深い愛でクズは始まりを迎える




8/10


優君の撮影日。

彩花さんと会う予定の日。



結局あれから仲直りはできなかった。

優君は謝ってきたし、私だって許したいけど、

彼女がいることを隠す、仕事は辞めない、彩花さんを蔑ろにはできない、と肝心のことは何一つ譲ってもらえないのだから許したくても許せなかった。

意地になっていたんだと思う。



その日、優君は帰ってこなかった。





最悪の気分だった。

吐きそうだった。

男の先輩の家に泊まるって言っていたけど、私はその人のことを知らないから確認のしようもないし、なにより彩花さんと会う日だと言うことを知ってしまっている。



そして今の私達は絶賛喧嘩中だ。

私は見た目こそ確かにいいが、頭もよくなくていつも勉強を優君に教わっているし、最近はわがままばかりで優君を困らせている。えっちも受け身だし、仕事もしてない自立していない女。


彩花さんのことはよく知らないけれど、年上で、しっかり働いていて、見た目も凄く可愛い。

絶対モテるだろうし、そういう経験も豊富かもしれない。私なんかより優君を喜ばせることができるかもしれない。



「私、勝ち目ないじゃん....」




嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

取られたくない。優君とずっと一緒にいたい。



次に優君に会ったら全部許そう。

もしかしたら浮気されちゃったかもしれないけど、もう仕方ない。私が全部悪いんだ。

許して、謝って、ずっと一緒にいよう。

浮気は許せないけど、だからって優君と離れるよりずっとマシだ。




そんな私の覚悟は脆く崩れ去った。


「なに話って?仕事辞める気になった?」


違う違う。こんなこと言う気はなかった。



「別れよう」



言われてしまった。

他にも色々言われた気がしたけど、私の頭の中は真っ白になってしまっていて。


全部許して一緒にいようとしていたのに。

どうして?どうして?




私と仕事どっちが大事なの、なんて。

そんな怖いこと聞くつもりはなかったのに。



濁していたけれど、私には分かってしまった。

優君は私より仕事を取った。

あの女に心まで取られたわけではなかったことが唯一の救いだったけど、もうそんなのどうでもよかった。


「これからは幼馴染として」



嫌だよ。なんでそんなこと言うの...




私は引き留めることができず、

優君は私の前から去ってしまった。



◇◇◇



「美愛、大丈夫?」


「お母さん...優君に振られちゃった...」


「えっ!?なんで?あなた何かしたの?」


「うーん...まぁ色々あってさ...

仕事やめてなんて言っちゃって...」


意気消沈としていたら、お母さんに心配されてしまった。

失礼な。何かしたのは優君だよって思ったけど、優君は両親が大好きだから、浮気されたなんて言ったら家族会議になって優君を傷つけてしまうかもしれない、なんて考えてしまって、答えを濁す。この後に及んで優君を庇ってしまうことに、内心で苦笑する。



「なるほどね〜...優君モテモテだもんねぇ。

でもね、優君があんなに頑張って仕事しているのは佐藤家のためなのよ?」


「わかってるよ。両親を楽させてあげたいっていつも言ってるもん。でも嫉妬しちゃうの」


「あら、美愛、もしかして聞いてない?

楽させてあげたいって、間違ってはいないけどそれだけではないのよ?」


「えっ?」



何気ない会話で、お母さんから私は衝撃の事実を聞かされた。



中学3年生に上がってすぐ優君のお父さんの会社が倒産してしまったこと。その影響で優君のお母さんがパートで働き始めて、優君のお父さんは再就職先を見つけられずアルバイトをしていること。優君は学費や生活費諸々を自分で負担し始めていること。



「そう..だった...んだ...そんなこと何にも...」


「まぁ美愛には言い辛いわよね。でもタイミングよく優君が稼ぐようになってて、生活水準はそこまで変わってなくて。本当に優君様様なのよ」




思えばヒントはあった。

優君の両親は私達がえっちし始めてから触発されるようにこっそり仲良くしていることを実は私は気づいている。

でもいつまでも優君に弟か妹ができる気配はなかったし、かなり稼いでいそうなのに優君はそこまで羽振りがいいとは言えなかった。でも私の誕生日は盛大に祝ってくれたから、倹約家なのかななんて思っていた。そもそもデートは基本優君の家だったけれど両親は遅くまで帰ってきていなかった。

心置きなく優君とえっちできるなんて呑気に思っていたけど、そっか、そうだったんだ...

そんな頑張ってる優君に、私は仕事辞めてなんて.....




