第4話
◇
──前之園瑠花の日常は無機質だ。
昔から、人や物に欲を持ったことがない。
なぜ、と問われれば「それが性質だから」としか言い様がない。理由など、自分でも分からないし、そもそも気にしたこともなかった。
欲がないから他人や事柄に執着しないし、怒りも沸かない。
『人に優しく』。『いつも笑顔で』。
それだけ実践していれば、人間関係の破綻とは無縁な日常を送ることができることを瑠花は知っていた。
◇
「あ!」
入学から一週間ほどが経過したある日の登校途中。
突如、後ろから聞こえた大きな声に、瑠花は思わず振り向いた。
ざっと視線を走らせると、人混みの中に同じ学校の制服に身を包んだ男子生徒が一人、確認できた。そして、その男子生徒の視線は間違いなく、瑠花に向いている。
瑠花は、その視線に気付かないふりをして、再び歩き始める。
「おはよう!」
今度は挨拶の声が瑠花の耳に飛び込んだ。
歩みを止めると、次に飛び込んできたのは今しがた後ろを歩いていた男子生徒だった。
勢いよく、瑠花の前に走り出てきたのだ。
「……おはよう」
「今朝! 寝坊していつもの髪型に出来なくて! でも良かった、思ったより早く着きそう!」
勢いのまま言葉を発する、その男子生徒がクラスメートであることに気づいたが、瑠花はいつものように笑うことが出来なかった。
目の前の彼──、後田詩織の髪型はいつものオールバックではなかった。
サラサラと靡く黒髪は日々のオールバックを形成するためだろう、少し長い。
……人って髪型だけでこんなにイメージが変わるのね……。
いつもと違う風貌に瑠花は戸惑いを隠せなかった。
「……遅刻しないことのほうが大事なの?」
何故だか突っかかるような言い方になってしまった。瑠花はすぐに後悔する。
だが、詩織は気にする様子はなく、「遅刻しないことの方が大事! 俺、皆勤賞狙ってるし」と明るく答える。瑠花はその反応を確認して内心ホッと息をついた。と、同時に。
「子どもみたい……」
思わず笑って呟いた。それに対し、隣を歩きはじめた詩織が顔を赤らめていることに、瑠花が気付くことはなかった。
クラスメートである詩織に入学二日目で告白されたことは、瑠花にとって少なからず記憶に残る出来事であった。
瑠花は今まで、告白されたことはなかった。
それはあまりに高嶺の花すぎるから、という理由なのだが、当の本人がそれに気付くことはなく、学校生活において、人間関係のトラブルが起きたことはない瑠花は至極満足であった。
それにしても……と瑠花は考える。
莉子がいない状況で詩織が話し掛けてくることは、瑠花にとって予想外の出来事だった。最初の告白から、詩織が二人きりの状況で話しかけてくることはなかったのだ。
それにしても……なぜだかソワソワと感情の置き場に困るような感覚を覚える。
そんな瑠花をよそに、詩織は当たり前のように瑠花の隣を歩きはじめる。
それを確認して、瑠花は自分の不安定な感情の原因にたどり着いた。
「……男の子と二人きりで歩くの、初めて……」
半ば無意識で呟いた独り言は、相手にはっきりと聞こえていたらしい。
視界の右側でギクリとしたように、動きが止まり、その後「……そうなんだ」と呟く声が聞こえた。
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