◆◆第9話 不感の才能(後)-1

 魔法闘技場の舞台に立つのは初めての経験でした。闘技の場へと続く廊下は真っすぐに伸びていて、出口からは外の光が眩しいくらい輝いて見えます。


 文字通り「日の当たる場所」なんだと思います。もっとも、魔法使いの本質が、この魔法闘技にあるのかはわかりませんが……。


 出口が近づいてくると光とともにたくさんの歓声も響いてきました。ですが、この声のほとんどは私ではなく、アレンビーさんに向けられたものです。薄暗い廊下を出て、視界が一瞬真っ白に染まりました。そして、私は日の当たる場所に立ちました。


 遠く――、真正面にはすでにアレンビーさんの姿がありました。


 彼女の大きさは指で隠せるほどに小さく見え、思っていたよりも遠く感じました。この距離でも「知恵の結晶」の制服を着ているのがわかります。



 周囲の歓声は、最初こそとても大きく聞こえました。ですが、耳が慣れてしまったのか、少し時が経つとまるで気にならなくなりました。視界の右と左の端に審判の方の姿が映ります。彼らの放った魔法が、中央でぶつかった時から決闘は開始されます。



◆◆◆



 西側の入場口からパララさんが姿を現した。彼女はいつも見かける魔女のような鍔が大きく、とんがった帽子にボレロを着た格好だ。


 私は彼女の姿を見て、わずかに違和感を覚えた。こう言ってはなんだが、大観衆につつまれて、怯えるように出てくる姿を想像していたのだ。ところが、いざ姿を見せた彼女はとても堂々としていて、怯えなど微塵も感じさせない。当然、堂々としている方がいいのだが、私のもっているイメージと大きく相違した姿だった。


「彼女とはお知り合いなんですよね……。やはり心配ですか?」


 オズは私の表情を窺いながら聞いてきた。


「そうですね。心配していた様子と違っていて逆に心配というか――」


「ええっ…と、それはどういう意味で?」


「私もうまく説明できません。忘れて下さい」


「お知り合いだからこそわかること……って感じですかね?」


「大体そんなところです」


 オズは次に、東側のアレンビーに目を向けて話し始めた。


「この闘い、アレンビーにとってはメリットが全然ないと思うんですよ。彼女にとっての『パララ・サルーン』とはなんなのでしょう?」


 オズは独り言のように呟いていた。


 ただ、言いたいことは理解できた。アレンビーはすでにこの魔法闘技で名声を得ている身だ。一方のパララさんはまったくの無名。


 アレンビーは勝利しても現時点の評価が大きく変わることはないだろう。ただ、逆に負けてしまった場合、無名の魔法使いに敗北した記録が残ってしまう。


 今、スター選手のように活躍している彼女にとってこれは大きな痛手となりえる。つまり、勝っても得るものはほとんどなく、負けて失うものは大きいのだ。

 それでも、アレンビーがパララさんを指名したのなら、すべて理解した上で彼女は闘いたかったのだと思う。それだけの理由がきっと彼女にあるのだろう。



◆◆◆



「うちのギルドに何人か、パララちゃんと組んで任務に就いたのがいてね。口を揃えて同じこと言ってたんだよね?」


 私は、入場してきたパララちゃんを見つめているラナに話しかけた。彼女は視線をそのままに話を聞いている。


「いざ任務が始まるまでは、それはそれは頼りなさげで心配になるみたいだよ」


「ふふっ、その姿は不思議と容易に想像できてしまうわね」


「けど、いざ魔法が必要な状況とかになると……、別人みたいになるって言ってたよ」


 ラナはじっと彼女のいる方向を見つめたまま返事をした。


「それも――、わかる気がする」


「こないだのスガがボッコボコにされた時、ユージンんとこに乗り込んだ際も思ったんだよね。魔法を使う瞬間はとても冷静になるんだなって」


「ちょっとカレン、その言い方やめてよ?」


 ラナは口元を抑えて笑いながらそう言った。


「スガの話のとこかい? いいんだよ。済んだことは笑い話に変えるのが私の主義なんでね」


「そんな言い方したらスガさん、怒るわよ?」


「ははっ、逆に見てみたいかもねぇ。スガって怒ったらどんななるんだろう」



 一呼吸おいてお互い無言になった。パララちゃんもアレンビーも入場し、試合開始の合図が近づいていたからだ。そして、北と南の位置に立つ審判から光の玉が放たれた。それは闘技場の中心でぶつかり、強い光を放った。



「あっ!」



 ラナが唐突に声を上げた。


 次の瞬間、パララちゃんの構えた杖の先から赤い炎が流星の如く一直線にアレンビーのいる方向へと放出された。


 アレンビーは大きく左方向へと跳び、的の位置も大きく左に移動させてそれを回避した。


 パララちゃんが魔法を放ったのは、試合開始時に決められた立ち位置からだ。


 天覧席は普通の観客席から離れた場所にあるため、元々歓声がそれほど大きく聞こえてこない。ただ、今この瞬間は完全に沈黙しているのがわかった。そして、数秒遅れて大歓声が聞こえてきた。


「すごいわね、パララ。アレンビーはとても動きにくくなったと思うけど……、これからどうするのかしら?」


「正直、魔法闘技には疎くてね……。解説をもらえますかねぇ、ラナ様?」


 私はギルドで魔法使いと協力する任務を受けたり、逆に敵に回す場合もあったりする。だから、魔法発動の予兆を掴んだりとか、軌道を見切るのはそれなりにできるつもりでいる。


 ただ、どうにもこの「魔法闘技」はその辺が実戦とは異なっていた。


「うん。私も少し驚いたけど、今のってパララもアレンビーも初期位置だったの」


「ああ、パララちゃん一歩も動かずにいきなり魔法撃っちゃたもんね」


「お互い初期位置――、ということは、ほぼ闘技場の端から端の距離。さっきの炎は恐らく避けなくても的には当たらなかったわ。けど、『当たるかもしれない』と思うくらいに近くに飛んできた」


 ここまで聞いてラナの言いたいことが理解できた。パララちゃんてけっこうヤバいレベルの魔法使いなのか、と今更ながら私は思っていた。


「つまり、この闘技場のどこにいてもパララの魔法から逃れられる場所がないってことよ。あの距離から正確な狙いで魔法を撃つなんてなかなかできることじゃない」


「やっぱりすごいんだねぇ、パララちゃん」


「うん。だけど……」


「だけど?」


「この程度でもうお手上げだったら、魔法闘技で連勝なんてとてもできないと思うわ」


 パララちゃんの実力は今の一手だけでも十分理解できた。次は、アレンビーの番、ってところか。

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