滅紫の暗殺教師〜その男、ただの暗殺者にあらず〜

ふぃるめる

プロローグ 数奇なめぐり合わせ

 夜の帳が降りたフリースラント王国の自由交易都市オルデンブルク。

 自由交易都市と言えば聞こえはいいが夜半を過ぎれば、無秩序と混沌が溢れる無法地帯。

 フリースラント王国内で禁じられたはずの奴隷制度は残り、違法賭博、強盗、強姦、殺人は日常茶飯事。

 国が法で取り締まらないのか、と声を上げようものなら王国によって処罰されるブラックボックス。


 「件の貴族の屋敷ってのはあれか」

 

 そんな都市で暗殺稼業に手を染めてから十年、どうやら暗殺稼業が天職なのか未だに生きているし部下だってできた。

 そんな俺の名前はアレン・イングレイ。

 今夜の仕事は、郊外の邸宅で行われる貴族子女の売買を止め、誘拐された貴族子女達の身柄を奪還することだった。


 「随分とお仲間を集めたみたいですわね」


 ニコッと微笑んだのは部下のイリス・バルフレア。

 聖女然とした装いで暗殺に臨む彼女の職業は裏の界隈では鮮血聖女ブラッディ・マリーなんて呼ばれ方をされている。


 「いくら集めても無意味……」


 そしてもう一人が三ヶ月前に部下の代わりで配属された少女、フィリス・ストラスアイラだ。


 「まだ気づかれちゃいないらしいが……探知用の魔道具レガリアはあるか?」


 最近になって軍需企業が生産を開始した小型の偵察用魔道具。

 それらは、定点に配置することによって探知用としても活用されていた。


 「私の魔眼では周囲二百メートルに、それらしき反応は一切ありませんわ」


 イリスは瞳に探知魔法の魔法陣を転写させ周囲を見回した。


 「結界もなし、探知魔法用の魔道具レガリアもなし。随分と舐められたものだな……」

 「挨拶……する?」

 「そうだな。一つド派手なのを頼む」  

 「うい」


 フィリスの攻撃の混乱に乗じて突っ込む。

 あの程度の相手なら作戦も不要だろうからな。


 「魔力解放オープンマギナ、魔力充填率、50%…70%…90%…」


 フィリスは愛用の魔道具レガリアであるライフルに魔力を注ぎ込んでいく。


 「100%……【爆発炎弾バーストバレット】!!」


 そして眩い射撃炎マズルフラッシュとともに一条の光が放たれた。

 

 「て、敵襲!」


 屋敷の守りを固める護衛達が騒ぎ出したが既に遅かった。

 【爆発炎弾バーストバレット】が着弾とともに大爆発を起こした。

 フィリスの使うライフルはパーカーヘイルといい、魔力増幅と弾道調整機能による威力増幅と高い精度による命中率向上の機能があった。


 「イリス、行くぞ!」

 「今夜はどれほど鮮やかな血が流れることか、想像しただけで昂ってしまいますわ!」


 飛行魔法の一つ、【飛翔ウィング】を無詠唱で発動し【爆発炎弾バーストバレット】の着弾地点を目指す。


 「お姫様になったような気分ですわ!」


 【飛翔ウィング】の使えない(自己申告に基づく)イリスは俺の腕の中から熱っぽい視線を送ってくる。


 「着いたぞ」


 さっさと戦闘に移行するべく俺はイリスを放り出した。

 着地したのは敵の真ん中。

 目的は敵に魔導銃を使うという選択肢を捨てさせ剣での乱戦に持ち込むためだ。

 敵からすれば味方を誤射することになるから魔導銃を使うことは倫理的に成立しない選択肢となる。


 「何という雑な扱いですの!?で、でもこれはこれで……堪らないですわ!」


 M気質の強いイリスは頬を赤らめて体をクネクネさせた。


 「さっさと仕事しろ。背中は任せた」

 「しょうがないですわね」


 イリスは屋敷の護衛達の方へと向き直った。


 「私と彼との逢瀬を邪魔する命知らずの皆様、御機嫌よう。そして永遠におやすみなさい」


 淑女然とした挨拶をするイリスはスカートを捲り上げると両太腿のレッグホルスターから二丁の魔導拳銃を引き抜いた。

 そして何の躊躇いもなく引鉄を引いた。

 鋭い射撃音とともに撃ち出された魔弾が狙い違わず敵の眉間を貫く。

 ものの十秒程度で三十余の骸が出来上がった。


 「弾倉が空になってしまいましたの」


 恍惚とした表情で彼女は屍を見つめた。

 弾倉内の魔弾、二丁合わせて34発を全て撃ちきったイリスはレッグホルスターに魔導拳銃をしまった。


 「弾切れだ、今を狙え!」


 護衛達は、それぞれの得物を握って突貫してきた。

 だがそれは予想の範囲内。

 俺は空間魔法の一つ、【時限遅延ディヴェロシティ】による一定空間を流れる時間への干渉を行った。

 もちろん対抗出来る魔法はあるが、行使できる人間の少ない空間魔法を常に想定して対策している人間などこの世界にどれほどいるのだろうか。

 十倍にも引き伸ばされた間遠いとも思える時間の中で、しかし護衛達にできることはない。

 スロー映像の中に自分だけが送り込まれたような感覚。

 攻撃と攻撃の合間を縫って移動し、的確に刺し殺していく。

 十倍に引き伸ばした時間の中では十数人の攻撃を捌くことは容易だった。

 

