第6話 春雷と共に6

 「その履物でよくここまで来たものだ。常に想定外の事態のことも考えるべきだろう。」


 


 馬鹿め、と言われている気がした。男の言葉には、そういう意味が含まれていたように感じる。


 


 「仕方なかったのよ。でも、私、歩けるわ。下して。」


 


 そう抵抗するも、男は無視して、私の顔に布のようなものを掛ける。いよいよ命を奪われるのではないかと雷とは別の危険性を感じる。


 


 「埃っぽくて悪いが、ないよりはましだろう。」


 


 言い終わる前に、視界が覆われ、体が揺れる。目で見て確認はできないが、男は、きっと獣道を戻っているのだろう。バキバキと木の枝が折れる音が雨音、雷鳴に交じって耳に入る。どこに向かっているのか聞きたかったが、急ぎ足で進む今のこの男に何を言っても無駄だろうと半ば諦める。甲冑を着ているので、きっと右軍、左軍どちらかに属する者だろう。だからといって易々と信じるわけにはいかないが、見知らぬ土地で出会う人間よりかは信頼はできるだろうと、自分自身を説得する。思考を巡らせているうちに、男の動きは止まる。そして、扉が開く音がしたと思うと、浮遊感はなくなり、私を下したことがわかった。視界を奪っていた布を取ると、そこは見知らぬ部屋の中だった。




 「ここって……?」


 


 「右軍の基地内にある待機所だ。安心しろ他の者は、いない。早々と移動した。」


 


 「……そう。どうしてあんなところにいたの。」


  


 「……たまたま通りかかったら、お前が立っていたんだ。これからは天気を見た方がいい。この時期の、春雷は、危険だ。何人も自然には敵わない。」


 


 男は、静かにそう話す。改めて姿を見ると頭上で結った長い髪は私以上に濡れ、水が搾れるほどに滴り落ちている。青白い肌は、寒さのせいか、男の生まれ持ったものなのか、判別できなかった。


 


 「直に止むだろう。ここなら雷が落ちる危険性も少ないし、獣に襲われることもない。落ち着いたら帰ることだ。」


 


 「ちょっと。」


 


 待って、そう言おうとしたが、私の言葉を遮るように男は、小屋から出て行く。一体、男は誰だったのだろうか。桃は、この場所がわかるだろうか。外の様子を見るために、腰を上げる。爛が被せたてくれた外套のおかげで身に纏っている衣は、最初に雨に打たれてからそれ以上に濡れてはいなかった。扉を開けると、外の雨は、相変わらず激しく降っていたが、雹は混じっていなかった。

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