【最愛】第六話「守る力があれば」

 現実を受け入れられないまま数日が経った。


 一歩も外へ出ず、ベッドに寝転んだまま日中を過ごし、必要最低限だけ動くという生活。


 彼を殺したユキナのことは確かに憎い。でも、それ以上に理由もわからず彼が断首だんしゅされたことがくやしかった。


 私の握りこぶしに思わず力が入ってしまった。



 ――私の背中を、青く、白く、暖かい、そんな手がいくつも触れてくる感覚に襲われる。



 もし私が何かを知っていれば彼を守れたのだろうか。


 初恋に浮かれて舞い上がり、運命の赤い糸で結ばれた人と信じ込み、彼のことをよく知らなかったし、知ろうとすらしなかった。



 ――背中を触る青く白い手が私のほほうであしまで届き、優しく撫でるような感覚がした。



 電話だけして彼の安否を確認していたフリをしていた。


 本当はもっと心配をして色々と探し回るべきだったのに……。


 もし私が彼のことをもっとよく知り、理解していれば、彼を守ることが出来たのかもしれない……。



 頬まで来ていた青く白い手は、既に全身をで回し、私の心臓まで握りしめ、体内に吸い込まれていく。



「守る力があれば……!」



 その瞬間、眼前がんぜんが一瞬だけ真っ青に染まった気がした。


 吸い込まれた青く白い手は私の中にある何かに、まるでパズルのピースのようにピタリとハマった。


 それと同時に携帯電話の着信音が鳴り響いた。


 ヨーコからだった。


『……あの、レイラ……さん。お久しぶりですね……ははっ』


 電話越しに聞こえてくるヨーコの声は、普段よりも小さく震えていた。


「いや……。こちらこそ、今までごめんなさい……」


『あの……。もし良ければ、今から会えませんか……? お話したいことがあるんです……』


「それは良いけど……」


 窓から外を見ると、陽はしずみかけ、夜の闇が広がろうとしていた。



◇ ◇ ◇



「待たせてしまってごめんなさい」


「いえ、こちらこそ急に呼び出してすみません……」


 私たちが通っている大学の中庭で待ち合わせ、話し合うこととした。


 本来であれば門は施錠せじょうされて中に入れないようになっているのだが、門を乗り越えてこっそり忍び込んでいる。


 この場所を指定したところからして、誰にも聞かれたくない話なのだろう。流石に察しはついた。


 暗い顔をしたヨーコの表情とは裏腹に、彼女の両耳にはきらりと輝くイヤリングがあった。普段の可愛らしい服装にはあまり似合わない。前からつけていただろうか、覚えていない。



「それで話というのは?」


「その……どこからお話していいのか……。そうですね、結論からお話しましょう。彼がユキナさんに殺されてしまったのは、少なからず私に原因があります……」


「……彼って、まさか――!?」


「はい、想像通りの人であっています……。そして、少なくとも私とレイラさんには、ユキナさんが使う人を魅了みりょうする力に対して耐性があります。なぜあるのか理由は話せません……ごめんなさい……」


 人を魅了みりょうする力……?


「あぁ……えぇっと、詳しい原理というか理由というか、とにかくレイラさんに危険がおよぶ可能性があるのでお伝えしないほうが良いと私が勝手に判断しました。ごめんなさい」


「……よくわからないけど、ヨーコがそう判断したのなら私はそれを信じるわ。安心して」


「ありがとうございます……。ユキナさんには人を魅了みりょうする超能力みたいな力があるんです。その能力を使って全人類を魅了みりょう――つまり洗脳して、今の地位を作り上げたわけです。まるで漫画やゲームの世界みたいな話ですよね……」


「超能力なんて普段なら信じないところだろうけど、今のこの世界を見たら信じざるを得ないわね……」


 ユキナは何のために世界をこんなめちゃくちゃにしたんだろうか……。


 何となくではあるけど、ただ単に人の上に立ちたいとか、そういう欲にまみれた性格ではなさそうだ。


 だからこそ、逆に理由が分からない、彼女の真意を知りたい……。


 ヨーコは思い出すように夜空を見上げた。


「以前、私と彼は昔馴染むかしなじみだという話をしたと思います。それこそ、ずっとずっと昔から一緒に様々なことをしてきました。今回も私はここイギリスで、彼は日本で調査を行っていました。そして、私はここで一つ成果を得たので、彼をイギリスに呼んだんです」


