第3棺 いらい
「俺はジョン。このオノゴロの冒険者組合で用心棒をしてる」
来賓用のソファに座るジョンと名乗る男はフードを真深く被り神妙な声で語る。彼の専門は『暗殺業』であり職業柄フードを外すことはできないとのこと。ソファに座る前に顔見せできないことを謝られた時には色々あるのだろうとそのまま了解した。イザナはというと緑茶の用意をして僕とジョンさんの前に丁寧に運んでいた。先ほどまでソファで寝そべっていただらしない状態は影も形もなく、今は僕に従順な敏腕秘書のようだ。
「ジョンさんは用心棒だとおっしゃってましたが、組合に直接雇われた方ということすか?」
「そうだ。うちの爺様の代から雇われていて俺は三代目になる」
僕が慎重に聞き直したのには理由がある。それは彼が冒険者組合の用心棒であると言いながら、最近できたばかりの僕の葬儀屋にやってきたことだ。
そもそも冒険者というのはその名の通り、未開拓の土地を巡りそこで発見された新情報や新技術を元手に金銭のやり取りをする者たちのことを言う。未開拓ということもあり、冒険の途中では言語もろくに通じずいきなり戦闘になることもしょっちゅうなので、腕に自信のある者でないと簡単に命を落とすことも日常茶飯事である。しかも戦う相手は人間ではなく害異獣(がいじゅう)と呼ばれるモンスターの方が多い。僕はまだ数回しか見たことはないが、この町の近くの湖に発生した全長5メートルはあろうかという大きなワニ型害異獣の死体を見た時は度肝を抜かされた。
「余計なお世話を承知で言いますが、組合にいらっしゃるなら組合系列の教会に直接お話を通せば良いのではないのですか?」
僕の提案にジョンさんは露骨に嫌そうな顔をする。ちなみにジョンさんが用心棒を務める冒険者組合は未開拓地域進行を支援する組織の総称である。
冒険者の仕事は大変夢のあるものだが、新発見や新技術の開拓は簡単にいかない。冒険者が仕事として成り立つようになったのは今から数百年以上前。よって程度こそわからないが、先人たちはそのほとんどの新たなモノを掘りつくした後なのだ。国ができ上っているのもそういった先人の冒険者たちが新発見を成し得た結果ともいえるので、一概に冒険者が儲かるかと言われれば頷きがたかったりする。時には食い扶持を稼ぐために害異獣を討伐することも仕事のうちだったりするくらいだ。組合はそういった駆け出し冒険者を手助けする組織でもある。
「何が言いたい?」
「端的に申し上げて得体のしれない僕の店よりも、組合御贔屓の教会で葬儀を執り行った方がスムーズだと思うんです」
例えば害異獣退治などの生命に関わる依頼(クエスト)に等級を決め、張り出すことで冒険者たちの無駄死にを阻止し、組合加入の冒険者は自身に合った依頼をこなしランクを上げていく。組合に参加していない冒険者もいるにはいるが、生存率が段違いなのだ。そして万が一依頼中に命を落とした場合は組合御用達の教会で諸々の対処、つまり葬儀も執り行われる。
つまり組合の用心棒であるジョンさんがわざわざ外部の葬儀屋である僕の店に訪れることは本来ないはずなのだ。
「何故僕のお店に来られたんですか?」
「……理由を話す必要があるのか?」
暗殺者の殺意が僕の肌を刺す。思い出したくもない背中の古傷がうずき出し、死の恐怖が全身を襲う。
「これはこれは」
しかし僕の感じた恐怖よりも圧倒的な存在感と殺気が一階全体に広がる。まるでこの空間だけ重力が一気にかさ増しされたかのような錯覚。その発生源は言うまでもない。
「お客様。我が主人は店を経営しているとはいえ未だ若輩者。粗相したのでしたら私も頭を下げますので、どうか寛大なお心で接していただければと思います」
イザナは笑みを湛えながらジョンさんに話しかける。だがジョンさんは顔中に噴き出す冷や汗を拭うことも忘れて必死に頷く。
「……ここは、死んだ人間を希望したやり方で弔ってくれる店だと、聞いたんだ」
ジョンさんの質問に僕は「ええ」と答える。
「弔ってほしいのは、うちの爺様だ。金は払う、だから俺の言うやり方で弔ってくれ」
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