休日編
第26話 遊歩道を歩く
産まれはドイツ。
英独混血の日本育ち。
今いる肉親は遠縁である老年男性の刀鍛冶が一人。
そんな経歴の25歳、フェイトは都内にある賃貸マンションに住んでいる。
彼女は3歳歳下の大学生と同居しており、彼はいわゆる幼馴染。
そして恋人という関係にある。
普段は転職エージェントとして事務所か異世界にいることが多いわけだが、休日になれば当然自宅に帰っている。
今回はそんなフェイトのある休日の話である。
「まずは記念撮影をしないとね」
この日、しばらくぶりの休日デートに出かけたフェイトたちは関東某所の湖沼、テガ沼に来ていた。
湖沼には公園があり、お土産売り場も完備した観光地である。
到着してすぐに目に入ったのは公園に置かれたオブジェ。
見たところ記念撮影スポットということで、フェイトは早速彼に写真をねだった。
「撮るのは良いけれど自撮りじゃ入りきらないなこれ」
「記念写真なんだし充分だって」
写真にオブジェが入りきらないことを気にかける彼の名は叢神開。
フェイトとは彼女の両親が死んで日本にやってきた10歳の頃から出会ったので、かれこれ15年の付き合いである。
彼の家は叢神流という古武術の道場で、フェイトもある程度は彼と共にその流派の技を習っていた。
ブラフマーエージェントとしてもある程度は自分で身を守れるに越したことはないため、その技は重宝している。
「確かにこれが目当てで来たわけじゃねえしな」
開がケータイを取り出すと、無邪気な表情で彼に抱きついたフェイトが入るように自撮りで写真に取る。
まだ気持ちが通じ合う前には妄想の中でしかなかった甘々なツーショット。
いまではデートの度に増える一枚の出来栄えを確認した二人は、とりあえず公園を一回りしてみることにした。
今回二人はマンションから行ける範囲のデートスポットとしてここに来ていた。
じっくりと下調べをしていたわけではなかったのでどのような場所かと期待していたわけだが──
「何ていうか、思ったよりも普通の場所だな。ダンナ沼もこんな感じだし」
ダンナ沼は二人が高校時代まで住んでいた地元にある小さな沼とそれを囲む公園のこと。
たしかにその場所も地元ではデートスポットに数えられる場所だったが、幼い頃から住んでいる地元民としては近隣住民の憩いの場という感想が強い。
ここテガ沼も同様で、ダンナ沼よりも広くて他の観光客の姿もあるが、目につくのは近所の家族連れである。
若い男女が二人きり、しかも女性は銀髪というのはややズレた雰囲気すら開は感じていた。
変に注目を浴びるのは少し気恥しい。
彼女の横に立つ時点で今更な感覚だが、この日の開はそれを気にしてしまう。
「でもあそこよりは広いじゃない」
「そりゃあ……そうだけどさ……」
「なーんか煮えきらない態度ね。こういうときは少し歩こうか。ちょうど沼の周りは遊歩道になっているし」
「ちょっと!」
普段はキッパリとしている開の態度にフェイトも周囲の目を感じ取った。
そこで彼の手を引くと、フェイトはそのまま遊歩道に連れ出した。
案内によれば公園から5キロほど続いているそうだ。
フェイトらは互いに鍛えていて体力には自身があるので、軽い運動と考えても丁度いい距離と言える。
「いいじゃない。歩いていれば人の目はなくなるわよ」
「だからってなあ」
最初は強引に手を引き、公園でくつろいでいる市民の目が離れたところでフェイトは開の腕に抱きついていた。
柔らかいものが当たっていて彼もドキドキしてしまう。
それを彼が強がった態度で隠しているのを察しているからこそ、フェイトもウキウキした顔で歩いた。
ここのところお互いに忙しく二人で出かけるのは久々である。
恥ずかしがる開もそうだが、童心に帰ったかのように恥ずかしげもなく抱きつくフェイトも浮かれていた。
極端に言えばたかだか湖畔の遊歩道である。
景色は良いが特別なものはそれだけ。
フェイトの場合は異世界を飛び回る関係上、この湖畔よりも美しい景色を背景に山登りしたり徒歩で長距離移動はよくある話ですらある。
そんな平凡な場所を歩くだけでもフェイトは嬉しくなっていた。
好きな相手と二人きり。
それだけで多少気になる周囲の目線すらも、フェイトにはどこか喜ばしくすら感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます