52話 格好良い主人公に
「ぼ、僕は‥‥‥。やっと‥‥‥やっと会えたのか‥‥‥!」
ハーレは、何かギリギリに張りつめたものが一気に崩れるようにボロボロと涙をこぼし出した。その姿はとても死神と呼べるようなものではなく。もはやただの青年である。ヒロトは
「あの時、僕はずっとあなたたちを探していた‥‥‥」
――一年前、魔王軍幹部が襲撃した数日後のこと。ハーレは街の掲示板に追放処分者としての自分の名前を見つけた。彼は追っ手から逃げながら、ヒロトとシエルを必死に探した。その二人なら、自分が咎められるべきでないことを証明してくれると信じていたからだ。
しかしとうとう二人とも探し出すことができなかった。
ハーレは国王により言いがかりをつけられ、"災いを呼ぶ死神"として国外追放された――。
「久しぶりだな‥‥‥ハーレ」
ヒロトの声。フードで前がよく見えてなかった時から聞こえていたはずの声なのに、それがヒロトであると分かって、ハーレは感激のあまり膝から崩れた。
ハーレの下に、セシリーが歩み寄った。そしてハーレの目線に合わせてしゃがみこむと――
「あなたのせいでどれだけヒロト様がご苦労なさったか、その小さい脳で理解できますか? 今あなたがすべきこと、それは死んで詫びるという――」
「ちょっと待てセシリー、今は空気を読んでくれ」
ハーレの下に、ターギーが歩み寄った。そしてハーレの目線に合わせてしゃがみこむと――
「おまえのおかげで俺はガッポリ稼げる働きができた。だがまだ足りん。もっと俺の労働が増えるように暴れまくって――」
「ちょっと待てターギー、人の話聞いてたか?」
ヒロトはセシリーとターギーをひとまずハーレから引き離した。
ハーレの涙は感激から後悔へと色を変えていた。
「僕は判断力を失っていた。全てがどうでもよくなったことさえあります。――そこに、死神は語りかけてきた。"全部壊してしまおう"と。気づけば僕は大量の怨念と、自分の恨みだけで行動していた。酷いことをしてしまった‥‥‥」
話を聞きながら、ヒロトは"死神"という言葉に疑問を抱いた。それはハーレの心の中の問題なのか。それとも何か別の――――。
しかし今はそんなことよりも、伝えなければならないことがある。
「悪いのはお前じゃない。お前を差別してきた王国の住人、根拠もなく追放処分を決めた国王。――そして、あの時お前を助けてやることができなかった俺だ」
ハーレの泣き顔を見て、ヒロトは表情を暗くした。ハーレの追放が決まった時、ヒロトは既に王国内に居なかった。自分の知らぬ間に知り合いがこうも苦しんでいた。それなのに当時、ヒロトは自身のことで精一杯だった。
それを今ハーレに話したところで、言い訳にしかならないから。
「すまなかった‥‥‥」
ヒロトはその一言にまとめる他なかった。ハーレは涙を拭って首を横に振った。
「‥‥‥いえ、ヒロトさん。あなたには感謝しています。ついさっきまで暴走していた僕を止めてくれたのだから」
ハーレが
「ハーレ‥‥‥」
「――王国に進軍している
アズサが問うた。向こうの様子は映像で確認できるが、アズサにはそれだけの魔力が残っていなかった。
「僕にあれほどの
「面倒な後始末の必要はないのだな。幸いウチは勇者一党や国王を好意的に思っていないので、まぁ
アズサは悪巧みするように笑んだ。
「あんたの方がよっぽど魔王軍幹部に向いてるよ‥‥‥」
ヒロトは呆れたように呟いた。
「――――――――う゛っ!? ‥‥‥がぁっ!!!!」
突然のこと。ハーレが形相を変えて悲鳴を上げた。
「ハーレ、どうしたんだ!?」
ヒロトが声をかけるがハーレは答えず、その場に踞ってしまう。問いかけに答える余裕がない。アズサがハーレの顔色を覗き込んだ。
