【偲愛】第十一話「選びとうない」

 数日が過ぎた頃、ワシの中でも気持ちの整理がついたからか、小僧とは毎朝会話するようになった。


 それに、小僧から貰った耳飾りを毎日つけるようにした。小僧は何も言わなかったが少し嬉しそうな顔をしているような気がした。


 ワシは何かあるたびに「何かやりたいことはないか」「何か欲しいものはないか」と尋ね、小僧のうちに秘める欲求をなるべく吐き出させようと努力をしておった。


 しかし「アレが食べたい」「コレが欲しい」など、そんな些細ささいな願いばかり言うものなのですぐに叶えてやりはしたが、小僧はなかなか本心を明かそうとはしなかった。もちろん、何となく予想はついておったのじゃが……。


 そして、その日もレイラと小僧のデートを監視しておった。知った仲の者のこういった様子を監視するのは正直気が滅入めいる。


 しかし、やっていて正解じゃった。その日、レイラと小僧が口づけを交わしたのじゃ……。


◇ ◇ ◇


 その夜から、小僧が夜に寝込む時に苦しむようになった。


 ワシは小僧なら偽りの運命でも受け入れられるだろうと信じておったが、レイラフォードとの関係が進んだことで、更に世界からの圧力が強くなってしまったのじゃろう。


 朝や昼であれば抵抗できず、世界が寄生虫のように身体を乗っ取るくらい強い圧力で締め付けてくる。その状態が良いか悪いかは別として、それによって小僧自身が苦しむことはない。


 しかし、夜は世界と小僧がお互いに抵抗しあっていた。


 以前は拮抗きっこうしていたバランスが世界側にかたより始め、苦しみを与えてくるようになってしまった。


 世界にとってレイラフォードと会わない時間のルーラシードなどどうでも良い。おそらく、行動の制限ではなくただの苦痛となって症状がでてしまっておるのじゃろう。


 見て見ぬ振りをしておったが、いい加減に向き合わねばならぬ時がきてしまった。このままレイラフォードとの関係が進めば、無理やり添い遂げさせることになってしまう……。


 小僧が無意識か意識的かは別として、世界に対して抵抗しておる想い……。それは、ユキナ=ブレメンテという小娘のことじゃろう。


 ワシは情けなくて情けなくて仕方がなかった……。


 これはただの嫉妬じゃ……。わかっていたのに認めたくなかっただけじゃ……。


 ユキナという小娘の存在は知っておったし、小僧の秘めたる想いを解消させると言いながら、ワシは見て見ぬ振りをしていただけなんじゃ……。


 小僧の苦しみは何日も続いていた。一昨日も昨日も今日も、きっと明日も明後日も。このまま小僧が苦しみ続ける姿なんぞ見とうない……。


 ここまで来てもワシはまだ迷っていた。


 小僧の想いを解消させる事が良いと思っていたが、小僧の願い、想い、それを叶えれば叶えるほど、世界と戦うことになって苦しみは増していくかもしれぬ……。


 しかし、想いを秘めたままレイラフォードとの関係が進んでも、結局は苦しめる事になってしまう……。

 

 かといって、その想いを無視して強制的にレイラフォードと添い遂げさせてしまって良いのじゃろうか……。


 ……いや、どれだけ考えても、きっとどれが正しいなんて答えは出ないじゃろう……。


 それならば最初に決めたとおり、小僧の秘めたる想いを尊重しようではないか。


◇ ◇ ◇


 ワシはすぐに筆を取った。宛先はユキナ=ブレメンテじゃ。


 小僧がいま最も話したい、そして会いたい相手は間違いなくユキナじゃろう。その願いを叶えてやるのがワシに出来る最大限の行動じゃろう……。


 小僧がかれた小娘がどういった者か、口頭では聞いておるが、己の眼で見たわけではない。


 もちろん、ワシのことなんぞ向こうは聞いてすらおらんじゃろうから、ユキナの方はワシのことなんぞ何も信用などせんだろうし、むしろ警戒するじゃろう。


 じゃが、あちらはもう二度と会えないと思っていた男に会えるかもしれないのじゃ、警戒はするじゃろうが、必ずやってくる……。


 ユキナが小僧にとって薬になるのか毒になるのか……。正直、どうなるのか判断が付かぬ……。

 

