第18話 可憐
翌日、
「ショゴサン。ゲンキナイケドドウシタネ?マダタイチョウガワルイ?」
「ありがとう。ちょっと考え事していただけだよ」
一応、体が回復した章吾は、仕事に出勤していた。
検品をしながら、貴資を捜しだす方法を考えていた章吾を、王さんが心配してくれた。
とりあえずもう一度、実家の有った場所に行ってみたが、貴資は現れなかった。
前回は、偶然だったのか、それともどこからかつけられていたのか。
「お兄さん、ちょっとしっかりしてくれよ」
検品が終わるのを待っていたトラックの運転手が心配して声を掛けてきた。お互い名前は知らないが、何度も集配に来ているので顔見知りだ。
「そういや、運転手さん。第八運輸のドライバーだったね」
「ああ、そうだけど」
貴資にやられたときにトラックを見かけたな。と章吾は思い出していた。
斬里華も横浜駅の事件で第八運輸のトラックを見かけたといっていたし、だめ元で聞いてみるかという気持ちになっていた。
「運転手さん、阿久和 貴資って人知ってる?」
「え、お兄さん、うちの阿久和常務の事知ってるの?」
ブフッ!!
章吾は噴出した。
「若いのに幹部にまでなった優秀な人だよ」
「その、常務って本当に阿久和 貴資って名前なの?」
章吾は念を押して聞いてみた。
「本当だよ、自分の上司の名前を間違えるもんか」
偽名ぐらい使えよ貴資。まあ、分かりやすくていいけど。
「その貴資って人、運転手さんの支店にいるの?確かおんなじ工業団地内にあったっけ?」
「そうそう。神奈川基幹店。常務は平日なら会社に居たと思うよ。」
平日か……、取りあえず、明日休みを取って確認に行くか。場合によっては戦闘になるかもしれん。貴資だけでも大変なのに、この間の賢者モンスターとかが出てこられると面倒だ。
とりあえずあいつに連絡を取っておくか。章吾はスマートフォンを手に取った。SNSにはフレンド登録していなくとも一方的にメッセージを送れる機能があったはずだ。他の人も閲覧出来てしまうけど。
「この辺で降りるぞ」
「え?まだだいぶ距離がありますよ?」
「警察まで手を回せる連中が相手だ、こっちのナンバーまで控えられているかもしれん。車で乗り込んで、この阿久和 貴資って奴に逃げられたら元も子もねえ」
「そ、そうですね」
路肩に覆面車を止めて降りて二人で歩き出す。
章吾が第八運輸を調べようと決意した次の日、偶然にも田中と可憐も第八運輸に聞き込みに来ていた。
路地での爆発事件で目撃されたトラックの車番を第八運輸に問い合わせると、その車を持ち出していたのが常務の阿久和 貴資である事が分かった。
それで直接事情を聞きに、その人物の居る工業団地の基幹支店まで行こうとしていた所だ。
「……ちゃんと付いてきてるな」
「?今日は田中さんにずっと連れまわされてるじゃないですか」
どうにもさっきから田中の様子がおかしい。
「お前さんのことじゃねえよ」
「交通課が怪しいと睨んで、あんたをいろいろ連れ回してみたけれど、ようやく餌に食いついてくれたみてえだ」
辺りはいつのまにか人通り、車通りがなくなっていた。トラックが一台も通らないというのは工業団地内の道路としては不自然だ。
「ここで、こいつを襲えば馬脚を現してくれるかな?」
「た、田中警部。さっきから変ですよ」
可憐は突然豹変した田中に薄気味悪い物を感じていた。まるで、急に人間ではないものに変わってしまったようだ。
本能的な恐怖を感じてその場から逃げだそうとした可憐の腕を田中が捕まえる。
「いや、離して」
「つれない事言うなよ。協力してくれるんだろお。ここまで一緒にやってきたじゃないか」
可憐を掴む手の先から爪がみるみる伸びて、鉤爪の様になる。顔面の皮膚がずるりとむけ、それにつれ眼球や、鼻、眉など凹凸のある部分がぼとりと地面に落ちる。そして皮膚の下からのっぺりとした金属の仮面とそれに描かれた見覚えのあるイチゴのマークが現れた。
「あ、あなたは横浜の事件の?!」
ただ、以前に見たイチゴマーク怪人と違う部分は、口に当たる箇所にギザギザした鋼鉄の歯がむき出しになった口が付いている所だ。横浜で見たイチゴマークたちの顔面には完全に何も付いていなかったはずだ。
〝えっ!?どういうこと?田中さんの正体はテロリストだったの?最初から私が目当て?それって警察にもテロリストがもぐりこんでいるって事!?〟
可憐は、田中の変貌に驚愕して混乱していた。
それに、今まで刑事を装っていたはずなのに脈絡も無く正体を現して襲い掛かってきた意味も分からない。
「そんなっ、じゃあ、奥さんと娘さんのことも嘘だったの?」
「嘘、じゃあないさ。田中っていう刑事は実在したのさ。俺の〝素体〟になる前はなあっ」
「ひっ!!」
元田中のイチゴマーク怪人は鉤爪を振り上げ可憐を切り刻もうとする。
その時!!
