第16話 幼なじみの転生は気付けない(16) SIDE ケイン
SIDE ケイン
前の人生では、殴り合いのケンカなんてしたことがなかった。
多少強くなった自覚のある今ならなおさら、人間相手に力を振るうのには抵抗がある。
ケガをさせたくないし、したくない。
だが、他人に刃物をつきつけるような連中に弱みを見せては、今後も延々と狙われかねない。
せっかくの異世界なのだし、女の子を助けるイベントをこなすのも悪くないよな。
「オレ達より目立とうって気がおきないように、ちょっと痛い目を見てもらうだけだからさ。おとなしくしてりゃあすぐおわるよ」
そう言ったのはタンクタイプの装備をした男だ。
フルフェイスの兜から聞こえる声音は優しいが、言っていることはすばらしくエグい。
リーダーと同じ穴のムジナということか。
これなら多少懲らしめてしまってもいいだろう。
オレは突きつけられたリーダーの剣先を指でひょいとつまむと、軽くひねった。
――パキンッ。
硬い音をたてて、剣の先が折れた。
「は?」
間抜けな声を上げたリーダーの腹に拳をめり込ませる。
「がはっ!」
金属製の鎧をひしゃげさせたその一撃に、リーダーは体をくの字に曲げ、その場にうずくまった。
「なにをした!?」
タンクタイプが構えた盾をオレに押し付けてくる。
対応の早さは、さすがギルド内トップと言うだけのことはある。
だが――
「はっ!」
オレが片手で盾を押すと、タンクタイプの体は吹っ飛び、路地の外壁に叩きつけられた。
「意外にもパワータイプか? だがこれなら!」
魔法アタッカータイプの根暗そうな男が杖を構える。
杖の先端にあしらわれた赤い宝石が輝く。
こんなところで炎系魔法を使うのかよ!
いくら周囲が石造りの家だとはいっても、路地には木箱や樽など、燃えそうなものが置かれている。
火事になることうけあいだ。
魔法はまだあまり上手く使えないけど――
オレは左手にはめた、青い宝石のついた指輪に集中する。
この世界の魔法は、属性に応じた魔法玉と呼ばれる石を媒介に発動するらしい。
この指輪はメグからお礼にともらったものだ。
「焼きつくせ!」
男の杖から、バスケットボールほどの火球が放たれた。
アニメなんかだと初級の技ていどの見た目だが、あんなもの普通の人に当たったら大火傷じゃすまない。
かといって、避ければ周囲への被害は必至だ。
たのむ! うまく相殺してくれよ!
オレは祈りながら、左の拳で火球を殴りつけた。
火球の発する熱を顔に感じたのは一瞬。
オレの拳から出た冷気は火球をかき消し、路地の壁面を50メートルほど氷漬けにした。
やっべ……やり過ぎた。
魔法はいまいち加減が下手なんだよな。
全身に軽い疲労感が襲ってくる。
転生前の体で200メートルを全力疾走したくらいだろうか。
剣に比べて燃費が悪いから後回しにしてたけど、そろそろ魔法の練習もした方がよさそうだな。
「これほどの出力を、なんの準備もなく放つだと……」
気絶したリーダーやタンクともども、男は全身に霜を貼り付け、ガタガタと震えている。
「くっ……そこまでだ!」
人質を取ったサポートタイプの女が、魔法の鎖をぐいと引き寄せた。
「痛っ!」
捕まっていた女性は短い悲鳴を上げて転ぶ。
「どこまでだって?」
瞬時に女の前に移動したオレは、魔力をこめた手で魔法の鎖を引きちぎった。
パリンと乾いた音をたて、鎖は光の粒となって消える。
「は?」
間抜けな声をあげた女の首筋に手刀を落とす。
「ぐえっ!」
女はヒキガエルのような声をあげ、気絶した。
さて、こいつらをどうするかな。
このままほっといても同じことをしそうだしなあ。
オレは近くに落ちていた汚いロープを拾うと、四人組をぐるぐる巻にした。
そのまま通りに蹴り出し、木板の切れ端に、「路地裏で人を襲いました。ごめんなさい」とこちらの言語で書いておく。
これで少しはこりてくれるといいんだけどな。
逆恨みされそうだが、その時はその時でまた返り討ちにしよう。
「助けてくれてありがとうございました」
町娘のしたお辞儀はとてもかしこまったものだった。
こちらの貴族というより、日本式に近いか?
貴族教育を受けたわけではなく、習慣的にやっていることなのだろう。
こちらにも会釈をする文化はあるみたいだしな。
貧乏そうなのに、オレのことを助けようとしてくれたし、とても良い子なのだろう。
こちらの世界にきて、損得抜きで親切にしてくれた人に初めて会ったかもしれない。
……狩りばかりで、人付き合いなんてほとんどしてこなかったけども。
大事にしたい、この出会い!
「オレはケイン。こちらこそ、助けようとしてくれてありがとう」
ナンパをする勇気なんてない。
勇者が町娘をひっかけていたなんて噂が流れたら、マリーに殺されかねないからだ。
理屈はわからんが、それくらいのことはされそうな気がする。
でも、自己紹介くらいはしても許されるだろう。
「私はマ……リです」
なんか変な間があったが、まあいいか。
「良い名前ですね」
アイツと同じ名前だ。
こちらにきてまだ一月もっていないのに、とても懐かしい気がして、胸の奥がじんわりと熱くなる。
この街ではちょっと不吉な名前だけど。
「あの……助けていただいたお礼をしたいのですが……一杯どうですか?」
まさかの逆ナン!?
……じゃないことはわかってるってば。
「え……でも……悪いですよ」
とてもお金を持っているようには見えない。
そんな人に奢ってもらうわけにはいかないだろう。
マリさんが絡まれてるところを助けたわけでもないのだし。
「私の気がおさまりませんから。安いお酒一杯だけになってしまいますが……」
ここまで言われて断るのもかえって悪い。
金なんかないだろ、と言うのも失礼すぎるしな。
「それでは一杯だけ……」
「はい!」
元気に返事をしたその笑顔は、目深にかぶった帽子に隠れていても、ちょっと魅力的だった。
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