【偲愛】第八話「ワシらの使命は終わった」

 翌日、ワシは駅の構内にある大きな時計の下に来ていた。


 現在、待ち合わせ時間の三十分前。真面目なレイラがどの程度早く来るかわからなかったから早めに来ておるが、流石にここまで早くは来なかったか。


 と思っておったが、待ち合わせ場所に来て十分もしないうちに、早々とレイラが待ち合わせ場所に現れたではないか。全く持って本当に真面目な奴じゃ。


 服装も大人っぽい雰囲気でオシャレじゃしのう。本来のワシの姿であれば着こなせるが、今のワシでは到底似合わぬからな。


 レイラの相手となるルーラシードは大層な美人とあいまみえて、世界の選択とは関係なくれてしまうかもしれんな。


「レイラさーん!」


 ワシはブンブンと手を振ってこちらの居場所を伝える。清楚な声でな。


 どうせ小僧は待ち合わせ時間のギリギリか少し遅れるくらいに来るじゃろうから、それまで話し相手にでもなってもらおうかのう。


「レイラさん、今日はありがとうございますー! それにしても結構早いですねぇ、多分彼が来るまでしばらくかかっちゃうと思いますよ?」


「ちょっと早すぎたかしら……。そうね、飲み物でも買ってこようかしら」


 あぁ、いや、出来れば退屈じゃから一緒にいて欲しかったのじゃが……。まぁ、よいか……。


◇ ◇ ◇


 ――しかしその後、待てど暮らせどもレイラも小僧も待ち合わせ場所に来ることは無かった……。


 レイラは約束を反故ほごにするような娘ではない、そもそも一度訪れて一時的に席を外しただけのはずじゃ。そして小僧も約束をすっぽかすことや、何度も連絡をしてそれを放置するような男ではない。そんなことはわかりきっていた。


 だからこそ怖かったのじゃ。レイラがレイラフォードであるが故、数十億分の一、いやそれ以上の確率でしか起こるはずのないことに……。


 昼に待ち合わせていたはずが、いつの間にか陽がしずみかけてワシの不安は時間が経つ毎に増していった。


 余りの不安に耐えられず、気がつけば待ち合わせ場所から拠点へ逃げるように戻っておった。そして、日本で探索に飛ばしておった八本の矢印も超高速で帰還するよう指示を出した。


 しかし、日本からイギリスまでは音速であっても約八時間かかってしまう……。もっと早く戻しておればよかった、思考を停めておったことを後悔した。この後、ワシはどうすればいいんじゃ……。


 拠点に戻ると自らの安全を確認した後に、護身用として残しておいた最後の一本の矢印に念を入れて近辺を探すよう飛ばす。


 最後の一本に探索させるために念じた言葉……。



 ――それは『ルーラシード』

 


 普段は探しているはずの者じゃったが、まさか見つかって欲しくないと思う日が来るとは思わなんだ……。


 いや、それも単なるワシの杞憂きゆうならそれで良い。


 レイラも小僧も約束を忘れて遊びほうけているのであれば一言叱ひとことしかってしまいじゃ。


◇ ◇ ◇


 日付が変わってしまった。


 護身用に残していた一本の矢印だけでは探索範囲が狭過ぎて、たかが街一つでさえ一向に探索が進まない。


 ワシが泣きそうな気持ちで待ち続けていると、帰還指示をしていた八本の矢印たちが次々と帰還してきた。ワシは帰還した矢印を都度都度つどつど、ルーラシードを探索するよう指示をして街へ飛ばした。


 九本全てを探索に飛ばしたことなど何百年ぶりじゃろうか……。最低でも必ず一本は護身用や近場で使うために残しておったが、今のワシはまるで裸一貫はだかいっかんで何もできぬ小娘こむすめと変わらん……。


 気がつくといつの間にか涙が止まらなくなっておった。


 不安、恐怖、孤独、焦燥しょうそう、あらゆるものがワシに襲いかかってくるようじゃった……。


■ ■ ■


――狐の女王が男一人のすえで焦るのか? 情けないのう。


――政木まさきの狐は常に孤独に過ごしておったではないか。今更なにを不安がっておるのじゃ。


――妖狐と言っても所詮しょせん無為むいに時間だけ過ごした何も出来ぬ小娘よ。


■ ■ ■


 ワシの中の不安が声を掛けてくる。やめてくれ……。聞きとうない……。


 それから一時間した頃だろうか、一本の矢印が反応を見せてしまった。十数キロ先にある港の海岸沿いに『ルーラシード』がいるのだと……。


 ワシは発見した矢印を一本をその場に留まらせ、他八本を回収した。


 現地までは車で移動し、近くの観光用の駐車場に車を停めた。


 もし護身用の矢印がなかったら、ワシはここまで来ることすら叶わなかったじゃろう。

 駐車場から徒歩で数分ほど歩くと、ワシの矢印が上空をただよっておった。そして、その真下には見慣れた男が横たわっていた。


 そう【ルーラシード】じゃった。


 予感は確信に変わってしまった。


 小僧が『ルーラシード』になってしまった、そしてレイラフォードであるレイラと出会ってしまったのだと。


 じゃが……どうして小僧はこんな海岸に……。


 小僧はぴくりとも動かず、触れると温かく呼吸もしており脈もある。大きな外傷は無く意識不明というような状態じゃった。


 この世界でのワシ『ら』の使命は終わった……。そう、終わったのじゃ……。


 とりあえず、ここにいても仕方ない。拠点まで移動しよう……。


◇ ◇ ◇


 小僧を車に乗せ、拠点まで移動させた。


 人間ひとりを動かせる腕力はワシには無く、当然のように矢印を数本使って車に乗せ、拠点へ搬送させた。情けない話じゃ……。


 小僧を拠点の二階にある私室のベッドに寝かせる。


 まるで死んだように眠っておる。一体どんな夢を見ているんじゃろうか……。


 その日は結局、小僧を寝かしたベッドの横で、何も出来ないままうつ伏せで寝てしまっておった……。

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