第2話 幼なじみの転生は気付けない(2) SIDE ケン

 目を覚ましたオレの視界に入ったのは、見知らぬ病院の天井……ではなかった。

 ファンタジーもののアニメやゲームでよく見る貴族の謁見室だ。

 玉座の間に近いイメージの豪華なものである。


 走馬燈にしては尺が長いし、オレの記憶にはない光景だ。

 何より、現実感がある。

 いつもより体は軽いのに力が出ない感じはするが。


 ふと自分の姿を見ると、かなり痩せた体にボロい服を纏って石の床に座っていた。

 床にはオレを中心とした魔法陣が描かれている。


「もしかして……転生とか?」


 なんてな……と自嘲しようとしたのだが、オレの口をついて出た言葉は異国のものだった。

 日本語で考えているはずなのに、不思議な感覚だ。


「今度の勇者は話が早そうだ」


 上座に王のよう座るでっぷりした中年男性がそう呟くと、近くに控えていた兵士がオレの前に、ハムスターを飼うような小さな檻を持ってきた。

 檻の中にはリスに似た小動物が、目を赤く光らせながら、鋭い牙をガチガチ鳴らしてこちらを威嚇している。


「檻の中にいるのは、人間に害なす魔物だ。殺してみよ」


 男がオレに命じるのと同時に、兵士が剣をオレの前に置いた。


 ここにきて、やっとオレは周囲の状況を確認する余裕が出て来た。


 学校の体育館の半分ほどある謁見室には、10代後半と思われる美しい娘が扇で口元を隠し、こちらを見下ろしている。

 貴族の令嬢でござーいと全力でアピールしているかのような、豪華な服にブロンド縦ロールだ。

 さらに魔術師や兵士風の男達が総勢20人ほど並んでいる。

 その中でも、オレの背後にいる兵士は、オレに槍を突きつけている。


 小動物を殺したことなどないのだが……。

 夢、じゃないだんよなきっと。


 本当に転生というやつかもしれない。

 そういうアニメや小説は少々嗜むので、なじみのある世界観ではある。


 兵士がオレの首筋を槍でつついてくる。

 やらねば殺すということだろうか。


 本当に転生したかなんて確かめようもないが、ここで自分が殺されてどうなるかもわからない。


 すまん……殺した後でちゃんと食うからな……。


 オレは兵士が床に置いた剣を取ると、檻の中に差し込んだ。

 リスのような魔物が、剣の刃に噛みつくと、剣が僅かに刃こぼれした。

 少し可愛いと思ったがとんでもない。

 あの牙で首筋にでも噛みつかれたらひとたまりもないだろう。


 オレは迷いつつも、狭い檻を逃げまわる魔物に剣を突き刺した。


「ギィ――」


 魔物はオレを赤い瞳で睨みつつも、やがてこときれた。


 すると――


 魔物の体が赤い光の粒子に変わったかと思うと、オレの体に吸い込まれていった。


「「「おおお……勇者召喚の成功だ」」」


 謁見室がざわめいた。

 それと同時に、オレの体内から力が湧いてくるのを感じた。


「感じるか。それこそ勇者の力。転生せし者は、魔物を倒すことで、己が力を高められるのだ。詳しい説明はクロウザーから聞くがよい。下がれ」


 それだけ言われると、さっさと部屋を追い出された。

 勇者とか言ってたけど、扱い悪くない!?


◇ ◆ ◇


 オレはこの体の持ち主、『ケイン=レッドマウンテン』の家で、経理のクロウザーさんから説明を受けていた。


 経理て。


 最初の仲間が戦士でも僧侶でも魔法使いでもなく経理。

 いかにも文官という雰囲気のアラサー男性だ。


 世界救う気ある?


 しかも勇者だというのに、王都の貧民街にある小さなボロ家住まいである。

 1部屋しかないが、着ている服や家具のボロさを見るに、一人で住むには贅沢すぎる。

 両親を含め、親戚は病気や戦で亡くなったか、他国へ出稼ぎに出ていると、クロウザーさんから聞かされた。


 転生に適応できる人間は身分に関係なくランダムで、たまたまここに住んでいたケインが見つかったということらしい。

 もとの人格ってどうなっちゃったんだろう?

 オレが転生してきたことで、彼の人生は終えたに等しいのだが……考えないようにしよう。


「以上が勇者についてのご説明です。質問はありますか?」


 クロウザーさんによる面白みのない事務的な説明内容はこうだ。


 ・魔物を倒すことで、自身を強化できる者を『勇者』と呼ぶ。

 ・まず勇者は街の護衛をかねて、周辺の魔物を狩ることで力をつける。

 ・魔物討伐は冒険者ギルドを通してもらう。報酬はテレジア家からの補填で通常の1.2倍になる。

 ・十分に力をつけたとテレジア家が判断したら、魔王討伐への旅に出てもらう。


「ただのフリーランスな冒険者じゃん!」

「補填が出るとご説明したでしょう? 20%増しは破格ですよ。それに、向こう一年間は家賃もテレジア家が負担します。すごいでしょう?」


 そうかもしれないけど、そういうことじゃないんだよなあ……。


「もしかして勇者ってちょくちょく出るのか?」


 唯一無二にしては扱いがぞんざいすぎる。


「我が国だと3年に1人くらいですね。かなり貴重です」

「たしかに貴重だけど、それほどでもないやつだ!」

「前回召喚転生された勇者様はすでに王都を旅立っております。ケイン様も精進くださいませ。テレジア家が召喚した勇者が魔王を倒したとなれば、家名にもハクがつきますから。その中心にケイン様がいることになるのです。富みも名声も欲しいままでございます」


 テレジア家とは、オレを召喚した富豪だ。

 もしかして、勇者ってただの投資先の一つでしかないのでは……?


「それでは」


 クロウザーさんが家を出て行こうとする。


「え? どこいくんだ?」

「お屋敷に戻って仕事の続きをしなくては」

「勇者専属じゃないの!?」

「まさか。経理の私に戦いなんてできるわけないじゃないですか」


 たしかに戦えるようには見えないけど!


「じゃあ、仲間をみつくろってくれたりは?」

「難しい討伐依頼をこなせるようになれば、雇えると思いますよ」

「自腹かぁ……経費申請とか……」

「通りませんね」


 無情だ!


「剣と軽装鎧、あと勇者の証となる首飾りは明日届けさせますので、まずはそこからがんばってください。勇者様にあまりみすぼらしい格好をさせるわけにはいかないのでサービスです」


 それなら家ももう少しなんとかしてほしかったけど……。

 これ以上は言ってもしょうがなさそうだな。


「ところで、魔王を討伐したら、さっきいた姫っぽいお嬢様と結婚できたりするのか?」


 前の人生ではマリにこだわりすぎた。

 我ながらちょっとキモかったとさえ思う。

 死ぬ前に告白すらできなかったのは、今でも後悔しているが、せっかくの新しい人生だ。

 こんどこそそっち方面も積極的に行こう。

 せっかく勇者に転生したんだから、狙うならやっぱり美人の令嬢だよね。


「ええ……? 本気で言ってます?」


 分不相応だとあきれられるならわかるが、正気を疑われるレベルの視線がとんできた。


「そんなに無謀……? 魔王を倒しても?」

「いえ、魔王を討伐できれば旦那様の許可は下りるでしょうが……。王都で暮らしていれば理由はすぐわかりますよ」


 クロウザーさんは顔をしかめたまま、今度こそ家を出て行った。


 ……どゆこと?

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