「――幹部殿。この青年、様子がおかしいぞ」
ハーレの呼吸は荒く、その肌は
やがてハーレの身体からは
そしてその信じがたい事象に、一同は目を見開いた。
黒い粉は湧き出るにつれて、ハーレの身体を削り取っていた。まるで熱に晒されて溶けていく氷のように。
「おい、しっかりしろハーレ!! 何が起こってるんだ!?」
ヒロトがどんなに叫ぼうと、ハーレの身体が蝕まれていくのは止まらない。
ヒロトの脇下から、脱力したハーレの右腕がぶら下がっている。アズサはそこに"奇怪な模様の印"を見つけた。悪戯にできたとは思えないほど、ハーレの二の腕に確かに焼きついている。
「‥‥‥彼は何か、"呪い"に侵されているのかもしれない」
「呪い? 何の呪いだ!? どうすれば呪いを解ける!?」
「‥‥‥ウチも見たことのない呪印だ。そもそも呪いかどうかも判然としない」
セシリーはハーレの腕に刻まれた印を見つめ、眉をひそめる。
「この模様、どこかで‥‥‥」
微かに見覚えを感じるが、思い出せない。
「‥‥‥あぁ、これは神様からの罰なのでしょう‥‥‥」
ふとハーレがそんなことを言い出す。
「何訳の分からないことを言ってるんだ! 誰か、ハーレの異常を治せる奴は!?」
居合わせる者たちを何度も見回しながら問うヒロトだが、誰も応えられず、見たことのない異常に戸惑っていた。
「もう‥‥‥いいですよ、ヒロトさん。僕は死神の手を取ってしまった。元通りにはなれない。この身体は、滅びる‥‥‥」
顔面の一部が削れてしまっているハーレの言葉。原因不明の事象だというのに、ハーレはもう、落ち着いて自分の運命を受け入れていた。
ヒロトは諦めたくなかった。
「過去に俺はお前を助けてやれなかったじゃないか。こんな過ちを繰り返す訳には‥‥‥!!」
黒い粉が溢れるのを必死で抑えるヒロトに、ハーレは微笑んだ。そしてあの日、ヒロトらに助けてもらった時のことを思い出しながら、力を振り絞って言う。
「あなたは過ちを犯してなんかいない。もう僕はあなたに助けられた。だから、そんな怖い顔しないでください。‥‥‥わがままかも知れませんが、最期は、あなたの笑顔の前で過ごしたい」
ヒロトは一瞬目を丸くした。掠れかけたハーレの言葉。もう存在が消えてしまうというのに、ハーレはヒロトの腕の中で微笑んでいる。まるでそれが、本望であるかのように。
それで自分は、こんな醜い表情で居て良いはずがない。ハーレにとって、最期の景色がこんな自分であって良いはずがない。ヒロトは、自分が一人の人間の最期に立ち会うということの意味を理解した。
今、本当に自分がすべきことを、ようやく理解した。
そして、表情を明るくして見せた。
「ここであなたに会えて良かった。そうでなければ、きっと誰も僕を止めることはできなかった」
「あぁ」
「僕は、あなたとの約束を果たせなかった‥‥‥。格好良い主人公に――。それだけが‥‥‥心残りです」
ヒロトはすぐに首を横に振った。
「――いいや、お前は一人でよく闘い続けた。立派に格好良い主人公してるよ」
ハーレはそれを聞くと、忽然と数年前ヒロトらに助けられた後のことを思い出した。自分の
その様子をヒロトが直接見ていた訳ではないが――――。
最後はこんなにも落ちぶれてしまったが――――。
ハーレは、ヒロトに格好良いと言って貰えたことが嬉しくて、誇らしくて、思わず涙が溢れてくる。
「‥‥‥良かった。ありがとう。本当に、ありがとう――――」
ヒロトの腕の中で、ハーレは散った。
薄暗かった森の中。いつの間にか、木葉の隙間から穏やかな日の光がまだらに差し込んでいた――。
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