オールバックだよ! 後田くん

鹿島薫

第1話

 ──降り注ぐ木漏れ日は、まるで彼女をキラキラと縁取っているかのようで、まい散る桜はまるで彼女を引き立たせるために存在しているかのようだった。

 後田詩織うしろだしおりはただ立ち尽くし、目の前の彼女を見ていた。それが、いかに不躾ぶしつけであるかはお構い無しに。

 彼女の一挙一動が詩織の胸を焦がした。



          ◇


 

 ──県立桜陵けんりつおうりょう高校の門前には『入学式』の文字が書かれた立て看板が設置されている。

 新たな門出。それを祝うかのように、すっきりとよく晴れた清々しい朝だ。

 ──そんな中、ズカズカと大股で歩を進める一人の男子生徒の姿に、皆、釘付けになる。

 おろしたての濃い黒色の学ランに身を包んだ姿は間違いなく、今日の入学式に参加する新入生だ。

 スタイルは小柄で細身。ぱっちりとした二重まぶたに、小動物のようなくりくりとした瞳。白く、きめ細やかな肌。

 顔の造りだけ見ると女性だと言われても疑いようがないほど、可愛らしく儚げで美しい。

 だが、彼が誰からも振り向かれる理由は、その整った外見からだけではなかった。

 皆が、決まって視線を向けるのは、彼の髪型である。

「昭和……?」

「あの髪型、テレビで見たことある……」

 ヒソヒソと囁かれる声。「もったいない……」などという声も聞こえる。

 だが、本人は気にする様子もなく、ズカズカと歩き続ける。

 ──整髪剤でガチガチに固められた髪型。髪の毛一本たりとも取り残さんとばかりに後ろに流れている。

 彼の髪型はいわゆる“オールバック”と呼ばれるものだ。

 それは昔の不良漫画に出てきそうな、気合いに満ちたものだった。



          ◇



 敷地内を奥へと歩いていく男。名を後田詩織うしろだしおりという。

 詩織は歩きながら、去年の夏、桜陵おうりょう高校のオープンキャンパスに参加したことを思い出していた。

 桜陵おうりょう高校は県内でもトップクラスの偏差値である反面、独自のカリキュラムや、生徒の自主性に任せた自由度の高い校風が特徴的だ。

 詩織は昔から桜陵おうりょう高校に憧れを抱いていたが、中学生活の半ばには自分の学力でチャレンジするのは無謀だとすっかり諦めていた。

 だが、友人に誘われ、思い出作りとばかりにオープンキャンパスに参加したことが詩織の運命を変えた。

 初めて校内に入った時、綺麗に整備された裏庭の一番奥に一本の大きな桜の木が植えられていることに気が付いた。

 それを見た瞬間、満開に咲いたらさぞ綺麗だろうと思った。それと同時にその光景をみるためにはこの高校に受かるしかないのだと気付いた。

 そして、この桜が満開になる姿を自分の目で見てやろう、と決意した。

 


         ◇



「詩織」

 呼ばれた声に詩織が振り向くと、幼稚園からの腐れ縁である右近うこん隼人と帖佐ちょうさ莉子りこが立っている。

「ホンットーにやったのね、それ」

 莉子が腕組みしながら、眉間にはしわを寄せ、憎々しげに呟く。視線は詩織の頭に向いていた。

「コイツがやると言ったら、人の意見なんか聞かない男なのは知ってるだろ」

 隼人は、ため息交じりの呆れた声で言ったが、詩織は褒め言葉として受け取ったらしく、自慢気に息を荒くした。

「見たか? みんなビビってたな!」

「ビビってはいない。引いてただけだ」




          ◇




 ──後田詩織はコンプレックスの塊だ。

 綺麗な整った顔のせいで、今までの人生、男性扱いされることは皆無だった。

 そして、まるでそれが分かっていたかのように名付けられた『詩織』という名前は、決まって女性の名前のようだと言われる。

 詩織が憧れるのは不良漫画に出てくるような、ワルだけど一本筋が通った男だ。

 喧嘩上等、だが仲間と惚れた女だけはなにがあっても守る。そんな、昔ヒットした少年漫画の主人公が詩織の理想の人物像なのだ。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る