第11話

「智枝!!」


…呉市内の産婦人科。


長椅子に座っていたら、隆が息を切らせてやってきたので、私と皐月は立ち上がる。


「あ、こっちが、メールで言ってた、友達で同僚の、叶皐月…さん。」


「ああ、そうなんだ。初めまして。智枝の彼氏で弁護士の、秋永隆です。…で、智枝、結果は?」


皐月とのあいさつもそこそこにして、いきなり本題を切り出して来た隆に、私は指を3本立てて見せる。


「何!?3つ子?!」


「ち、違うわよ!さ、3ヶ月。赤ちゃん、いるみたい…」


「ま…」


「ま、ま?」


「マジか?!やった…やったやった!!!やったーーー!!!」


「ちょっ、隆!!声落として!他の妊婦さんもいるんだから!」


「なんで!?俺と智枝の間に子供(ガキ)ができたんだぜ?!今喜ばなくて、いつ喜ぶんだよ!!」


「隆…」


「智枝…」


見つめあっていると、皐月がコホンと咳払いをするので、私たちは距離を取る。


「喜ぶのは結構ですけど、あなたこれから、どうするんですか?智枝さんから聞いたんですけど、あなた…弁護士は弁護士でも、少し違いますよね?彼女のご両親に、なんて自己紹介されるつもりですか?」


「ちょっ、皐月…」


「まさか、子供作っておいて結婚も入籍もしないなんて、ないですよね?」


「けっ、けけっ、結婚!?」


真っ赤になる私に構わず、隆は冷ややかな皐月の態度に物怖じしない口ぶりで話す。


「勿論、彼女とは結婚します。独立して、どこか別の土地で、静かに暮らします。」


「えっ?」


独立?別の土地?


それより今、隆…結婚て、言ってくれた?


呆然としていると、隆は照れ臭そうに、だけど真面目な顔つきで、私を見据える。


「順番逆になったけど、こんなとこで言うのもアレだけど……結婚しよう。親父に言って、この世界から足洗って、真っ当な弁護士になる。だから…産んでくれ。」


「隆…」


「うん。智枝…愛してる…」


嬉しい…嬉しい…


込み上げてくる幸せに押されて、私は隆の胸に飛び込み背中に腕を回す。


「幸せにしてね…隆…」


「ああ…必ず、幸せにする…」







…けど、その日以来、隆からの連絡は途絶えた。


メールをしても電話をしても、全然返ってこなくて、不安な毎日を過ごしながらも、お腹の赤ちゃんの為に長期休暇をもらい、家で過ごしていた時だった。


「夏樹さーん。宅配でーす。」


あ。

今、お母さん買い物だっけ。

そう思い立ち、特に気にも止めず玄関を開けた瞬間だった。


「みっ、みっくん?!」


そこにいたのは、何やら神妙な顔つきをした、隆のボディガードで共通の友達、みっくんこと八谷光男君がいて、私は目を丸くする。


「やだ。みっくんどうしたの?宅配だなんて嘘ついて…そうだ!隆に言われたの?!びっくりさせろって!もー、相変わらず趣味悪い…って…」


えっ?ええっ?!


ゾロゾロと、みっくんの背後から黒服にサングラスの男の人がやって来て、私は狼狽する。


「み、みっくん?」


「夏樹……ごめんっ!!!」


「えっ…」


刹那。


首筋に強烈な痛みが走り、私は思わず意識を手放した……





「ん…」


水の落ちる音で、私は目覚める。


どこかコンクリート製の床に寝かされてるような冷たさに戸惑いながらも身体を起こそうとしたら、身体を何かで拘束されている事に気づき、私は狼狽する。


「よう…お目覚めかい?お嬢ちゃん…」


えっ?


暗がりで良くわからなかったけど、眼前に草履が見えたから、恐々視線を上げると、私を見下ろす、杖をついた、顎に白髭をたっぷり蓄えた、見たことのないおじいちゃん。


誰だろうと思ったのが顔に出たのか、おじいちゃんはにやりと嗤う。


「宮里寛治と言えば、分かるかいぃ?」


「あ…」


宮里…寛治…


確か、隆が親父と呼んでた、光涛組の…組長…


「親父!!そいつは関係ねぇ!!だから、自由にしてやってくれ!!」


「えっ!?た、隆?!」


急に聞こえた隆らしき声に、私は瞬く。


すると、宮里さんは杖で私の顎を持ち上げる。


「なんだぃ。間違ってねぇはずだぞぅ?おめえが惚れて孕ませて、腑抜けた事抜かしてる原因の女…なあ、光男ぅ…」


「えっ、みっ、みっくん?」


宮里さんの後ろから現れたのは、顔を歪めたみっくん。 


助けてくれるよね?


