第356話:仇

 セネカは静電気発生魔具を使い、身体に雷を纏った。

 もう夜だが、光がバチバチと弾けて周囲が明るくなる。


 オークキングがこちらを見ているのが分かる。

 この攻撃の脅威度を感じたのだろうか。


 セネカは針刀を構える。

 ルキウスがオークキングの左肩を切り落としたのを見てから飛び出した。


 いまだにオークキングの大剣の能力は分からない。

 見た目や威圧感の割りには普通の剣のように使われているけれど、どうにも隠された能力があるように思えてならなかった。

 だが、相手がそれを秘めるというなら、そのまま倒してしまっても良いだろう。


 雷の性質を纏ったままで、セネカは針刀を振りかぶる。

 これまでだったらオークキングの傷は瞬時に癒えていたが、セネカが近づいたことでそれが止まった。


 オークキングが狼狽えたのを確認して、セネカはオークキングの首を斬りつけた。

 その瞬間落雷のような轟音が鳴り響き、オークキングの肩から上が吹っ飛んだ。


「ガイア!」


 セネカは叫び、その場から離脱した。

 即座にガイアの魔法が飛んできて、オークキングに直撃する。


 セネカは全力で【縫う】を発動して、感知できる全ての魔界の口を閉じた。


 今度こそ魔力供給を防ぎつつ、粉微塵にできたのではないかとオークキングが立っていた場所を見つめる。セネカが見える範囲には何も残っていなさそうだ。


 念のためとばかりにルキウスの【神聖魔法】が飛んできて、辺りが青白い光に包まれた。これで終わりになっただろうか。


 雷の纏いの能力は電磁干渉と魔力電離だ。セネカは便宜的に電磁場と呼んでいるが、この力を使うと魔力の流れが乱れて魔法の発動を妨害することができる。加えて、攻撃に炸裂性が付与されるため、大型の魔物に対してもかなりの傷を負わせられるようになるのだ。。


