第15話 束の間-6

「帰りに『星月ほしつき』を買っていきましょう! せっかくここまで来たんですから」


 古い監視塔を背にしてラナさんはそう言った。


「わかりました。ちなみにどちらを買うんですか?」


 これは悪ふざけのつもりで聞いた。


「ボクは『星』が好きです。スガさんはどちらがいいか決めたんですか?」


「私も『星』が好きです」


 あの「黒の遺跡」で食べたときの味は格別だった。状況が特殊過ぎたゆえの補正はあるだろうが、私の中で今は「星」が一歩リードしている。


「――でしたら、今日は星だけ買って帰りましょう!」


 前に一度訪れたテントのようなお店の前にふたりで並ぶ。甘く香ばしい匂いがあたりに漂っていた。傍から見ると、恋人同士に見えたりするのかな、と一瞬だけ考えたりもした。


 星のトリートを1袋だけ購入して、私たちは酒場に帰ることにする。ようやく日が傾いてくるくらいの時間だ。


「まだ明るいですが、たくさん歩きましたからね。早く帰ってゆっくり休みましょう」


「そうですね。今日は気持ちよく眠れると思います」


 本音はもう少し一緒に外にいたいと思っていた。どこに行きたいわけでもない。ふたりだけの時間を1秒でも長く過ごしたいと思った。



 帰りの路面電車の駅へ向かう途中、視界の端に「それ」を捉えたことで、なにかが動き出すのを感じた。


 ――今から当たり前の日常が壊れていくかもしれない。


 それでも、今日のこの幸せな時間が私の背中を押した。



「スガさん、どうされました?」



 駅前で急に立ち止まった私にラナさんが声をかけてくる。


「ラナさん……、本当に申し訳ないんですが、私は少しだけ用事があります。先に帰っていてもらえますか?」


 ラナさんは小首を一度傾げてから小さく頷いた。


「――わかりました。あまり遅くならないように戻って来てくださいね」


 私は、背を向けて駅に入っていくラナさんの姿を見送った。そして駅に背を向けて来た道を戻る。そして、視界に中心に彼の姿を入れた。



「ストーカーにだけはなってくれるなと言わなかったか?」



「デートの邪魔してすみません。ですが、なかなか話しかける隙がなかったもので」


 ブリジットは私を待っていたようだ。ただ、今回に限っては私にも彼と話す準備がある。全部、杞憂ならそれでいい。私は「壊す」決意をした。




 ――数週間前。


 トゥルーさんは時々酒場に顔を出していた。時間帯は、カレンさんがやってくる時間に近く、彼らはカウンターの席に隣り合わせで座ってよく飲んでいた。私はラナさんやカレンさんと話すうちに自然とトゥルーさんとも話をするようになっていた。


「トゥルーさんはいくつくらいの時にみなさんと知り合ったんですか?」


 何気なくこんな質問をした。


「15年くらい前……かな、たしかカレンちゃんとラナちゃんが初等学校に入ったくらいだったような?」


「それくらいだっけかな? あんまりはっきり覚えてないよ」


「先に断っておくと、あまり重く捉えないでほしいんだが、オレは孤児なんだ。昔はこの近くにオレみたいなのを預かっている教会があってな。そこでは12~13歳になると近所のお店とかの手伝いに出されていたんだ」


「トゥルー様は、うちの酒場へお手伝いに来ていたんですよ」


 ラナさんが料理を並べながら会話に参加してきた。


「お店を手伝ううちにラナちゃんとその友達のカレンちゃんと仲良くなってな。そう考えるとずいぶん長い付き合いになるか」


 それから、ラナさんやカレンさん、そしてトゥルーさんの身の上話を聞かせてもらった。


 彼はひとりで働ける年齢になると、自分で学費を稼ぎながら勉学と剣術の修行に励み、何度か挑戦した末に王国騎士団へと入団したそうだ。


「『王国騎士団』と言っても辺境の地で隣国との境界を警備する仕事だからな。そんなに裕福でもないし、ようやく中央に配置されてほっとしたところだよ」


「トゥルー様は人に気を使う性格ですし、遠慮がちの方でしたので騎士団とかはあまり向いてないと最初は思っていましたけどね?」


「今でも向いてるとは思っていないよ。剣はそれなりに振れるようなったけど、カレンちゃんの方がずっと強そうだしな」


「カレンは特別ですよ? よく考えたらトゥルー様とスガさんの性格はちょっぴり似ているかもしれませんね?」


「そうなのか? カレンちゃんはどう思う?」


 トゥルーさんは隣りに座るカレンさんに向き直って尋ねる。


「トゥルーとスガか……うーん、どうだろうねぇ?」


「私はそんな立派な仕事はできませんよ。会ってそれほど経っていませんが尊敬します」


「いやいや、噂ではスガワラさん、中々のやり手だと聞いているぞ。いろんな学問を修めているようじゃないか?」


「そんなことはありません。ほんの少しだけ変わった知恵があるくらいです」


「ほら? こうやって謙遜するあたりがトゥルー様に似てませんか?」


「ああ、たしかにそうかもねぇ」


 ラナさんとカレンさんは声を上げて笑っていた。私とトゥルーさんは顔を見合わせてお互いに首を捻った。


「その名前ならきっと幼少の頃から勉学に励んでいたんだろうな。商才があるというのは羨ましいよ」


「才能、と呼べるほどまだ稼げてもいませんよ」


「ね? また謙遜しましたよ」


 ラナさんはくすくすと口を抑えて笑っていた。


「ラナさん、あんまりからかわないでください」


「ふふっ、ごめんなさい。なんだか楽しくって……」


 夜の酒場での楽しい時間に、トゥルーさんはすぐに馴染んでいた。最初の印象からそうだったが、とても感じのいい人だ。


 カレンさんはきっと彼のことが気になっているんだろうな。彼を見つめる視線がそう告げているようだった。


 この時間が幸せだからこそ、あの不自然な発言を聞きたくなかった。

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