【偲愛】第二話「今回は何年じゃったか?」

「……コ! ヨーコ! そろそろ起きなよ、朝だよ、ヨーコ」


 【ルーラシード】の声がする。


 薄っすらと眼を開けると、眼前にはワシらの拠点の天井と【ルーラシード】の顔がある。目線を下げると足元に布団がある。布団などというものは概念じゃ、朝のワシには不要じゃ。


 それにしてもなんじゃ、今日は何も用事がないはずじゃろうに。わざわざ起こしに来る必要なんぞなかろう。


 ないよな……? ないはずじゃ……。


 まぁよい、もう少し寝させてもらうぞ……。

 


………………………

………………

………



「はぁはぁ……。魔法のある世界というのもなかなか難儀なものよのぅ……」


「ヨーコが吊るされかかってたのは自業自得だろ、魔法が禁忌とされている村でわざわざ九尾の印ナインズアローを使っちゃうんだから。僕まで巻き込まないでほしいな……」


「うるさいわい、レイラフォードとルーラシードを出会わせて油断しておったんじゃ!!」


 人里離れた山道を急いで走り、途中で小僧の能力で移動すればいいことに気が付いて適当な場所へワープした。息が上がった状態のワシと【ルーラシード】がお互いの顔を見て笑う。名も知らぬ村で神通力を使ったのが失敗じゃった。


 ――いや、この並行世界では『魔法』と呼ぶんじゃったか。


 稀にあるんじゃよなぁ、魔法を禁忌としている集落が。今回に関してはワシが抜け作じゃったわ。


「それで小僧よ、この並行世界は大体何年かかったんじゃ?」


「うーん、ざっと五十年くらいかなぁ。まぁこの文明レベルにしては早いほうだと思うよ。どうしても文明が発達すると人口が増えて探しづらくなっちゃうからね」


 うむ、この並行世界のレイラフォードとルーラシードの赤い糸紡ぎ終わったのじゃが、もう五十年も経っておったか。ワシや小僧のように長い時間を過ごして時間感覚が緩やかな者にとっては五十年なんぞ精々五十日程度にしか感じられぬわい。



………………………

………………

………



「うーむ、鏡の中の世界かぁ……。気持ち悪い世界じゃったのぅ……」


 ベルリンの街並みを歩くワシと【ルーラシード】。


 辺りを見渡すとそこには鏡文字になった看板が並び、漠然とした気持ち悪さに包まれていた。


「まぁ、慣れちゃえば大したことなかったけどね。別に喋っている言葉自体は他の並行世界と同じで影響はなかったし、僕は五年くらいで文字のほうも慣れたよ」


「今回は何年じゃったか?」


「そうだねぇ、大体三十年くらいじゃないかな。やっぱりレイラフォードとルーラシードが若くて都市部に住んでいると話が早くて済むね、なるべく合意のもとで出会ってほしいし」



