第8話 間違った決意を胸に
「入学式はいいのか?」
「そんな物些事じゃ!いいからはようはよう!!!」
女が俺の手を引っ張り校庭の真ん中へ誘導する。
「さぁ、思う存分かかって来るといい!!!」
「死んでも知らんぞ?」
「アッハハハハハ!!!!いいから早くしろー!それに、」
顔つきが変わった。
そう感じた直後、俺たちを囲むようにして半透明な魔法の壁が出現した。
「よーい、ドン!!!!」
先手必勝。俺は無属性魔法の身体強化を発動して地を駆ける。手には隠していた小型のナイフ
を持ち、数メートルの距離を一瞬にしてゼロにする。相手の視線を外すように体を屈め、空へ跳ぶ。
女は反応出来ない。
どこを見ている?俺はここだ!!!
頭上からナイフを振り下ろす。流石に殺してしまってはまずいので逆刃にしてあるが、当たれば致命傷は免れない。
俺は元暗殺者、一撃だ、たった一撃を当てれば勝負はつく。
何故だろう。刃が届かない・・・
それどころかとてもゆっくりだ。俺の動きがとてもゆっくりに感じられる。
こんな事は初めての経験だった。
あと数十センチ、その距離が遠いと思ったのは・・・・
ギロリ、と女の視線がこちらを向き、俺の手首をがっしりと掴む。
「っっ!!!!」
緊張で喉が引き攣り情けない声が漏れる。
「良い練度の身体強化じゃな。どれ、他の魔法も見せとくれ」
そう言うと俺を放り投げ、また数メートルの距離を保った。
「はぁ・・・はぁ・・・」
バクバクと鼓動が跳ねる。嫌な汗が頬を伝い滴り落ちる。
————死んでいた。
そう思えるほどの異常、分からない事が多すぎる。
時間が止まったかと思えるような感覚に加え、
最後の彼女の行動。
言葉では言い表す事が出来ない理を外れた何かがそこにはあった。
「来ないのか?」
女が一歩こちらに踏み出した。
ビクッ
体が勝手に反応し、足が後ろへ下がる。
何だこれは!?体が上手く動かない!!
手が、口元が震える。
女がまた一歩こちらへ近づく
何が起こっている!?
分からない、分からない分からない分からない!!!!
「あ、アアアアアアッ!!!!!」
だから叫んだ、動かない体に喝を入れ、上手く回らない頭を誤魔化すように
「ふ、フレイムアロー!!!何故だ!?アースキャノン、アクアバレット!!!何故出ない!?フレイム」
「もう良い」
「えっ?」
「もう良いと言った。わしに恐怖し逃げ腰となったお前なぞ取るに足らん。じゃが、わしも少し意地悪をし過ぎた、すまんかったの」
そう言うと女は体育館の方へ歩き出した。
「ほれおぬしもついてこんかって・・・はぁ・・」
彼女の視線の先には、四つん這いになって地面をじっと見つめる少年が一人。先程までは大きく見えたその背中が、今や見る影もなく、年相応の小さく弱いちっぽけな背中へと成り下がる。
あの時、ダグラスと初めて会った時もこうだった気がする。体が言うこと聞かなくて、震えてどうしようもなくて・・・
俺の奇襲は成功だった。師匠に教わった事を完璧にこなした俺に落ち度はない。
暗殺者稼業を始めた頃はそれが出来ずにミスをする事もあったが、あの頃はもはや師の教えを体が覚えていた。
だが、
——————失敗した。
それも相手に捕らえられるという暗殺者あるまじき最悪の失敗だ。
だが同時に諦めもあった。何故なら男は強かったから、それも自分よりも遥かに。
あれだけ厳しい鍛錬を積んだのに負けたんだ。
なら潔く負けを認めよう。
ああ、神がいるのなら願わずにはいられなかった。
せめて次の人生は、もう少し、もう少しだけ優しい世界に・・。
こんな汚れきった汚い体じゃなくて、綺麗な生まれ変わった体で、優しい人たちに囲まれた光の世界で・・・
「僕の息子になりなさい」
俺はダグラスが好きだ。あいつは俺をあんなに暗かった世界から引っ張り上げてくれた。
俺はヘランが好きだ。あいつは俺にアリエルと、実の娘と変わらない愛をくれた、包み込んでくれた。
俺は館にいる執事やメイド達が好きだ。
あいつらは暖かい食事や寝具を作ってくれただけでなく、俺に時には優しく時には厳しく接してくれた。
俺はアリエルが、アリィが大好きだ。
あいつはこんな俺でも分け隔てなく接してくれた。実の弟のように大切にしてくれた。
俺がどんな事を言おうと側にいてくれた。
あいつは俺に光をくれた。あったかい何かをくれた。
でも、俺は汚い。あそこにいるとふと我に帰る時がある。振り返ると血溜まりが俺の歩いた道に落ちている、俺の手を見ると真っ赤に染まってる。その手を見ていると髪からポタポタと赤い雫が落ちて来る。
こんなのは何とも思わない。俺が殺してきたのはあんな所に依頼が来るほどのクズどもだ。
何人殺した所で別に心が痛むとか、そんな事は一切ない。
でも、お前らは真っ白なんだ。俺が羨むくらいに真っ白で綺麗なんだ。
—————————俺に近づくな。
俺はこんなにも汚い生き物なんだと、こいつらを見て何度思った事か。こいつらといちゃいけない。きっと俺のせいでこいつらが汚れちゃうから・・・。
あぁ、アリィ触るな。お前に汚い赤い色が付いちゃう。ほら、タオルで拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても拭いても、取れないんだ。
良かった、お前の赤はすぐに取れたね。お前が汚れなくて良かった。
首輪を外された時に逃げるべきだったんだ。
でも、体が逃げたくないって、ここに居たいって言う事聞かないんだよ。お前が泣いて止めるのを見て、俺もここに居たいなんて思っちゃったんだ。本当はダメだって分かってるのに。
俺の心はこんなにも弱いのか・・・。
でも、そうか、俺が弱いからか。弱っちいからお前らは俺を心配しちゃうんだ。
もし俺が誰よりも強くて、誰にも負けない力を持ってたら、お前らは何の躊躇いもなく俺を送り出す事ができる。
強くならなくちゃ。誰にも負けないように。
一人でどこに行っても、どんな奴と戦っても負けないように。ましてやこんな所でこんなちっぽけな奴に——————————————
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