第16話 橋上の決戦(前)-5
「ボクへの応援要請は王国からの命令ですか?」
ラナンキュラスの問いにトゥルーは答えられずにいた。当然、彼女への要請は王国からの命令である。ただ、それをその通りに伝えると彼女はこれに応じてくれないのではないか、とトゥルーは察しているのだ。
「トゥルー様を困らせたいわけではないのです。ですが、確認をしておきたいんです」
「王国からの命令だ。もちろんラナちゃんの意思は尊重する。危険な場所に赴かなかければならないわけだからね……」
彼女はまた無言になり、トゥルーの目を見つめている。
「すでにカレンちゃんも討伐隊として現地へ向かっている。もちろんオレも王国騎士団として戦うつもりだ」
「ボクが加勢しなければ、カレンが――、トゥルー様が――、危険な目に合う。もしも守りが突破されたら街全体が大変なことになってしまうかもしれない」
「――その通りだ」
ラナンキュラスは大きく息を吐き出した。
「ボクの力を借りようとする人たちはみんなズルいです……。そんなことを言われたらボクの意思に関係なく、行かざる得ないではないですか!?」
トゥルーにとって彼女のこの反応は意外だった。「黒の遺跡」にてカレンを救出するためにブレイヴ・ピラーに手を貸していた報告を聞いていたからである。
「ボクはずっと、もう魔法を使わないと決めていました。ですが……、スガさんが危ない状況にあると聞いた際、彼を助けるためにこの力を使いました。これは最近の話です。それはボクの意思です! そこにいたカレンはボクに声をかけてはきませんでした」
トゥルーは黙って彼女の話を聞いていた。
「黒の遺跡で戦ったのはカレンが危険と聞いたからです。ボクの力で彼女を救えるなら迷いません。そして……、今回もきっとそうなのでしょう」
「ですが……、ボクはこうして! これからずっとこの力は使い続けなければならないのですか!? この力が……、ボクの人生を狂わせたというのに!」
これは、彼女を呼びに来たのがトゥルーだったがゆえの甘えだったのかもしれない。ラナンキュラスは手を貸したくないわけではない。ただ、自身のもつ強大な「力」に振り回されるのが辛いのだ。
「……ラナちゃんが行きたくないのならオレは無理にとは言わない。騎士団にもそのように報告する。君に王国の要請に応じる義務はないからね」
少しの沈黙が流れた。そして、先に口を開いたのはラナンキュラスだった。
「……ごめんなさい。この街を守るためだというのにボクのわがままを聞いてもらって――。大丈夫です。力になります」
彼女はわずかな笑みを顔に浮かべてそう言った。
「ありがとう、ラナちゃん」
トゥルーは引き連れた馬の鼻筋を軽く2,3度ほど撫でた。彼はその後、手綱と鬣を掴み、鐙に足をかけてから勢いよく体を持ち上げて馬に跨った。そして馬上からラナンキュラスに手を差し伸べた。
彼女はトゥルーの顔を見上げた後、彼の手をゆっくりと、そして力強く握った。
◆◆◆
ブリジットの背中を追って私は小さな脇道に入った。道の先で角を曲がったので、見失わないように急いで同じ角を曲がる。すると、そこにはこちらを待っていた彼の姿があった。
「尾行なんて慣れないことしないほうがいいですよ? 僕は追われている身ですから後ろは警戒してるんです」
ブリジットは余裕のある表情でこちらを見ていた。気付いていて撒こうとしなかったのを考えると、行き先を知られるのに不都合はないのだろうか?
「てっきりどこかに避難したのかと思ったが、人の波とは逆方向に進んでいたからな」
「気になってつけてきたんですね……。まぁ、あれです。ちょうどいいかもしれませんね?」
ブリジットは手帳……、というよりはただの小さな紙束になにやら書き物をしながら私に背を向けて歩き始めた。
「なにがちょうどいいんだ?」
彼の後ろを歩きながら問いかけてみる。
「ユタカは僕の目的を知りたがっていたでしょう? それがわかりますよ」
「ひょっとしてこの騒ぎは――」
私がここまで言ったところで彼は振り返り、言葉を制するように手を突き出した。
「この警鐘が鳴ってる事態に関して僕は無関係です。一応、なにが起こっているかの情報は掴みましたけどね」
――情報を掴んだ? 私と別れてからのこの短い間でか……?
「きっと『この短い時間にどうやって?』と疑問に思ってますよね? 種は簡単。僕が今持ってるこれですよ?」
ブリジットが握っているのは紙束。
そうか……、「魔法の写し紙」か。
「魔法の写し紙」、1対の紙の片方に文字を書くと、同じ文字がもう片方に映し出され発光する仕組みのアイテムだ。この世界の様々なところで連絡手段として用いられている。
「その顔は気付きましたね? 『魔法の写し紙』です。電話とか電子ネットワークがない世界ですからね。遠距離で素早く情報を手に入れるのに一番使えるのがこのアイテムです」
たしかにこれなら簡易な電子メールとほぼ同じ役割ができる。もっとも距離的な制約があったりするのか、といった詳しいところは知らないのだが。
彼は魔法の写し紙について説明をしてくれた。
実はそれなりに高額の商品のようで、魔法の効力を持続できる期間にもバラつきがあるらしい。使用せずに長期間置いておけるものは特に高額になる傾向にあるという。
「僕はこちらの世界に来てから、ユタカが嫌いそうな方法でずいぶんと稼がせてもらいました。そして、その稼ぎの多くをこの紙の購入に充てています。『情報屋』ですからね……。いろんな人間にこれをバラ撒いて情報をもらえるようにしています」
「街の騒ぎの情報もそれで手に入れたのか?」
私は、再び歩き始めた彼の背を追いながら問いかけた。
「ええ、お金で動いてくれそうなやつはどんな組織にもいますからね。それこそ王国騎士団やブレイヴ・ピラーにだっています。彼らから今の騒ぎの情報をもらいました」
「それを知っていてお前がこうしているのなら、避難しなくてもいい事態なのか?」
「それはどうでしょうね? 街にまものの大群が押し寄せてきているようです。急いで討伐隊が編成されて、街の外にある大きな橋で迎え撃つつもりのようですね」
まものの大群……、黒の遺跡での記憶が頭を過ぎった。あの時はなんとも思わなかったのに、今思い出すと吐き気をもよおしそうになる。
「それとお前の目的がどう関係あるんだ?」
ブリジットは急に立ち止まり、こちらを向いてにやりと笑った。なにか不気味なものを感じずにはいられない。
「これからここでなにか起こるかもしれません。なにも起こらないかもしれません。どうなるかは僕にもわからない……。わからないけど、僕はおもしろいことが起こると期待しています」
彼はそう言ってまた前を向いて歩き始めた。そして、脇道を抜けると大通りに出た。
ここは私にも見覚えがある場所だった。
「あまり目立つところにいると危ないかもしれないので、もう少し離れた場所で待っていましょう。『なにか』が起こるかどうかをね?」
大通りの一番目立つ建物を一瞥した後、彼はそこから離れていった。
それは過去に一度だけ私も世話になった、「ブレイヴ・ピラー」の本部だった。
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