 ヨーコがスッと私の顔を見る。


「それがあなたです。レイラさん」


「私が?」


「私があの日待ち合わせをして合わせようとしていたのは、他でもない彼でした。調査結果の一つとして彼にあなたを見せたかったからです。ただ、まさか彼がルーラシードじゃったなんて本当に想定外で……。あ、いや、うぅ……」


 ヨーコが感極かんきわまり、ひとみに涙が溜まっていくのが見える。


「それが何故あなたが原因ということになるの? それにルーラシードってなに……?」


 正直、私は理解出来ているようで理解できていない。ただ、少なくともヨーコが何かを知っているが、話せない何かも抱えているということだけは理解出来る。


「うぅ……。まず彼とレイラさんが恋に落ちた瞬間から、彼が世界で最もアイする人はレイラさんになりました。これは私が百パーセント保証しますし、世界も認めるでしょう。ですが、彼には『最愛サイアイではないけれど最愛サイアイの人』がいました」


「どういうこと!?」


 ヨーコの眼がさっきまでの悲しみに沈んだ眼から徐々に鋭い目つきへ変わってきた。


「――レイラさんは彼がイギリスでどこに居所きょしょを構えていたか知っていましたか?」


 私は頭を抱えた。


 ……なぜだろう、どうしてこんな当たり前の事を考えたこともなかったのか。


 確かに私は彼のことを知らないという自覚はあった。しかし、それにしても知らなさすぎる。


 何故いままで気が付かなかったんだろうか……?


「彼はイギリスに来てから私の家で生活をしていました。共に調査を行っていたはずが、いつの間にか彼自身が調査対象になってしまって……。あ、でも、ご安心ください、一緒に暮らしていたと言っても、彼とは野宿や茅葺かやぶき屋根の小屋で泊まるくらい寝食しんしょくを共にしてますし、そうですね――『家族』みたいな関係ですので……」


 苦笑いをしながら早口で喋る。私に対する言い訳なのか、それとも――。


「それよりあなたの調査目的って――」


「でも、ある日変わってしまいました」


 ヨーコは私の話をさえぎって喋りだした。


「レイラさん、あなた彼とキスしましたよね?」


「えぇっ!?」


 まぁ、確かにしたけど……。改めてそれを知られていて、その事実を突きつけられると恥ずかしくなってしまう……。


「恐らく彼のなかで『もう戻れないライン』まで来てしまったと無意識に抵抗していたのでしょう、その日を境に彼は私の家に帰ってくると苦しみだすようになりました」


「……!? なによ、それじゃあまるで私が悪いみたいじゃない!?」


「……違います。レイラさんは悪くは無いんです、あなたは彼にとって最愛サイアイの人で間違い無いんです。でも、彼はレイラさんという最愛サイアイの人が、一方で最愛サイアイではないことも知っていたんです……。これ以上、彼が苦しむ姿を見ていられなくて……。だから、私は決心をしてある人物に連絡を取りました。一時的でも良いから彼を助けて欲しいと……。それがユキナさんでした……。」


「どうしてそこでユキナが!?」


 思わず取り乱して大きな声を出してしまった。


「……ごめんなさい。だから私に原因があるって言うことなんです……。ユキナさんもまた彼を愛する者の一人でした、だから本来あるべき状態に戻ればと思ったけど……。でも、まさかユキナさんが彼を連れ去ってあんなことをするなんて……」


「………」


 に落ちない部分は沢山あるけれども、何となくは理解は出来たし、ヨーコの対応が悪かったらしいという部分も何となくわかった気がする。


「油断していたというより想定外といった状況でした。まさか愛する人の命を自らの手で絶つなんて……」


「それでヨーコ、まさかそれを伝えるためだけにここに呼んだわけじゃないでしょうね?」


 私は少しキツい口調で発した。


 そんなことを私に報告したところで何もならない。ヨーコにはもっと大きな目的があるはずだ。


「……はい。先程も言いましたが、私やレイラさんはユキナさんの魅了みりょうする力に耐性があります。だから、彼女を止めて欲しいんです……! これ以上、ユキナさんをこのままにしてはおけない……! そして何より、どうして彼をあやめてしまったのか理由を確かめないと……!」


 さっきまでの涙ぐんだ眼はもう無かった。今あるのは覚悟をした眼だった。


「……そうね、私もどうして彼女が彼を殺したのか理由が知りたいわ。もちろん、自分に逆らったからなんていう単純な理由ではないことを祈っているわ」

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