【彩愛】第六話「呪いとです……」

 翌日、眠ったと思ったらもう朝だった。


「あはは……。おはようございます……」


 起床してすぐにヨーコが部屋に尋ねてきた。ヨーコ自身も昨日の事があったからか、酷く疲れている様子だった。


 その一方で私は時差ボケと疲労で、泥のように眠ってしまっていた。


「ごめんなさい、まだ寝ぼけていました……。おはようございます、ヨーコ」


 女同士だから油断していたけど、Tシャツがはだけてスカートもずり落ちかけ、ただでさえ天然パーマでクルクルしている髪の毛も寝ぐせでもっと酷いことになっている。


 なんともみっともない姿だ。とてもじゃないけどこんな姿は【ルーラシード】に見せられない。


「昨日の今日なので無理もないですよ。朝食を摂りながら現状の説明と、今後のことを話しましょうか」


「ありがとう、ご馳走になるわ」


◇ ◇ ◇


 顔を洗って寝ぐせを直し、最低限の化粧だけを済ませてリビングへ向かった。


 私が寝泊りした部屋は大体六畳くらいだっただろうか。リビングは十二畳はあるのではないかという広さだった。本当に戸建て住宅なんだなと実感した。


 私は生まれも育ちも、そして大学に入って引っ越してからもずっとボロボロのアパートしか知らないので、こうして綺麗で広い家というものには馴染みがない。


 ヨーコは私にないものを持っていて、それでいて【ルーラシード】と親しい仲だったのか……。


 やはり複雑な心境だ。私は彼の過去なんて知らなくても良いと思っていたけど、改めて過去が見えるものを突きつけられると辛くなってしまう……。


 部屋を見ただけでこんな気持ちになるんだ。これからもっと様々なものを突きつけられるだろうに、こんな調子で彼の助けになんてなれるのだろうか……。


 暗い気持ちでリビングをぼーっと眺めていると、ヨーコがキッチンからトーストとホットミルクを運んでテーブルに並べているのが伺えた。


「ど、どうぞ。私は料理ができないので……。その、トーストくらいしかお出しできないんですけど……」


「そんな、いただけるだけで十分よ」


 そのトーストも割と焦げていた。


◇ ◇ ◇


「現状をまず説明します」


 ヨーコが引くくらいトーストにジャムを塗っている。トーストというよりほぼジャムだ。


「【ルーラシード】はまだ眠っていますが、いつも決まった時間に起きてきます。その時間だけユキナさんには部屋に戻っていてもらいたいです」


「それはもちろん、構いません」


「それと、普段の様子についてです。彼はいつも日中は出かけて、そして夕方か夜に帰ってくると電池が切れたように倒れてしまいます。そして、また朝になると起きるという循環で日々生活をしています」


「その日中の外出っていうのが、彼がこうなっている原因なんですか?」


「そうです、この拠点で倒れるくらいならまだマシです。最初は道端で倒れていましたからね……。彼がこの拠点を帰る場所だと認識してくれたから、ここで倒れてくれるようになりました」


 ヨーコは暗い表情で俯く。止まった手に持つトーストからジャムがぼとぼとと皿に落ちていく。


「つまり、毎朝決まった時間に起きて、どこかへ行って、ここに帰ってくると電池が切れたように倒れてしまうと……」


「そうです……。まるで機械人形みたいですよね……」


「そして、電池が切れたあとは昨日みたいに苦しむ、か……」


「この電池が切れる状態が数ヶ月続きました。詳しい説明はできませんが、その状態ならそこまで問題視はしていませんでした。しかし、ある日からを受けて苦しみだすようになりました。まさか状況が悪化するとは思っていなかったので、これ以上悪化する前にユキナさんを頼ることにしたんです……」


「その結果が、昨日みたいに電池切れに電気ショックを与えたような状態になった……」


 ――詳しくは説明できない。呪い。ロボット。電池切れ。


 なんだか理解できないものがうごめいている。


「昨日言ったとおり、今日は原因を見に行こうと思います。私とユキナさんで彼が帰ってくるところを迎えに行きましょう」


「帰ってくるところ……? てっきり出かけた先に原因があるものだと思っていたけど、帰ってくるところに原因があるの?」


「――え? えーっと、そうです! 帰ってくるところで原因が見れるんです!」


 何だか違和感を覚えるというか……。今までと違って急に慌てた感じというか……。


「でも、私と彼が近づくと危ないんじゃない……? どこまでなら近づいても問題ないとか検証しなくて大丈夫かしら……?」


「えーっと……。ははっ、だいじょうぶ。そこもちゃんと考えてあるので!」


 笑ってごまかしているが、明らかに眼が泳いでいる。


「それなら……。まぁ、いいけど……」


 不安が拭えない。本当にヨーコに任せて大丈夫なのだろうか……。


 気が付くとホットミルクがぬるくなってしまっていた。


◇ ◇ ◇


『彼が戻ってきそうです、ユキナさん。今からすぐ拠点の方に戻りますので準備をしておいてください』


 時刻はもう夕方に近づくころ、キッチンを借りて作った早めの夕食を食べている最中に、ヨーコから電話がかかってきた。


 ヨーコが彼を見張り、帰ってくるタイミングで一度拠点まで戻り、私を連れて再び彼の元へ行く。


 なんだか非常に効率が悪い気がするのだが……。何か理由があるのだろうか……。


 何だかずっと腑に落ちない部分があるのだが、何か裏があるのか、それとも単純にヨーコがポンコツなのか。あるいはその両方という可能性もあるかもしれないけど。


 私は必要最低限の荷物を持って、部屋を後にした。食事の残りは帰ってきてからまた頂くことにしよう。


 拠点の外で少し待っているとヨーコが拠点に戻ってきた。


 そしてそのまま昨日と同様、車での移動となってしまった。何がというわけではないが、食後なので非常に不安である。


「それじゃあ行きましょう。今日は駅前で待ち合わせをして、市街地で買い物をして来たようで、これから駅前で解散するそうです」


「待ち合わせ……? 誰とですか……?」


「……とです」


 ヨーコが小さく呟いた。

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