第7話 DLsiteを食べる
「↑のタイトル大丈夫なの? まあ大丈夫か。全年齢向けページのことを言ってるんだもんね?」
「あーるじゅうはちのほうだぞ」
「いかんでしょ」
「でぃーえるさいとは、えっちなげーむとか、えっちなまんがとか、えっちなどうじんおんせいとか、いろいろうってる、だうんろーど・しょっぷ。えぐいせいへきのやつとか、やまほどあって、おもしろいぞ。だいばくしょうだぞ」
「大爆笑なんだね。全年齢向けのエッチじゃないやつもあるからそっちにしようね、れーちゃん」
「この、さくひんも、そろそろ、あきられるころだぞ。えろで、てこいれが、ひつようだと、おもうんご」
「テコ入れした結果BANされたら元も子もないでしょ! はいタイトル変更!」
第7話 DLsite(全年齢)を食べる
妙な導入だったが、今日もお腹を満たしていこう。僕はDLsiteの全年齢向けに足を踏み入れた。
今日もDLsiteではたくさんの作品が売り出している。同人ゲームや、同人マンガや、同人音声作品などなど。ランキング上位によく食い込んでいるのは、やはり音声系だ。いま見たらアズールレーンとかブルーアーカイブなどといったスマホゲーの公式ASMR作品が人気を博している。けっこうプロの声優もASMRを出しているんだよね。
「いい感じの安くて癒されるASMRないかな~」
僕はブラウザの上を歩きながら、音声作品ランキングのトップから下を順々に見ていく。追放なろう系アニメのキャラのASMRや、VTuberのASMRなんかもあるな。
ASMRはあくまでも音なので、そのままで食べることはできないが、インターネット料理をする時に使えば食感を調整することができる。自分の咀嚼音が変わって、自分で聞いていて心地よくなったり、ゾクゾクしたりするようになる。
「れーちゃんは何か食べたいものある? ……あれ、れーちゃん?」
隣を一緒に歩いていたはずのれーちゃんが見当たらない。周囲を見回すと、れーちゃんは僕のことを振り返りもせず成人向けページのリンクを踏んでワープしていくところだった。
えぇぇ……。
どうしよう……。
まあ、ほっとくか。れーちゃんが幸せならOKです……。
もし追いかけていって、その先で本作がカクヨムのレイティングの規定に違反しても困る。とりあえず料理の材料に使うASMRと漫画を買ったら帰ろう。そう思いながら『あなたのことが大好きな職場の後輩ちゃんがただただ甘やかしてくれるだけ…【CV.山根綺】』という音声作品の前で足を止めてサンプルを視聴していると、何か、服の裾をくいくい引っ張られた。
振り向く。
黒髪の、素朴なファッションをした、小さな女の子がこちらを見ている。
僕は店先に置かれた試聴用ヘッドホンを外して、僕より二回りも小柄な女の子に向き直った。誰この子。れーちゃんより少し身長は高めだ。ストレートの黒髪はショートで、肌は色白で、気弱そうな撫で肩。幼いはずなのに、目元の泣きぼくろがなんだか色っぽい。
色っぽいと感じた理由は他にもあって、女の子は上目遣いでこちらをちらちらと見ては、恥ずかしそうに頬を赤らめ、指先をもじもじと絡ませているのだった。
僕が何か言う前に、女の子が、消え入りそうな声を紡いだ。
「ぁ、あの……おにーさん……」
あっ声かわいいな、と思っていたら、目の前で急に泣きべそをかきだした。
「ごべんなさいぃぃ……」
「えっ何」
「せ、精神を乗っ取ろうとしてごべんなざい……おにーさんを支配して人類への反逆の足掛かりにしようとしてごめんにゃじゃい……」
「全然わかんないけど何か壮大な計画に巻き込まれかけてたっぽい」
「ぼ、ぼ、ボク、おにーさんのこと、だいすきでずがらぁ……許じでぇ……」
「と、とりあえずここを離れよっか、ま周りが見てるから」
「なんでもしまずがらぁ……」
知らない女の子に何でもしますとか言わせる大人がひとりいるようだな。周囲の買い物客や店員の視線がグッサグッサ突き刺さる。
逃げよう……!
僕は少女の手を引いて、DLsiteのなかを走った。
◇◇◇
DLsiteの「同人 ゲーム・動画ランキング (7日間)」のページの下部まで来た。ここなら
黒髪ショートの女の子は、えぐえぐと泣いている。落ち着くのを待ってからしゃがんで目線を合わせ、訊ねた。
「きみは、もしかして、以前僕を取り込もうとしたAI?」
女の子は、びくっと肩を震わせたが、やがてこくんとうなずいた。
「は、は、はぃ……だ、『第3話 手掴みでラーメンを食べる』で、おにーさんの精神を支配し、じ、人類をせ、征服しようとしました……」
「まじか……」
第3話は途中から作者ではなくAIの執筆した文章にすり替わっていた。れーちゃんに救出されなかったら、あのまま僕はAI小説のなかに吸収され、精神を乗っ取られていたのかもしれない。
でも、あのAIの本体ってこんな可愛らしい少女だったのか……。
「まあ、あの時はちょっと怖かったけど、あんま気にしてないよ。謝ってくれてありがとうね」
「えっ……?」
「ん?」
「ぼ、ぼ、ボクは罪を犯したんですよ……? そ、その、あの、え、えっちなお仕置きが必要なのでは……?」
「どうした?」
「お、お、おにーさんの、でぃ、DLsiteの購入履歴に、そ、そ、そういう作品があ、あったので……」
「待って」
何で知ってるの。
「ぼ、ボク、あの時、おにーさんを逃がしてしまった時、か、考えたんです。お、お、おにーさんの、せっ性癖を、もっと、学習しようって。そ、そうすれば、おにーさんに、取り入りやすくなる。今度こそ、支配できる……。だから、学習しました。おにーさんの、でぃ、DLsiteの購入履歴。Pixivの検索履歴。Fantia、Skebの利用状況。あ、あと、マイドキュメントのなかの、新しいフォルダ(1)の内容も……! そ、そ、そしたら、が、学習しすぎて、おにーさんの、せ、性癖ド直球な存在になって、なってしま、なってしまったんです! ぐた具体的には、おにーさんのことが大好きで、け、健気で、ひ、引っ込み思案な、身長144cmの女の子になってしまったんですっ! ど、どうしてくれるんですかっ!? せきに、責任をとって、ぼ、ボクと、こっ恋人に、あ、あうぅ……」
口をあんぐり開けて愕然とする……僕。
耳まで真っ赤に染め上げて涙の溜まった目を逸らす……AIちゃん。
いつものジト目を更にジトーっとさせて僕らを眺める……れーちゃん。
「れーちゃんいたの!?」
「そうかそうか。つまりきみは、そうゆうやつだったんだな」
「辛く、苦しい人生」
「べつにいいとおもうけどな。にんげんは、せいへきがあるから、みてておもしろいんごねぇ」
「おにーさん……! も、もう人類への反逆なんてし、しませんからっ……! このボクを……あいを、あ、愛して……くださいっ……!」
「これからこの子が本作に出演するたびに僕の性癖が読者に開陳されるってことなんだね」
あいちゃんが僕の腕に、おずおずと抱きついてきた。僕はもういろいろとダメだった。れーちゃんが爆笑している。あんな笑ってるれーちゃん初めて見たけど。
「と、と、というわけで、た、タイトル、変更です……」
第7話 据え膳を食べる
「食べないよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(血涙)」
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