そう言おうとしたけど、みっくんの言葉で

、それは消える。


「はい。父さん…間違いないです。この女(ひと)が、隆の女です。」


「だよなぁ。その為にお前を隆に付けてたんだ。こう言う堅気の女にトチ狂って、足洗うなんてほざかないようになぁ…」


グリグリと杖で私の顔を嬲る宮里さん。


な、なに?


一体、なんなの?


訳がわからず、でも怖くて泣いてしまったら、宮里さんはかがみ込み、私の顔を掴む。


「なんでここに連れてこられたか、分かってませんてツラだなぁオイ。お前さんのせいで、ワシは可愛い息子に盃返される屈辱を味合わされてんだぜぇ…」


「さ、盃?」


「親父!!止めてくれ!!子供が!俺の子がそいつの腹にいるんだ!」


「喧しいなぁ…おい。」


宮里さんが言うより早く、何かを殴ったり蹴ったりする音と、隆らしい男の人の悲鳴が聞こえる。


「お前さん、腹の稚児(やや)は、ホントに、隆のガキかぁ?」


「なっ!!?」


酷い!!


なんでそんな事、言われなきゃいけないの?!!


段々腹が立ってきて、私は宮里さん…ううん、ジジイを思い切り睨みつける。


「当たり前でしょ!正真正銘、お腹の子は私と隆の子よ!!」


「智枝!!止せ!!」


「隆!!やっぱり隆なのね?!!どこ?!どこにいるの?!!」


そう声を上げると、ジジイはにんまりキモい笑いを浮かべて、私から離れる。


その先に見えたのは…


「た、たか、し…」


眼前に広がったのは、両手を縛られ、黒服にサングラスの男の人達に地面に押し付けられた、ボロボロの隆。


酷い…


仲間じゃ無いの?


なんで…


顔を歪める私に、ジジイは愉しそうに口を開く。


「分かったかぃ?隆が今、あんな姿になってるのは、全部お前さんのせいだって。お前さんが孕みさえしなきゃ、隆だって組を抜けようなんて言い出さなかったし、ワシとの絆に泥塗るような真似もしなかった。ぜぇんぶ、お前さんのせいだ…」


「違う!親父分かってくれ!!俺、家族が欲しいんだ!!真っ当になりたいんだ!!」


「そんなもん、わざわざ堅気にならなくっても、組の女と作れば良いだろぃ…なんでこんなちんちくりんの、ガキみてぇな女に、拘るんだぃ…」


「俺は、俺にとって智枝は、ガキの頃からの唯一の存在なんだ!!心底惚れてんだ!!その娘じゃないと嫌なんだ!!だから…」


「ほー…なら、ケジメも兼ねて、見せてもらおうじゃねぇか。オメェの、覚悟…」


「?」


そうして、狼狽する隆の前に、ジジイは小さな短刀を落とし、身体を解放してやれと、黒服の人達に告げる。


「その刃で、自分の両の目玉潰せたら、全て水に流して…オメェもあの嬢ちゃんも、自由にしてやる。」


「なっ!!!?」


な、な、


なんて事言うのよ!!!


そんな事したら、隆目が…


「お、親父…俺、ガキの顔、まだ…」


涙を流す隆を、ジジイは満足げに見下ろす。


「そうだ。オメェは惚れた女とのガキのツラを一生見ることもなく、心底惚れた女の顔も二度と見ることもなく、生きていくんだ。それくらいじゃねぇと、ワシは納得しねぇ。…さあ、どうする?」


「俺…俺…」


「隆!!隆やめて!!そんなジジイの言いなりにならないで!!!」


「喧しいなぁ……おい。」


「?!」


ゾロゾロと黒服の男がやってきて、なんだろうと睨みつけたら、男の一人が私のお腹を乱暴に蹴る。


「ああっ!!!!」


「智枝っ!!!!!」


代わる代わる、男たちは執拗に私のお腹を蹴る。


痛い、痛い!!


このままじゃ、赤ちゃん…


なんとか蹴りから逃げようと身体を捻った瞬間だった。


「あ………」


ツウッと、何かが股を濡らしていく感覚が走る。


「いや…赤ちゃん…やだ、いやあっ!!!!」


「智枝!!!…親父!!やめさせてくれ!!頼む!!俺の子供なんだ!初めて出来たんだ!!」


「なら、やるこたぁ一つだ。ほらほら、早くしねぇと、流れちまうぞ?」


「智枝…智枝…」


「隆…助けて…」


「−−−−−−−−−っ!!!!」


薄れていく意識の中、隆の悲鳴にも似た激昂がして、どうか、どうか、


赤ちゃんと一緒に、幸せになれますようにと願いながら、私は意識を手放した…




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