第319話:事実と意味

 ガイアはモフと横に並び、泉を眺めている。


「色んなことがあったねぇ」


 モフがしみじみとそう言った。

 地面の草をちぎり、泉に向かって放っている。


「あぁ、本当に色んなことがあった……」


 ガイアも草をちぎって投げてみたけれど、風に吹かれて泉には入らなかった。


「ガイアさんはルキウスとセネカのことどう思っている? 黒龍の成れの果てと戦うことになるんだって話のことね」


「助けるつもりだ。だが、どうして行けばよいのかは分からないな。二人も困っているだろうが……」


 敵は明確になり、状況も分かってきた。


 次は白龍を探しに行くことになるはずで、その旅を続けながら力を磨いていく必要がありそうだ。


「僕も同じだよ。だけど何だか実感が湧かないなぁ。危機を感じてからでは遅いんだろうけど、まだ漠然としている感覚だよねぇ」


「そうだなぁ」


 ガイアは地面に手を当てた。

 陽が当たっていたからか少しあたたかい。


 世界や『機構』の危機とは何なのだろうか。

 この大地が朽ち果て、空が影に染まるようなことが起きるのだろうか。

 それとも、人が生きてはいけなくなるというような意味なのだろうか。


「みんなを守るために必要なのは、やっぱり戦闘能力だけじゃないよなぁって思う」


「私もそう思う」


 強い敵を倒せるようになっていくことは依然として大事そうだが、それ以外にも磨いてゆくべきことがあるようにガイアは感じていた。


「モフくん。本当に人が龍を倒せるのか? 元とはいえ、黒龍は人が対峙するような存在なのだろうか?」


 そう尋ねてみると、モフは苦笑した。


「戦ってよい相手だとは思わないよねぇ。だけど、龍がああやって言うんだからきっと僕たちにもできることがあるんだよ」


 先ほどモフが泉に放った草は、遠くに流れていったはずだったけれど、風に押されてこちらに戻ってきた。


「ねぇ、モフくん。プラウティアのことと、セネカとルキウスのことの違いって何なのだろうか?」


 ガイアは疑問に思ったことを聞いてみた。


 プラウティアは先祖から伝わる樹龍の加護によって力を得ていた。

 そして自分の預かり知らぬところで事態が動き、巫女として命をかけさせられる羽目になったのだ。


 長い時間が経過して、様々な出来事が歪められていたからこそ起きたことでもあるけれど、ガイアの視点では樹龍の話を聞くまでは全てが真実に見えていた。


 月の加護という得体の知れないものを勝手に贈られて、そして世界を救ってくれと上から言われる構図が酷似していると思ってしまう。


「違いはないのかもしれないよね。というより、違いは作っていくのしかないのかもしれない。僕たちとルキウス達たちで……」


 ガイアは深く頷いた。


 そしてもう一度大地のあたたかさを感じようと手を動かしたら、もっと良いものに触れてしまった。


「あっ」


 ガイアは驚いたけれど、そのままモフの手を握ることにした。

 思わず顔を見合わせると、モフはニコッと笑っていた。


「セネカを先頭にみんなが示し続けてきたことは、一つのことに集約されるよね。それは『事実は事実。その意味を変えるのは自分たちだ』ってこと、なのかなぁー」


 うんうんと頷こうとしたけれど、ガイアは錯乱して手をぎゅっぎゅっと握ってしまった。そして、少しだけモフの方に近づいた。


「それはもしかしたら変なことなのかもしれないよねぇ。頭がおかしいと思われてしまうのかもしれない。けれど、状況も状況でおかしいんだよなぁー」


 ガイアはちょっとだけモフの手を引っ張ってみた。

 話も聞きたいけれど、話さなくても良い気もしている。


 モフは少しだけ黙った後で、何かを差し出してくれた。

 それはあの時くれたのと同じ花だった。

 反対の手で作ってくれたのだろうか。


 ガイアは花を受け取って膝に乗せた。

 そして片手を前に出して[花火]を発動した。

 音もなく泉の上に開いた花は、綺麗だったけれどすぐに消えてしまった。


「私の花は、渡せないけれど見せることだけはできるんだ」


 その言葉だけで十分に伝わっただろう。


「ねぇ、ガイアさん。龍が言っていたよね。月は人のことを見ているのかもしれないって」


「あぁ、そんなことを言っていた」


 モフに握られた手が少しだけ小さくなった。


「僕は月に誓うよ。貴女のことを守るって……。こ、この人のことが好きだって……」


 ガイアはモフのことを見つめた。

 涙が流れて来るのが分かった。


「私も誓おう。私はモフくんのことが好きだ」


 ガイアがそんな風に言った瞬間、大きな綿が弾けて、天幕のように広がった。


「みんなに見せる趣味がある訳じゃないからね」


 ガイアが聞いたところによれば、グラードンを筆頭に、面白がったみんなが近づいてきていたらしい。


 セネカとマイオルの頭の上には、二匹のウミウシがいたとか、いなかったとか……。




◆◆◆




 後に伝説と評されるパーティ『月下の誓い』の攻防の要となったのは、『榴火』ガイアと『巧妙無比』モフだ。


 ガイアのスキル【砲撃魔法】の威力は圧倒的だったと伝えられており、『歴代冒険者の中で最も火力は高かったのは誰か?』という議論に必ず名前が登場する。


 たった一撃で島を消し去り跡形もなくなったとか、アルジック山脈が抉れているのは彼女の魔法が直撃したからだという伝説も残っているが真偽は不明である。


 ガイアが魔法を使った後には必ず柘榴の花のように魔力が輝いた。その荘厳な気配や神秘的な雰囲気から彼女の魔法を『神撃』や『神罰』と呼ぶ者もいたようだ。


 ガイアの夫であるモフもまた『歴代冒険者の中で最も防御力が高かったのは誰か?』という議論によく登場する。


 モフ以外の者は「いかに硬かったか」、「いかに勇敢に仲間を守ったか」ということが語られるが、モフについてはそのような逸話はない。しかし、スキル【綿魔法】を利用した防御は巧妙かつ正確であり、決して崩れることはなかったという。


 このような異質さから、モフは敬意を持って『最柔』の冒険者として歴史に名を残している。


 また、近年定番となった演劇『愛の花束』は、ガイアとモフの恋愛が基となっていると言われている。当時の酒場で、ガイアの祖母とモフの祖父、そして『炸裂』の冒険者が酒場で語っていた内容を吟遊詩人ギライが歌ったのが起源だという説が存在する。




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ここまでお読みいただきありがとうございます!

ガイアもモフも一歩踏み出しました。


次話から第二十章:薬師の異変編が始まります。

短めの章になる予定です。


よろしくお願いします!

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