「お母さん、私、優君を諦めない。

許してくれないかもしれないし、また彼女にしてくれる保証はないけど、諦めなくていいかな?」


「ええ、頑張りなさい。私も今更優君以外の男の子を連れてこられても困っちゃうわ」


「うん!ふられちゃったら一生誰とも結婚しないかもしれないけど許してね!」


「それはそれでお父さんが喜びそうね...」



私は決意した。

意地でも優君と離れない。

正直もう遅いかもしれない。

私は優君が一番辛い時に、能天気にへらへら笑っていた最低な女だ。

浮気されて当然だ。

優君に嫉妬ばかりして、優君の家族を邪魔して、縛り付けようとしていたんだ。

知らなかったでは済まされない。

優君の中の私は既にただの幼馴染かもしれない。

それでも構わない。優君が他の女といくら関係を持とうと、優君が世界で一番好きなのは私だ。私は優君のはじめての女なんだ。

意地でも優君を繋ぎ止めてやる。

どんなに都合の良い女でも構わない。

優君に言われることはなんでも肯定する。


頑張る。それで、それで、願わくば。



あなたの最後の女になりたいの。



◇◇◇



美愛が戻ってきた。


どんな心境の変化があったのか知らないが、

セフレでいいから一緒にいたいらしい。



正直言って最高の結果だった。

これ以上望めないくらい俺にとって都合の良い結果だった。



...まぁ、恐らく俺の家庭の事情を知ってしまったんだろう。

俺がモデルの仕事を、軽い気持ちで始めたはずなのに真剣にやり始めた事情を。



期せずして、前世も今世も親を養うようになった俺だけど、前世の両親は我が物顔で俺の金を使っていたのに対して今世の両親は実に養いがいがある。

なんてったって優しさの塊だからな。

いくらでも養いたい。一生養ってあげたい。

だから何の苦もないし、美愛が考えてるような俺が追い詰められてるなんてことは一切ないのだが、まぁ都合よく勘違いしてくれるなら良い。




そして俺は中学3年生にして彼女と別れ、代わりにセフレが2人できた。


もう誰にも縛られることもない。

やりたくなったらセックスをしよう。

そんな毎日を想像すると、また、心が満たされる感覚があった。



◇◇◇



中学を卒業したら、一人暮らしをしたいと両親に伝えた。

大層驚かれたが、美愛と円満に別れたこと、これからも幼馴染として仲良くはしていくことを伝えた時の衝撃の方が大きかったようで意外にあっさり受け入れられた。



勿論理由はある。

高校生になったらモデルの仕事をもっと増やして、もっと稼ぎたかった。そのためには実家を出て事務所の近くに引っ越す方が都合がよかったのだ。


「そしたら、高校はどうするんだ?」


「事務所の先輩が通ってる高校がかなり融通が効くらしくて、学費も色々免除が手厚いらしいからそこかな。オープンキャンパス行ってみてから決めるけど」


「美愛ちゃんと行く予定だった高校はどうするんだ?」


「美愛には悪いけど、一緒には行けないかな。でも週一回は必ず会う約束をしているから、心配ないよ、別れたけど、大切な幼馴染だ。ちゃんと気にかけるよ。それに、あの高校は学費が高いから...」


「すまん...」


「気にしないでよ!高校生のうちに沢山稼いで、いい大学にも行くよ。ほら、俺って頭良いし」




美愛に一人暮らしを伝えたら、

通い妻になる気満々だったので慌てて断った。

いくらそこまで距離が離れてないとはいえ、付き合ってもいないのにそこまでされたら流石の俺も罪悪感が凄い。どうにか、週に1回、俺の部屋に家事とセックスをしにくる程度でケリをつけた。

最近の美愛は吹っ切れたのかしれないが凄い積極的なんだよな。

変な誤解をされないようにあまり前世由来の仕込みをしてこなかったが、最近は率先して聞いてくるようになったのでしっかり仕込んでいる。



ちなみに事務所の先輩は彩花さんとカイさんだ。

でもなんかその高校、どっかで聞いたことあるんだよなぁ....




そして月日が経ち、

俺は無事に受験に合格し、

中学を卒業して一人暮らしを始めた。



この春から高校生。

前世はまともに学生時代なんて送ってこなかった。

今世は充実していたが、高校生ともなるとまた話が違う。知り合いも彩花さんとカイさんくらいしかいなくて不安もあるが、楽しみだ。



ここから


俺が私立遊嵐学園に通う物語が始まる。




─────────────────


次回、幕間。

原作の話です。


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