………………………………

………………

………



「――だから、ヨーコ。何度言えばわかるんだって、能力を使うときは気を付けてよ。油断すると吊るされちゃうんだから」


「うるさいわい! 悪いのは信仰のほうじゃ! 魔女狩りなんて馬鹿げておる!」


「僕に言われても知らないよ『郷にいては郷に従え』って、いつもヨーコが言ってるだろ」


「はぁーうるさいうるさい! 小姑か!」


 魔法は実在するというのに存在しないと思い込み、真に使える者ならともかく、使えもしない者を魔女と言って断罪する。実に下らぬ風習よ。


 人目を気にして少し隠れ、小僧の能力で安全そうな場所へ移動をする。


「ふぅ、危なかったのぅ……。それで? 今回は何年じゃった?」


「確か今回は八十年くらいじゃないかな。途中でルーラシードが死んじゃって再抽選になっちゃったみたいだからね。やっぱり再抽選になると気持ち的に結構辛いよね」


「まぁ、時間的には大したことはないが、やはりやり直しというのは手間よのう……」



………………………

………………

………



「……小僧よ、お主いくつになった?」


 辺りを見渡すと緑に包まれ、少し小高い丘の上でワシは胡坐あぐらをかいて座っておった。小僧は気取って腰に手をあてて隣に立っておるがな。


 この世界のレイラフォードとルーラシードもまた個性的な者じゃった。


「ワシがお主と旅に出たとき、ワシのよわいはすでに千を超えておった。お主ももうそれくらいにはなったか?」


「どうしたんだい、急に?」


「お主が不老の者と知ってから久しいと思ってのう。」


「多分千年は経ってると思うよ。僕ももう数えてないからわからないけど」


「そうか、お主との旅も長くなったものじゃのう……」


 ワシは丘から遠くに見える水平線を眺めていた。


「………………」


 この世界のレイラフォードはそれぞれ海を挟んだ先におった。この世界は飛行機などない世界じゃ、小僧の能力がなかったら何十年どころか、生きて辿り着くことすら難しかったじゃろう。


 小僧の能力は赤い糸を紡ぐうえで欠かせない能力じゃ。じゃが、ワシの能力は万能であるが、器用貧乏ともいえる。ワシの探索能力では数十年とかかってしまうからな。


 もし探索に特化した能力を持つ者が小僧と組めば、ワシなど不要の産物じゃな……。


「ヨーコはさぁ、僕がどうしてレイラフォードとルーラシードの赤い糸を紡ぐ旅をし始めたか聞かないの?」


「もう千年以上経っておるのじゃぞ、今更聞いてどうする。お主の過去になど興味はないし、過去に何かあったからといってお主との関係が変わるものでもなかろう」


「僕がなぜ不老になったのも、気にならない?」


「ならぬ」


「すごいなぁ、ヨーコは」


 小僧がワシの隣に胡坐あぐらをかいて座ってきた。なんじゃ、急に。


「僕はそういうところが気に入ってヨーコを旅に誘ったんだけど、いつまでも変わらないみたいでよかったよ」


「昔を『しのぶ』心がお主にあるとは意外じゃわい。長い旅をしておるんじゃ、今か未来しか見ておらぬものじゃと思っておったわい」


「僕は過去も現在いまも未来も、全部見てるよ。これまでのことだって全部憶えてるし、これからのことだって全部憶えるつもりだよ」


「お主の――その、なんだ、時々詩人になるのは何なんじゃ。気持ち悪い……」


 ジトっとした目で小僧を見ると、ニヤリと笑っておる。やっぱり気持ち悪い。


「今まで千年やってきたんだ、これからの千年もよろしく頼むよ、ヨーコ」


「何が『よろしく頼むよ』じゃ。いつからお主がワシに頼める立場になったんじゃ。まったく」


「はいはい、狐の女王様は厳しいなぁ」


 小僧がせせら笑う。どちらの立場が上か改めてわからせなければならぬな。


「小僧、そんなことより次はどんな世界に行くんじゃ。はよぅ行くぞ、さっさと行くぞ、ちゃっちゃと行くぞ」


「そんなに急かさないでよ、次は根幹世界でも普通も普通の世界にしようと思うんだ。最近は変わった世界が多かったからね。たまには『普通』を味わおう」


「ワシは枝葉の世界から来たから根幹世界は普通ではないと何度も言っておろう。まぁよい、行くぞ」


 ワシが立ち上がって尻を二、三度はたいて砂を落とすと、小僧もそれに続いた。


 小僧が右手を正面に向けて眼を瞑ると、青白い縁取りの円が現れた。


 円の向こうには別の並行世界が見える。


 さぁ、次の世界へ行こう。いつまでも、どこまでも、何度でも――。



………………………

………………

………



「……コ! ヨーコ!! もぅ、今日は僕が日本へ引っ越しする日だって言っただろ! 僕の能力で移動できるとは言っても少しは手伝ってよ」


「……知らぬ」


 小僧が耳元で騒いでおる。うるさい奴じゃ、全く……。

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