第16棺 はじめて その3
「おいおいなんだよ‼ そこのガキのせいでミスっちまったよ‼」
「
「うるせぇよヌイ。てめぇは剣を振ることしかできねぇ脳筋だろうが。弓矢は獲物を狙う正確性と我慢強さが売りなんだ。何も考えず剣を振るってる馬鹿とはちげぇ」
「ロバー。またキャットとヌイが喧嘩し始めたよ。リーダーなんだから締めてよ?」
「チッキンに言われると仕方ないな。おい二人とも言い争いは目の前のことを片づけてからな」
茂みの中から姿を現したのは四人の男たち。それぞれが専用の武器と防具に身を包んでいる。我を狙おうとしていたのは
だが問題なのはそんな些末なことではない。この四人はビバルの管理する森に入っておきながらビバルの警戒網に引っかからず身を潜めていたこと、これが一番の問題だ。
「きさ、まら」
ビバルの怒りが高まっていく。奴の周りの枝葉が、草木がその形状を変化させ鋭く尖り鋭利な刃物に変貌していく。人の肉程度なら一突きか輪切りにはできる強度へと。
「おうおう、なんだあの植物の塊みたいなのは? 普段のヌイくらい殺気飛ばしてやがる」
「普段の俺ってどのくらい?」
「気に食わねぇ一般人を皆殺しにしそうな」
「俺はそこまで戦闘狂じゃあねぇよ‼」
弓矢使いと刀剣使いの言い合いを無視して術師と修道士は現状の分析と対処を話し合う。
「おそらくこの森の管理者だよね。草木種で言語を介するタイプなんて珍しい。ロバー、どうする?」
「あの御仁と事を構える必要はない。我々の目的はそこの女だ。チッキン、足止めお願いしますね」
「あの全裸女をとっ捕まえればこんな鬱蒼とした森からおさらばできるってことだよな。でも雇い主に引き渡す前に俺たちがお触りできる程度には」
「ダメですよヌイ。指一本触れずに無傷で捕らえることが条件です。私の信仰的にも女性の体に触れることはアウトなので」
「じゃあキャットの弓矢もアウトじゃねぇか⁉」
「キャットの弓矢程度の傷なら私の
「わかったよ、ロバーの指示に従うさ。その代わりあの雑草は切り倒しても良いよな?」
「事を構える必要はないですが、向こうが邪魔をしてくるなら仕方がありませんね。その時は応戦してください」
四人の男たちはそれぞれの陣形を整えそれぞれが矢をつがえ、剣を抜き、術を唱える。
ビバルはそれらの動きよりも早く数キロ離れた巨木の根を操って大地を突き破って四人の男たちに走らせる。十、百、それ以上の数を有する巨木の根は牛や馬さえも容易に掴み取れるほどの大きさで、人があしらうには荷が勝ち過ぎている。
「貴様らの無駄話の間に、こちらがなんの準備もせず待っていたとでも?」
四人の男たちは各々の判断で後方に飛ぶが、すでに彼らの逃走ルートの先には別の巨木の根が待ち構えている。弓矢使いと刀剣使いはそれぞれで左右を見渡すが、もちろんそちらにも巨木の根が先回りをしている。
籠の中の鳥とはまさにこのことだ。三秒と経たずして彼らはこの森の肥料に成り変わる。
「
だが我の予想とは裏腹に、術師は火属性の防御呪文を起動させる。術師の術発動より少し前に残りの3人も術師の地点に寄り、術師ともども炎の壁に包まれる。巨大な火球に飲み込まれる形にはなったが、迫りくる巨木の根は四人の男たちに突撃すると同時に焼き払われていく。森の中で火属性の呪文は効果的で、あらゆる草木は火にくべる薪に過ぎなくなる。しかも向こうの術師は術発動のための
要はそれなりの使い手が揃った編成でここに来ているというわけだ。
「我が君、ナギを回収してここを離れていただきたい! おそらくこの者たちの狙いは」
「我だな」
ビバルの森林地帯を使った天然の城砦は人の侵入に敏感だ。一歩でもビバルの森に人が入れば確実にビバルに聞こえ伝わる仕様になっている。なのに我が急襲されるまで我もビバルも気付くこともできなかった。百歩譲ってビバルが気づかなかったのはまだわかる。だが我さえも気付かなかったというのは解せない。
「おい、修道士」
火球の半分だけ開け放ち、顔だけ見える状態で修道士が「はい? 私ですか」と答える。
「お前、なんの小細工を弄した? せっかくだから聞いてやる」
「この世界の神ではない異教の偶像物に問われても聞く耳を持たない私ですが、今日は気分がいい。教えて差し上げましょう」
修道士はぶら下げた十字架を手にし空に向かって掲げる。
「対異教神用の
「なるほど、要するに認識阻害の」
「俗物の言語でこの賜り物を侮辱するなぁ‼」
修道士の高速詠唱。通常の修道士なら10秒はかかる詠唱を我の視界に映る男は3秒もかからない速度で詠唱を終わらせ我らの頭上に大火を振り下ろす。
「
「術式の後付け詠唱。さすがロバー。キレると一番怖いよ」
「チッキンの補助いらなかったな。あの雑草諸共焼いちまいやがって。俺の剣の冴えが魅せられないままに終わっちゃったじゃねぇか」
「てか俺が間違って射抜いたガキは? もしかして今の炎で」
「致し方ありません。この世の神でない異教神をかばうなど、あってはならない。彼の命はここで潰える運命だったということでしょう」
火球の術式を解き、男たちは激しく燃え広がる我とビバルを眺める。我とビバルごと焼いた大地は超高温のせいで融解している。生身の人間がその身で受けていれば骨も残るまい。
『ビバル』
『……はい』
ただ我らは炭の状態でも生き永らえている。ビバルはこの森がため込んでいる大地のエネルギーを自分に還元することで自己回復ができる。よってビバルを本気で殺したいなら森ごと一瞬で絶滅させる必要がある。さすがに目の前の男たちにそこまでの力はないのでビバルは当分問題ない。
とはいえ燃え盛る炎の中でも我らの会話を聞かれたくはなかったので、念話による意思疎通を図っている。
『貴様は身を引け。そもそもこいつらがここにやって来たのは我の責任だ。このガキは我が術で守っているゆえ、炎を散らした後に撤退せよ。応急処置と刺さった矢の摘出は任せる。矢程度の手傷なら出血多量とはいくまい』
『て、手当てが終わり次第、私も加勢に』
『ビバル』
我は努めて冷静に、ビバルに言い放つ。
『我は、身を引けと、言ったよな?』
ビバルは見たことがないほど震えながら、それでもガキを優しく枝葉で包みながら大火にさらさぬよう慎重に身を引く。
後になってわかったことだが、この時の我は数千、いや数万、とにかく膨大過ぎる時間を経て久しく感じなかった「怒り」を覚えていた。
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