第5話 この青髪少女、超能力使えるってよ

 金之助だ。

 正確に言うと、榊 金之助だ。

 もっと更に正確に言うと、榊 金之助 21歳

 コンビニアルバイトをしているフリーターだ。

 もっと更に色々と説明をすると、小学生時代から勉学・運動は得意ではなく、大人しく引っ込み思案の性格から友達もできず、バイ菌の助やら、金玉の助やらと呼ばれながら卑屈に生き続けてきた。


 低身長、低学歴、低収入という3Tを兼ね備えたダメンズという情報をもって、テンプレと化してきたこの自己紹介はこの辺りでしめさせて頂こう。


「ブ……ブヒィ……」


 少し意識を取り戻したのか、虫の鳴くような声で豚が鳴いている。

 虫なのか、豚なのかややこしいなもう。


「おい! もう病院着くからな!」


 完璧にこの豚の自業自得な訳だが、やはり争いあった故の相手の負傷というものは負い目が残る。

 ましてや、捉えようによっては俺が精神的に追い詰めた末に、豚が自決をしたという解釈をされてもおかしくはない。目撃者だっている。

 あの小学生達が面白おかしく事実をねじ曲げながら吹聴し回ったら、俺は人殺し、もとい豚殺しのレッテルを貼られてしまう。

 

 なんとしてでも、助けねば。


 そんな打算的な思考を持ちながらも、必死に

走り続けている内に小さなオンボロ病院を見つけた。

 腐敗が始まっているのではないかと思える木の看板には、"丸山動物病院"と記載されている。


「……ここか? 大丈夫かよ、この病院」


 来客用の駐車スペースが一応あるが、一台も車はとまっていない。

 ただ陰鬱なオーラを放ちながらその病院は、"ウチの売りは、順番待ちがないことです……"とボソボソ喋っているかのように見えた。少し親近感を感じる。


 恐る恐る入り口を開け、「すいませーん……」と小声で挨拶をしながら、中に入る。

 小さな待合室と共に受付があり、そこにはとても小柄な女性が座っていた。


 可愛らしい小動物のような顔立ち。それに反した凛とした表情。うむ、悪くない。悪くないのだが、一つだけツッコみたいことがある。

 

 短めに切り揃えられたその真っ直ぐな髪の毛は、真っ青に染め上げられていた。

 その髪色を凝視していると、こちらに気づいたのかその女性は呟くように声を発した。


「……え? ……なに?」


 いやいや、"なに?"じゃねえよ。あんた、受付のスタッフだろ。

 その髪色は百歩譲って良しとしよう。外見で人を判断してはいけない。ただ、せめてまともな接客はしてくれないか。


「いや、あの予約とかしてないんですけど。急患というか……。この豚火傷しちゃってて、診てもらったりできますか?」

「……いいよ。……ここ、年中暇だから」


 あ、ダメだこの病院。

 もう、外観からなんとなく察していたけど、ここで確信したわ。確実にダメだわ。

 っていうか、なんで俺がペコペコしながら敬語使って、お前は普通にタメ口なんだ。頑固親父のいるラーメン屋かよ。


「どーしたの、結城(ゆうき)くん。あら? 患者さん?」

「あ……先生。マサルがなんか火傷したって……」


 俺達の話し声が聞こえたのか、診察室からスクラブを着た男性が出てきた。

 おそらく、この人が丸山先生なのであろう。


 少し古臭い丸メガネをかけ、山のように大きく逞しい図体を持ち、口周りには立派な無精髭を生やしている。

 第一印象、全くもって清潔感がないヤバい獣医であった。

 ……ん? マサル?


「本当だ! どうしたのマサルさん!? また彼女怒らせて、焼き豚にされそうになったのかい!?」


 もうどこからツッコめばいいのか本当にわからん。

 この豚の名前マサルっていうの? それより、彼女? 彼女ってもちろんあれだよな。人間じゃないよね。豚の雌だよね。

 人種飛び越えての恋愛どころか、生物種飛び越えての恋愛なんか、お父さん絶対許しませんからね。


「あ、あの……この豚と知り合いなんですか? あと、彼女って豚のような人間なのか、人間のような豚なのか、どちらなのでしょうか……?」

「え……急に何だい? ちょっと怖いよ君……。マサルさんは、昔からウチの病院がかかりつけなんだよ」


 しまった。この豚に彼女がいるという事実に動揺した挙句、よくわからない事を口走ってしまった。

 しかも、ひかれた。恥ずかしい、死にたい。

 

「とりあえず、僕はマサルさんの診察と処置をしてくるから。君、名前は?」

「あ、榊 金之助です……」

「金之助くんね、マサルさんはなんで火傷したんだい?」

「えっと……ライターを使って自分で前脚焼いてました」


 丸山先生は"何言ってんだコイツ"という表情を浮かべ、色々と聞きたそうにしている。

 俺だって、自分で何言ってんのかわからねえよ。


 謎の間が空いた後、結城と呼ばれた受付嬢が助け舟を出すように入ってきた。


「……先生、とりあえず治療を。細かい事情とかは私に任せて」

「あ、ああ。そうだね。すまんが、頼んだよ結城くん」


 俺は抱えていた豚、もといマサルを丸山先生に渡す。

 先生は焦りながら、マサルを連れて診察室へと入っていった。

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