んでもごめんだった。
「んっ……」
海がかもめの肩に触れれば、彼女の口から悩ましい吐息が漏れ出る。どうやらドラッグが効いてきてようだ。海は陸に視線を送れば、今度は弟も視線で応えてくれた。
「あ、あの、さっきの……」
「んー? ……あれ、ね。かもめちゃん、絶対ヒミツにしててくれるー?」
「あの、あの、ひみつにします。はい……」
「本当か?」
「ほんとう、です。だれにもいいません……それで、あの」
「うんうん。かもめちゃんはやさしーね♡ じゃ、やさしいかもめちゃん。オレらと遊んでくれるー?」
海が一押しすれば、かもめは赤い顔を上下させてうなずいた。
そのうなずきが終わるか終わらないかというタイミングで、陸がかもめの横っ面を殴りつける。かもめの華奢な体が、ベッドに沈んだ。
「え? え? え?」
かもめは涙を浮かべながら、殴られた頬に手をやっている。本気で、なにが起こったのか――なにが起ころうとしているのか、わからないという顔をしていた。
「……俺らと遊んでくれるんだろ? 逃げるなよ」
陸は素早くかもめに馬乗りになった。かもめの潤んだ瞳が恐怖に染まる。陸は海ほどぺらぺらとおしゃべりをしない。そのぶん、鬱憤を溜めやすいのか、爆発したときは兄である海にも制御は不能なのだった。
「かもめちゃん、ドラッグってわかってたんだったら飲んじゃだめだよー? ……って、もう聞こえてないか」
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