◇ ◇ ◇


 ユキナはすぐに現れた。根暗ねくらな女とは聞いておったが、小僧のこととなると想像以上の行動力じゃ。


 ボソボソと喋り、パーマのかかったミディアムヘア、眼に力はもっているが、それは強い呪いのような力強さにも見えた。


 仮に小僧を中心に置いたとき、レイラとユキナは間違いなく対極に位置取るくらい対照的な存在に感じた。ちなみにワシの位置は――どこでも良いが、小僧の隣りじゃな。


 せっかく遠方からわざわざ来て貰ったのじゃから、夜中ではあったが車でユキナを拠点まで連れて行き、早小僧と対面させることとした。


 ユキナもワシの車のかっこよさに恐縮している様子じゃった。


 小僧と対面させると、ユキナが来たことで放心状態であった小僧が夜中にも関わらず意思疎通が出来るまで状態が変化しよった。しかし、同時に今までに無いほどの苦しみを見せることにもなった。


 暴れる小僧を抑えるため、ユキナを部屋の外へ追い出した。同時に、数本の矢印を用いて小僧の身体を押さえこみ、窓から矢印を移動させて自室から数本の鎮静剤ちんせいざいを運び、小僧に注射した。


 時間が経つにつれ、肉体的な活動は沈静化していった。世界に対する抵抗であっても肉体への反応だったからか、鎮静剤も効いたようじゃった……。


 ユキナに状況を伝えた上で一階の部屋に泊まらせることとし、ワシは二階にある自室に戻った。


◇ ◇ ◇


 ユキナと小僧を出会わせるという選択肢が正解であったのか誤りであったのか、結果を見た上でも答えは出なかった。


 ユキナと出会えた小僧は理性を取り戻せるほど大きな力を――世界に対抗出来る想いを手に入れた。


 しかし、それは反対に、肉体に大きな痛みが生じるほど、世界からの抵抗も増大することなってしまった。


 今までは小僧と世界が木刀同士で争っていたものが、それぞれの対抗する力が増大し、銃器や戦車で争い出したようなものじゃ。このままでは小僧の身体がもたない……。


 ワシはまた悩み、選択肢に迫られていた。


◆ ◆ ◆


 一つは、ユキナを小僧から引き離し、再会する前に戻すこと。


 一つは、ユキナを無視して、小僧とレイラを添い遂げさせること。


 一つは、ユキナと小僧を添い遂げさせること。


◆ ◆ ◆


 元々、この世界の人間ではないワシや小僧であれば、閉ざされた世界であっても多少の選択肢を選ぶことが出来るはずなのじゃが……。


 これほど選択することが辛いものはない……。


 一つ目はユキナと再会する前に戻すというものじゃ。ただ、それは小僧が苦しみ続けるだけで、再会したユキナの方も引き離せるかどうかわからん……。物理的な問題ではなく、あの呪いのような眼は恐ろしいものを秘めているように感じたからじゃ……。


 二つ目は使命は果たせるが、結局小僧の意思を無視することになる。先の三つ目の選択肢じゃ、これを選びたくないが故に進んできたのじゃ……。ここで改めて選ぶわけには……。


 三つ目はもしかしたら小僧を治せるかもしれない。しかし、それは同時に小僧が生きている限り、世界の分岐を諦める事になり、ワシも小僧も使命を捨てることとなる。


 小僧が元に戻るのであれば三つ目の選択肢が一番良いのかもしれぬ。じゃが、今以上に症状が重くなるかもしれぬし、なにより使命を放棄することを小僧自身が拒否するのではなかろうか……。


 そうすると、消去法じゃが答えが出てくる。三つ目は使命を捨てることになることを小僧が望まぬじゃろうし、二つ目はワシが選択したくないためにここまで進んできた。


 すなわち、ワシが選ぶのは一つ目のユキナと小僧を引き離して、再会する前に戻すしかないということか……。


 こちらの都合で会わせて、こちらの都合で引き離す……。まるで今までワシが他の世界のレイラフォードとルーラシードにやってきたことみたいじゃな……。



 しかし、問題はもう一つある。ユキナを小僧から離したところで問題が解決するわけではないからじゃ。


 小僧が世界に抵抗する理由がユキナであることが分かった以上、ユキナへの対応を考えなければならぬ。


 ユキナがいる限り、小僧の心は世界に抵抗したままになり、痛み、苦しみ、翻筋斗打もんどりうつじゃろう……。


 ユキナが帰国したとしても、それはまた元に戻るだけ……。いや、もしかしたら、再会してしまったが故に、今みたいに酷く苦しみつづけるかもしれぬ……。



 では、ユキナと『もう二度と会えない』と明確に理解させたら……?

 


 ――どうあがいても自らの望む光景から遠ざかっていく。



 小僧を――【ルーラシード】をこれ以上苦しめなくするには、小僧自身が『ユキナとはもう二度と会えない』と理解するしかない……。


 しかし、それは小僧の想いを握りつぶし、無理やりレイラフォードと添い遂げさせるという、今まで選択を避けていた選択肢と同じ……。


 選びとうない……。どうして選びたくないものほど残ってしまうのじゃろうか……。

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