 この能力を活かしてルキウスとセネカの連鎖攻撃で隙を大きくし、オークキングを塵にしてしまう作戦だった。


 セネカは次々に生じる魔界の口を閉じ続けながら、今度こそうまくいったのではないかと考えていた。


「再生しているわ!」


 しかし、マイオルの声が聞こえてきた。

 顔を見ると力無く首を振っている。


「セネカ、一旦戻ってきて」


 セネカは頷いてみんながいるところに戻った。


 ガイアやルキウスの魔法でオークキングを追い込んだのは一度ではなかった。攻撃を強くするほど再生までの時間は長くなるのだが、消滅させることはできなかった。


 埃のような状態にはできるのだが、そこ止まりになってしまう。物理法則を完全に無視している気もするのだが、この場所は特殊なのだろう。


 モフが綿で絡め取ったり、ガイアが二連続で【砲撃魔法】を当てたりしてもオークキングは死ななかった。


 今のところ一番効果があるのはルキウスの【神聖魔法】だが、それでも結局再生されてしまう。封印でも良いのだが、それも難しいようだった。


「さて、どうしましょうか」


 オークキングから目を離さないようにしつつ、みんなで次の策を考える。


 いまの作戦はマイオルが二回目の[しるべ]を発動して立てたものだったけれどうまくいかなかった。ガイアの【砲撃魔法】も[榴弾]を合わせると今日はあと三発だ。


「遅延作戦ではなくて討伐に舵を切ったけれど、打てる手が限られてきてしまったわね」


 マイオルが困ったようにそう言った。

 どうすれば良いかとみんなで考えを伝え合う。


 そうしているうちにマイオルが伝令が来ていると言った。

 議論を中断して再びオークキングに目を向ける。まだ再生中で、目に見えないほどの大きさだった。


 さっきの報告によれば、バエティカの防衛はまだ持ち堪えているらしい。

 明日には王都から応援が来るかもしれないと言われているので、予断は許さないものの希望はあった。


 ちらっと後ろを見ると小さな灯りが見えてくる。伝令の人が来たのだろう。


 オークキングはどんな状態かと視線を戻すと、そこにはいつの間にか完全に再生を終えたオークキングが立っていて、大剣を地面に刺していた。


「みんな、防御!!!」

「避けて!」


 セネカが声を上げると同時にマイオルも叫んだ。


 セネカは反射的に[まち針]を出せるだけ出して、簡易の防御壁を作った。

 たまたま近くにいたルキウスがやってきて[まち針]を【神聖魔法】で強化する。かなり強固なものになった。


 身を隠した瞬間、オークキングの大剣にあった長い棘が爆発的に伸び、辺りのものを突き刺した。


 これくらいなら大丈夫だろうとセネカが思った時、悲鳴が聞こえてきた。それは聞いたことのない声だったので、伝令の人のものかもしれなかった。


「逃げて!」


 マイオルの叫び声だ。


 何があったのかと声の方を見ると、マイオルとモフが身を挺して伝令を守っていた。防御手段に乏しかったガイアとプラウティアにも棘が刺さっている。


 オークキングとみんなの間には綿の壁が出現している。モフは【綿魔法】を発動したようだが、咄嗟だったので十分な密度にすることができなかったのだろう。


「私が引きつける!」


 セネカはオークキングの方に走った。

 ドルシーラに作ってもらった保管具を開けて氷に触れ、纏いを発動させる。

 即座に自分の空間とオークキングの背後の空間を縫って、瞬間移動する。

 魔力を大量に消費する技だが、体外の魔界由来の魔力を使えば問題ない。


 オークキングの周りを刺繍魔法で取り囲み、延びた棘を一掃する。

 針刀を身体に刺し、気を引きつける。


 こちらを見たオークキングの表情は先ほどとは違っていた。

 目は爛々としていて醜悪な笑みを浮かべている。


 その様子を見てセネカは悟った。罠に嵌められたのだ。


 オークキングはこちらの攻撃が決定打になり得ないと確信して、ずっと好機を狙っていたのだろう。しかも定期的に伝令が来ることを承知で、それを囮に使えば攻撃が通ると分かっていた。


 本当は瞬時に再生できるのに、だらだらと長引かせていたのもこちらを油断させるための芝居だったのだ。


 セネカはオークキングを斬りつける。

 腕を落とし、足を削ぐ。


 攻撃をするたびにオークキングの表情は歪むけれど、こちらが焦っていることに気がついたのか大口を開けて笑い始めた。


 ただただ不快だった。

 罠にはまった小鼠を蔑むような笑い声にセネカは沸騰寸前になる。

 だが、いまは冷静に仲間を助ける時間を稼がなければと自分を必死に抑える。


 セネカは瞬間移動を繰り返しながらオークキングを斬りつける。

 肩、腕、足と順番に斬り落としていくが、オークキングはセネカを嘲笑うかのように即座に再生させていく。


 実力はこちらが圧倒しているように感じるが、敵の回復量を上回ることができない。

 もちろん、そう思わせられているだけかもしれないことは忘れない。

 何か突破口はないかと考えるが、オークキングは攻撃を受けることを承知で強く踏み込んでくる。

 今のところ被弾する気配はないけれど、この状態が続くとまずそうだ。


「セネカ、代わるよ。みんな傷は大したことないみたいだけれど、うまく身体が動かないって言ってる。様子を見て欲しい」


 次は何をしようかと考えている時にルキウスが戻ってきて、オークキングを蹴飛ばした。巨体が地面に倒れて砂埃が舞う。


 セネカが「分かった」と返事をすると、ルキウスは【神聖魔法】で檻を作り、多数の[剣]でオークキングを串刺しにしてから閉じ込めた。


 セネカはその様子を見てから瞬間移動でみんなのところに下がった。


「みんな大丈夫!?」


「セ、セネカ……」


 そこにいたのは身を屈めている仲間たちだった。必死に立とうとしているが無理のようだ。


 ルキウスの治療で傷は塞がっているようだが顔色は悪い。伝令だった冒険者はいなくなっているので逃したのだろうか。

 

 マイオルが口を開く。


「毒があったみたいだけれど、ルキウスのスキルで回復したわ。だけど、[破邪]でも消せない何かがあるみたいなの」


 セネカはマイオルの肩に触れた。

 体温が低くなっている。

 セネカはとりあえずみんなの身体に魔力糸を巻き、ゆるく火の魔法を付与した。


 地面に落ちている瓶を見るにみんなキト製の毒消しや浄化のポーションも飲んだようだ。それでも治らないとなると、戦闘中にどうにかするのは難しいだろう。


 明らかに調子が悪そうなのはモフとマイオルだった。二人とも伝令を守るために多くの棘が刺さっていたようだったし、そもそも肉体で守るような戦い方が得意なわけではない。守らなければという気持ちが先行して、反射的に動いてしまったのだろう。


「ごめん、セネカ。少しは補助できるが……」


 ガイアが口惜しそうに言った。

 セネカは首を振った。


「仇を取ってくるから、ゆっくり見ていてよ」


 あいつを倒す理由がまた増えた。

 そんな風に思って、セネカは敵の方を向いた。


 もう怒りを抑えることはできなかった。

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