「何やってんだ、あんたら」
偶然、第八運輸に向かう阿久和 章吾が通りがかった。
「お前は阿久和 章吾!!」
イチゴマーク怪人は章吾の顔を見て一瞬呆然とした。この辺り一帯には〝世界の悪〟魔法部隊が結界を張っていたのだ。おびき寄せる予定以外の人間が入って来れ無い様にしているはず。だから本来章吾がここにいるはずが無いのだ。
章吾の肉体の持つ魔力量の高さならば、結界を抜けられるのは少し考えれば分かることではあるが、偶然この場所に居合わせるのは完全に想定外だった。
章吾の方はイチゴマークの顔を確認するとすぐに〝世界の悪〟の尖兵と認識した。鉤爪が婦警の腕を掴んでいるのを見て破壊しようと手を伸ばす。
「くっ!!」
イチゴマーク怪人はそれを察知して、婦警を掴んでいた手を離すとその場から飛びのいて距離を取った。
「助けていただいてどうもありがとう。って、あああああーーーーーーっ!!」
可憐は章吾を指さして驚愕する。
「あ」
章吾の方も横浜の事件の時の婦警だと気が付いたようだ。〝まずった〝と言う台詞が顔にでている。しかし、今はイチゴマークをどうにかする方が先だ。
章吾はイチゴマーク怪人の方に向き直った。
「横浜の型とは少し違うな。会話もできる」
「完全機械式の量産型と一緒にしないで欲しいねぇ」
彼は潜入、工作用の特注品なのだ。他の安物とは一緒にして欲しくない。
「どちらかといえば、あんたが造られた技術を流用してるのさ」
「技術……か、〝門の一族〟の生き残りがいるのか?」
「門の一族?さてねぇ、末端が知ってると思うかいっ?!」
イチゴマーク怪人が鉤爪で章吾を切りつける。
章吾は余裕を持ってその攻撃を回避する。この程度の攻撃は体に受けたとしてもダメージは無いが、擬装用の生体細胞が傷つく。
これから第八運輸の支店を訪ねるというのに血みどろな上、服もずたずたの状態にするわけにもいくまい。
同じ理由で黄金勇者の姿になるわけにも行かない。しばらく人間の姿に戻れなくなる。
黄金勇者の力を解放していない場合、章吾の身体能力は全て三分の一程度になっている。だがこいつを仕留める程度なら十分だ。
章吾はイチゴマーク怪人が腕を振り上げ攻撃を行う前にゴッ!!という音と共に敵の腹部に拳をめり込ませていた。
「ギッ!!」
イチゴマーク怪人が金属質の悲鳴を上げる。
ゴッ!!ガッ!!バキッ!!更に三連撃。胸部、腕部に当たったそれは、今度は悲鳴を上げる間も無くイチゴマーク怪人の体を解体していく。
更に駄目押しの一撃が頭部に直撃すると、イチゴマーク怪人はゴシャアという音と共に部品を撒き散らしながら動きを止めた。
まあ、こんなものかと思いながら章吾は残骸を見下ろした。勇者協同組合に連絡しておけば回収して解析してくれるだろう。
「で、大丈夫ですか?」
章吾は後ろでポカーンと呆けている可憐に向き直った。
「あ、ええ、おかげさまで助かりました。市民の協力に感謝します」
おお、動揺して反射的に警察のマニュアル対応をしている。このまま勢いで押し切ってしまおう。と章吾は思った。
「じゃ、私はこれで」
しゅたっと手で挨拶をしてその場から離れようとする章吾。
だが、
「ちょっと待ったああああ!!善良な市民を装ったってごまかされないですからね!!今回こそは署で事情を聞かせなさああああい!!」
可憐が正気に戻って逆噴射した。
「やっべ!!」
逃げる章吾と、追いかける可憐。身体能力の違いからぐんぐんと差が開いていった。
そんな二人を近くの倉庫の屋上から監視する二つの影があった。
「彼を放っておいてよろしいのですか?」
「かまわん。〝御前〟の意思だ。しばらくは彼に任せよう。もちろんフォローはするがな」
可憐が所属する、横浜中央署交通課の同僚、鷺宮沙希と同課の課長だ。二人とも警察の制服ではなく、黒い戦闘服を身に纏っていた。
いざとなれば可憐を救うために割ってはいるつもりだったのだ。
田中警部に化けたイチゴマークが燻り出そうとしていた警察内の勇者勢力はこの二人の事だった。
一般署員の可憐にはもちろん知らされていない。可憐が現場から離れたことを確認した二人の影は、屋上から煙のように消えていた。
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