 「お見事ですわね!」


 背中を預けたイリスは、返り血で服を朱に染めながらもにこやかに笑っていた。


 「五十人は片付いたか」


 エントランス前は、寸刻の殺戮で酷く汚れていた。


 「さて次は人質の解放だな」


 腐敗した貴族どもからすればこれ以上魅力的なものがない貴族子女という垂涎ものの商品。


 「誰だ貴様ら!?」


 屋敷の使用人が剣を抜いて誰何すいかしてきたのでとりあえず斬り殺した。

 そのまま廊下を突っ切り最奥の部屋の扉が視界に入る。


 「任せて」


 後ろから追いついてきて小声でそう言ったのはフィリス。


 「【爆発炎弾バーストバレット】」


 派手な火属性魔法の一撃で、部屋の前にいた連中を扉ごと吹き飛ばす。

 そのタイミングで飛剣を周囲に展開させてぶち抜いた壁から部屋へと飛び込んだ。


 「商品を守れ!」


 髭面の貴族らしい身なりの男が叫ぶのを視界の端に捉える。

 すぐさま飛剣を男の首元に走らせた。

 飛剣を維持しつつ俺は、【飛翔ウィング】の魔法を行使して捕らえた男の背後へと移動した。


 「お前がこの巫山戯た集まりの首謀者だな?」


 男は喉元に突き付けられた飛剣を前に黙りこんだまま俺の問いには答えない。


 「生殺与奪の権は俺が握っているが?」


 支持の内容には生きた状態での貴族連中の身柄の確保も含まれている。

 よって殺すつもりは無いが脂ぎったその首元に軽く剣を押し当てた。


 「こ、降伏だ!」

 

 男は素性を隠すための仮面を外した。

 確認した顔は、事前情報による人身売買の首謀者、ブレアソール侯爵で間違いなかった。


 「武器を捨てて投降せよ!ブレアソール侯の身柄は捕らえた!」


 俺の言葉に、イリスやフィリスと戦闘を行っていたブレアソールの私兵は武器を床へと置いた。


 「二人は護衛と貴族どもを縛り上げろ」

 

 屈辱を滲ませた貴族達の視線が俺に集まるがそんなことは知ったことじゃない。

 俺はステージの上で可動式の台から伸びる柱に縛り上げられた貴族令嬢達を解放していく。

 深いスリッドの入った露出の多い扇情的なドレスに着替えさせられた令嬢たちは、泣きながら解放されていく。

 そんな中にただ一人、


 「ありがとうございました!この御恩は必ずお返しします!失礼ですが……その…お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 礼を言ってくる者がいた。

 名前か……表の世界に出れば指名手配は免れないほどに殺しを重ねた俺に名乗る権利などないし、そんなリクスは犯せない。


 「そんな大層な身分じゃないんでね、名乗る名前はない。ほら、さっさと行け」


 身柄の引き取りは同じ組織の別の連中がやってくれる手筈になっているから、と俺は少女の背中を押した。

 

 「んもぅ!せっかく女の子がお礼したいって言ってるのにそれを無為にするんですね!?」


 少女はむくれ顔で言ったが俺は無視、他の令嬢たちの縄を解いていく。

 

 「必ず見つけ出してお礼させてもらうですから!」


 ようやく諦めたのかそんなことを言い残すと少女は他の令嬢達とともに去っていった。


 ◆❖◇◇❖◆


 ブレアソール人身売買事件から五ヶ月の月日が流れた頃―――――。

 

 「前任のアマハガン先生の引き継ぎで今日からこのクラスを受け持つことになる、フォレス・ヴェンロマックだ。よろしく」


 俺は、三年間に渡る長期任務のために王立ロイヤルブラックラー魔法学校に教師として赴任することになった。


 「え、すごいタイプかも……」

 「声聞いただけで孕んじゃいそうっ!?」

 「なんだあのイケメンは……俺達男子の敵だ!」


 にわかに騒ぎ出す生徒たち。

 教壇に立ち生徒たちを前にしての挨拶を終えたところで、俺は熱っぽい視線に気付いた。

 視線を送ってきた女子生徒を見たとき俺は、この後に想定される面倒な事態に頭を抱えた。

 何しろ、その女子生徒は俺の護衛対象であり五か月前の事件の際に言葉を交わした少女だったのだから―――――。



 †ご挨拶†


 まーた完結させずに新しいシリーズを書き出してしまいました、と作者のふぃるめるです。

 思いついたら書かずにいられないのでそこのところは、申し訳ない限りです。

 さて、お気づきの方もいると思いますが、本作の登場人物は、主人公を除き登場人物はスコッチ・ウイスキーの名前で固めております。

 その辺も合わせてお楽しみいただければ幸いです。

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